一昨日のエントリで、違法な無登録農薬が使われる農産物も「無農薬栽培」として出荷される、と言うようなことを書きました。
 悪質な事例に関してこれこれこうと実例を挙げるのは難しいのですが、以前畝山さんの「食品情報安全blog」 にそういうエントリがあったので紹介します。


■[FSA]オーガニックについてのレビュー発表
http://d.hatena.ne.jp/uneyama/20090730#p6


(前略)


●有機農産物には残留農薬が少ないから健康への悪影響が少ないという主張は残留農薬モニタリング結果によって既に何度も何度も否定されている


有機農産物からも残留農薬は検出される。頻度は多少通常農薬より少ない。しかし基準違反という尺度を用いれば圧倒的に有機農産物の基準違反の方が多い。有機では認められていないはずの農薬がしばしば検出されるから。健康影響に関してはどっちもほぼ影響なし。
ただし英国やヨーロッパの話。日本で怪しげな「資材」を使って「無農薬」と称している人たちの作るものについてはデータがないのでなんとも言えない
うちの研究所に電話してきた人は農薬として認可されているもの以外を使えば「無農薬」だと主張していたその人が害虫を殺すために使っていたのは毒性の強いストリキニーネ。使わないでくれと言っても無農薬ではそれが常識みたいなこと言ってた。
少なくとも有機JASですらない「無農薬」と勝手に主張しているモノについては信頼できない


(後略)



 違法な無登録農薬としてもっとも悪質なものは海外から個人輸入した日本国内では承認されていないものや、明らかに毒性の高いものでしょうが、毒性の低い(と思われる)ものであっても農薬以外のものを農薬目的で使用するのは違法です。が、一般的に理解されているとはとうてい言いがたいものがあります。もっともそれはまあ当然で、農家ですらロクに知らない農薬取締法を一般の方も知っておけというのは無茶でしょう。
 ただしプロたる農家ならば本来は知っておかなければならないし、また無登録農薬を他人に勧めるのも慎まれるべきです。それなのにこういう本もあり、(自然農薬のつくり方と使い方―植物エキス・木酢エキス・発酵エキス (コツのコツシリーズ) 自然農薬で防ぐ病気と害虫―家庭菜園・プロの手ほどき など・・・昔は「現代農業」にも載っていたことがあるけど最近はどうなんだろ)、しかもレビューを見ると賛辞も多く寄せられていて、誤解はますます広がるばかりです。


 さてさて先ほどから農薬取締法がどうとか違法とか言っていますが、別に違法だからダメだと言っているのではありません。違法だと言っておくのは説明が楽なのでよくやりますが、本来は違法だからダメなのではなくてダメだから違法になっているのです。


 そもそも農薬取締法は、農薬を扱う業者(メーカー)を規制するために出来た法律で、もともとは農家の農薬使用を取り締まる法律ではありませんでした。むかし、化学合成農薬が出始めた頃はメーカーが薬剤の中に変なもの(小麦粉とか)を混ぜて水増ししたりした、いわゆる偽装農薬のようなものが出回ったので、そういうことが無いようにちゃんとしたものを流通させよとした法律が農薬取締法です。
 で、当時は自分で工夫して作った防除資材を農家が勝手に使ってもよかったのです。それこそニンニクや牛乳や植物油や木酢液などを撒いてもOKでした。効果があったかどうかは知りませんが、そもそも農家自体も小規模で、多少の失敗があってもどうと言うことも無い時代でした。ストリキニーネを使っていた農家もいたことでしょう。
 まあ最初はそういう理由で出来たとはいえ、時代が下ってメーカーから出る農薬にそんな胡散臭いものは無くなり、法律の目的は「効かない農薬を規制する」ではなく「安全性の高い農薬を提供する」に移ってきました。農薬登録の基準はおそろしく厳しくなってきました。今、農薬登録のための試験結果は2mもあります。結果をまとめたファイルの厚さが全部で2mという意味です。


 そして2002年にある事件がおきました。当時、日本では農薬登録が失効していたダイホルタンという農薬を、業者が売ったり農家自身が外国から個人輸入して使っていたりと言う事態が発覚したのです。販売業者は数百社に及び、使用していた農家も多く、かなり大きな問題になり業者からは逮捕者も出ました。
 しかし農家側には特にペナルティはありませんでした。先に言ったとおり、法的には取り締まる理由が無かったからです。ちなみに余談ですが当時ダイホルタンは散々に叩かれましたが、それほどにひどい害のある農薬なわけではありません。


 2003年、農薬取締法は改正され、農薬登録を受けていない農薬・・・無登録農薬は使用禁止になりました。つまり自作の「天然農薬」も全て禁止になりました。もっともいきなり全面禁止になったわけではなく、特定農薬という枠が設けられ、慣例的に使用されていた資材の中から今後使用し続けても特に害は無いだろうと思われるものならば良かろうとされ、調査されました。
 で、実際に特定農薬としてOKが出たのは重曹、食酢、天敵類(蜂など)の3種類だけでした。ほかの木酢液や牛乳や唐辛子やストリキニーネ・・・などは使えなくなりました。それら資材の中には作物に悪影響を与えるものがあることまでわかりました。


 そして現在に至っています。なんとなく、ひどいものだけ取り締まればほかの無害っぽい資材はOKでも良いではないか、と思う人もいるのではないかと思いますが、その線引きが難しい上に、「無害っぽい資材」が本当にそれほど無害なのかという問題があります。なにしろ本物の農薬がクリアすべき安全性の基準は異様に厳しく、わずかな種類の特定農薬としてOKが出た重曹にしても農薬の安全性の基準を厳密に適用するとアウトになる可能性があります。

 農薬のほうの基準をかなり緩和しない限り、農薬外資材の使用が拡大される見込みは無いと思いますが、農薬の基準がこれほど厳しくなった背景に長年の消費者意識が関係しているのは間違いなく、もちろん今後緩和される見込みも無いでしょう。


 (悪質でない)無登録農薬には、実際のところそれほど害は無いのだろうと思います。ただ、ならばといって本物の農薬のほうを見てもそれほど害があるものでもなく、そこのところが無視されています。家庭菜園で「自然農薬」を使用している姿はなんとなく、「私はガンには人一倍気を使ってるの」と言いながら有機栽培のコーヒーを飲んでいる風を思わせます。



○農薬取締法の該当部分
第1条の2 この法律において「農薬」とは、農作物(樹木及び農林産物を含む。以下「農作物等」という。)を害する薗、線虫、だに、昆虫、ねずみその他の動植物又はウイルス(以下「病害虫」と総称する。)の防除に用いられる殺菌剤、殺虫剤その他の薬剤(その薬剤を原料又は材料として使用した資材で当該防除に用いられるもののうち政令で定めるものを含む。)及び農作物等の生理機能の増進又は抑制に用いられる成長促進剤、発芽抑制剤その他の薬剤をいう。


第7条 製造者又は輸入者は、その製造し若しくは加工し、又は輸入した農薬を販売するときは、その容器(容器に入れないで販売する場合にあつてはその包装)に次の事項の真実な表示をしなければならない。ただし、特定農薬を製造し若しくは加工し、若しくは輸入してこれを販売するとき、又は輸入者が、第15条の2第1項の登録に係る農薬で同条第6項において準用するこの条の規定による表示のあるものを輸入してこれを販売するときは、この限りでない。


第9条 販売者は、容器又は包装に第7条(第15条の2第6項において準用する場合を含む。以下この条及び第11条第1号において同じ。)の規定による表示のある農薬及び特定農薬以外の農薬を販売してはならない。


第11条 何人も、次の各号に掲げる農薬以外の農薬を使用してはならない。ただし、試験研究の目的で使用する場合、第2条第1項の登録を受けた者が製造し若しくは加工し、又は輸入したその登録に係る農薬を自己の使用に供する場合その他の農林水産省令・環境省令で定める場合は、この限りでない。
1.容器又は包装に第7条の規定による表示のある農薬(第9条第2項の規定によりその販売が禁止されているものを除く。)
2.特定農薬