今号の「もやしもん」ではもうすでに自給率の話からは離れていますが、まあ流れなので。


 というわけで内容はとにかく読んでいただくのが一番早いんですが、現職の生産者や販売業者ではなかなか言えないような本音が書いてあります(まあ私はけっこう言いますけど(^^;)。・・・というか、ああいうことを生産者が言えないような社会の雰囲気こそが「悪の一翼」なんでしょうけど。
 「お客様は神様です」って言ってたのは三波春夫でしたか。相当独り歩きしている言葉ですが、良く解釈してもそれは営業側が消費者を神様として扱えと言う意味であって、消費者自身が神の如く振舞って良いわけではありません


 ところで話の中に、農家が出てきて「無農薬をやれば売れるってことはみんなわかってるんだがやらない。その理由は手間がかかるとか言うのは2の次で、実際にはいろんなしがらみが強くて出来ないんだ」とかいう部分がありましたが、これは、そうかな~~?と思います。有機で害虫増えて文句を言うとかいうのは実際ありますが(それは当然でしょう)、今時ならしがらみなんかそれほどでもない地域も一杯ありますし。
 やっぱり有機をやらないのは、手間がかかるから、それに加えて手間に見合うほどの評価がないからでしょう。だってなんだかんだいって結局、売れるのは安いものじゃないですか。


 それに「無農薬をやれば売れる」ってのも実は「悪の一翼」に近い風潮なんです。いつも言っていることですが、無農薬というのはしょせんは手段に過ぎないからで、手段だけを評価してその結果については評価しない(評価していないことに気づいてない)無農薬に意味なんかないからです。


 実は無農薬栽培が環境に優しい、安全性に優れる、味が美味しいなどというエビデンスはないわけです。なのになぜ無農薬がウケるのかといえば、「無農薬」というネームそのものがほとんど神秘的な価値になっているからです。「自然なお産」と全く同じです。
 で、それを受けてどういう商品が作られるかといえば、「無農薬でありさえすれば、あとの条件には頓着しない商品」です。例えば無農薬だが環境には優しくない食品や、無農薬だが安全ではない食品などです。実例としては前者なら遠い海外から膨大な燃料を使って輸入されてくる海外産有機食品、後者なら農薬ではない農薬もどきを使って作られたエセ無農薬食品が挙げられます。


 言っておきますが私は「無農薬食品」そのものに対して全く馬鹿馬鹿しいとか無意味だとか思っているわけではありません。自然なお産と同様に、消費者がそれを自主的に選び、満足しているなら全然OKです。ただ、他人に勧めるのはちょっと待て、いや勧めるのはまだしも農薬を使った慣行栽培や近代医療などをけなすなよと言う思いはあります。


 で、マンガでは消費者が情報を集め勉強することが大事だといいます。全く同感ですが、しかしかなり難しいです。なにしろ「情報を提供して欲しい、公開を進めて欲しい」などといっている人がいる限りはダメでしょう。
 だってその気になれば、例えば農薬に関する情報なんかは農水省のウェブページを見れば相当に詳しく載っているわけです。ほかの資料なんか要らないくらいです。なのに、まあ一部に過ぎないにしても特定の人は「農水省は農薬メーカーやJAに有利なように情報を改ざんしているから信用できない」とか言うわけでしょう。で、むしろムチャクチャに胡散臭い自称学者の言うことを信用しちゃうわけで、そういうのはもうお手上げです。ツルネンマルテイとか議員になっちゃうヤツまでいるくらいで。


 まっ話をマンガに戻すと、教授は「生産者は売りたい人に売ればいいんじゃない?」てな話をします。消費者に追従しすぎる体力はもうありません。
 ただ、政府が目指す農政は基本的に農産物の値下げです。それはつまり「さほど欲しがってもいない人に売る」戦略です。もやしもんで言ってたのとは正反対の手法ですが、やっぱり私はもやしもん贔屓だなあ。