雁屋 哲, 花咲 アキラ
美味しんぼ (36)

 先日、あるウェブページを見ていると「日本は、アメリカなどに比べて約7倍もの農薬を使用している農薬大国だ」みたいな意見が載っていました。
 なんか、どっかで見たな・・・どこだったかな、と考えていて思い出したのがマンガ「美味しんぼ」第36巻「日米コメ戦争」です。さっそく古本屋で買ってきました。
 で読んだら、これがまた見事に、農薬に関する誤解・偏見のオンパレードで、何しろ世間的に言われている類型的な批判をほとんど網羅してるんじゃないかというくらいです。これはある意味、最高の「反面教科書」と言っていいでしょう。
 で、話に出てくる順番に、解説してみます。


 とその前に、お話そのものですが、元農協(JA)幹部の土田という人物が、あるアメリカ人女性に対して「コメの自由化など許せん!」と大演説、その女性は気分を悪くして帰宅しましたがその兄貴がアメリカ上院議員フォスターだったから困ったことに。対日貿易担当のフォスターを怒らせたということで、何とか話をまとめてくれと、なぜかヒラサラリーマンの山岡にお鉢が回ってくると言う展開です。そういえば昔、「コメ自由化問題」なんてありましたね。このマンガの初版は92年です。


 フォスターは「カリフォルニア米は安くて美味しい。だから日本にぜひ売り込みたい」と言うような趣旨の発言をし、実際に米を食べさせて、日本の議員たちは「確かに美味しい」と納得しますがここで山岡が登場。
 まず、「カリフォルニア米がいかに美味しくても、日本のコシヒカリなど、いわゆる銘柄米には及ばない。しかも日本人は銘柄米信仰が根強いので、無理にカリフォルニア米を売り込んでも失敗するでしょう」。ここまでは良い。
 次に出てくるのが、「ポスト・ハーベスト農薬」
 (以下引用)


 山岡   「ところがもう一つ、アメリカのコメが今抱えている重大な問題がある。安全性の問題です。」
 フォスター「安全性だって?」
 山岡   「実はその問題が、一番大きいのです。ところがアメリカ側は、無神経なのかあるいは知っていて無視しているのか、知らん顔だ。」
 フォスター「というと?」
 山岡   「穀物を収穫した後にかける、ポスト・ハーベスト農薬の問題です。」
 フォスター「む・・・・・・」
 山岡   「アメリカから日本に貨物船で運んでくる時に、途中カビが生えたり虫がついたりするのを防ぐために薬品を使う。
 田や畑で稲の段階の時に農薬を使うことさえ、危険が指摘されているのに、収穫され脱穀された後で、直接薬品を散布されるのだから、人体に対する影響ははるかに大きい。」
 フォスター「それは大げさに誇張された、誤った情報だ。」
 山岡   「アメリカでのポスト・ハーベストの実態を調べた日本の消費者団体などが、危険を指摘しています。」
 フォスター「くだらないな、そんなのは。コメの市場開放を妨げようとする連中の策動だ。」
 山岡   「それでは上院議員、あなたはアメリカのポスト・ハーベスト農薬の実情を、つかんでいらっしゃるのですか。」
 フォスター「何も問題はないはずだ。」
 山岡   「ほら、それではアメリカのコメを日本で売るのは難しいですよ。
あなたは問題が無いと口で言い張るだけで、我々を納得させる証拠を提出しようとしない。商品の安全性をきちんと説明せずに、売ろうとしたって誰も買いません。ポスト・ハーベスト農薬の危険性は、誰でも知っています。いくら安いからと言って、誰が危険な米を買うと思いますか。」

 (以上引用)


 この後フォスター議員は頭に来て交渉決裂まで行くのですが、そもそもフォスター自身が農薬のことを全然知らないから、山岡などに言いくるめられる。完全な詭弁じゃないですか。


 ポスト・ハーベスト農薬は日本国内では禁止されています。で、田んぼで撒く農薬(畑って陸稲のことか?)よりも残留しやすいのは本当です。ただ、おかしいのは以下です。
 まず何が一番変かと言って、山岡が自分で言っている。ポスト・ハーベスト農薬は、防カビ・防虫のために撒くのです。
 アメリカから貨物船のコンテナに入れられて何日もかけてドンブラコとやってくるコメが、何の処理もしなくても平気だと言うのはありえない。もちろん、カビがわいたり虫がたったりするのです。ポスト・ハーベスト処理をしなければ、ほとんど全てのコメがカビや虫でやられるでしょう。農薬よりそちらのほうが数万倍以上危険です。そもそも売り物にならない。


 次に、これも山岡自身が言っています。人体に対する影響ははるかに大きい。ポスト・ハーベストの実態を調べた日本の消費者団体が危険を指摘している。これの何がおかしいか?
 そういうデータを一番たくさん持っているのはどこか?当然、農薬メーカーです。日本の消費者団体が調べた程度の内容など百も承知なのです。
 確かに、最も残留しやすい農薬です。だからこそ、その農薬の毒性や残留性に関する研究は最も慎重に行われ、安全性が確認された方法で使用されているはずです。もし全く危険な物を使っているとすれば、農薬メーカーが相当のアホなのか、アメリカが意識的に日本人を殺戮しようとしているかのどちらかですが、それは両方とも常識的に見てありえないでしょう。
 ちなみに、代表的なポスト・ハーベスト農薬であるOPPの発ガン性は、WHOの国際癌研究機関(IARC)の分類でグループ3です。「ヒトに対する発ガン性については分類できない」。普通、グループ3の物は「発ガン性物質」とは呼ばれません。OPP-naはグループ2B。「あるかもしれない」。ただしこれは次の問題に繋がります。付け加えると2Aは「おそらくある」1で「ある」です。


 そして、残留の問題です。この議論では、コメそのものの農薬残留量は一切出てこない。ポスト・ハーベストだから残留して当然と言うような論調ですが、農薬は使用した瞬間から控訴による分解や様々な方法によって減って行きます。使用した瞬間に高残留があっても、口に入れるころに十分な低残留量となっていれば問題ありません。
 残留基準値も問題です。実は、IARCでは1983年に、OPPの発ガン性を考慮してADIが50分の1に引き下げられ、つまり相当厳しくなりました。ポスト・ハーベストとしてはこの基準値さえ守っていれば、ヒトへの健康上のリスクはないと言うことになります。さて、ポスト・ハーベスト農薬の残留状況はどのようになっているのでしょうか?


 山岡はフォスターに対して、「安全性の根拠も示さず、フェアではない」と言っています。しかし実は自分の方こそ、何ら定量的な根拠を示さないままの議論に終始しており、全くフェアではありません。使用実態、残留実態。こちらの数字が大事です。これがオーバーであれば批判は簡単ですし、一番まっとうです。説得力もあります。
 しかし、それが無い。そういうまともな視点が無いか、知っているのに口先だけでごまかそうとしているからです。
 ちなみに、輸入品から残留基準値を超える農薬が検出される例は年間で1%を下回ります。もちろんポスト・ハーベストを含めてです。
 1%もある・・・と思う人はまだ騙されているのです。毎日毎日そればかりを食うわけではない。100食に1食程度しか食べず、しかもその量もごく微量です。慢性毒性の面から見て問題はなく、農産物への残留農薬で急性毒性が発生した例は日本では、ゼロです。


 ちなみに今回、話の流れ上ポスト・ハーベストやカリフォルニア米を肯定するような内容を書きましたが、基本的なスタンスとしては私はどちらも嫌いです。
 次回に続きます。次は奇形サルかな。これは今でもインターネット上に根強く残る誤解ですね。


koume