放課後


「飛鳥さん、本当にありがとう。」


「いや、先生のおかげです。先生が研究室でむぎ太を見ててくれたから、今までバレなかったわけですし。」



飛鳥は理科準備室で試験管やフラスコ、実験用具の片付けを手伝っていた。




トントンっ



「はーい、どうぞー。」


「失礼します。」



そう言ってやって来たのは、白石さん。


「橋本先生、議案書の下書き書いてきたので来週までに確認お願いします。」


「了解、見とくね。」



「あと、先生...むぎ太はどうなりました?」



「当てが誰も見つからなかったんだけど、飛鳥さんと七瀬さんが飼ってくれることになったの。」



「はぁ~良かった!ずっとこのままにしておけないと思ってたから。..でも学校で会えないのは寂しいな。」




白石さんはむぎ太のために餌を持ってきてくれたり感謝しかない。



たまには顔を見せないとなと、思いながら用具を備品棚の一番上に締まっていたら、


あっ!


手が滑って試験管を落としてしまい、棚の角に当たって割れてしまった。





「ごめんなさい!...いたっ。」

床に散乱している割れた破片を拾おうとして、指先を結構深く切った。


指から流血する赤い血が足元の床に垂れて、痛々しさがその様子を物語る。




「飛鳥さん大丈夫?! 割れたのはそのままでいいから、じっとしてて。」



先生が指をハンカチでぎゅっと押さえ傷口を止血する。こういうドンくさいところ、もっとどうにかしたい。



「私、教室からほうきとちりとり持ってきますね!」



白石さんがそう言って、急いで取りに行ってくれた。



ほんとに申し訳ない

こんなドジなばっかりに...


そう自責の念に駆られた。

--------------------------




「なぁちゃん、またね!」


「うん。バイバイ!」


「また明日ねー」

かずみん、いくちゃんと教室で別れ、

下校の時間。



帰ったらむぎ太を散歩に連れていかな。今まで犬を飼ったことなんてなかったからなんだか新鮮。



...やけど、イグアナを飼いたいっていう野望も まだ少しある。


こんな願いは いつ叶うことやら。



ななの唯一の救いは、むぎ太の餌がドッグフードであるということ。



もういっその事、イグアナにドッグフードあげたらあかん?



そこからいろいろと考えていると、廊下の向こうから 、ちりとり片手に猛ダッシュで走ってくるまいやんが見えた。



「あっ、なぁちゃん!」



見るからに、ただ事ではなさそう。

「そんなに急いでどうしたん?」



「それがね、飛鳥ちゃんが割れた試験管で指を切っちゃって。だから ほうきとちりとりを探してたんだけど、ほうきだけ近くの教室にどこにもないから、こっちの校舎まで来ちゃった。」


「まいやん、本当にごめん。それで飛鳥は今どこにいるの?」



「理科準備室にいるよ!」



「ななもちょっと行ってみる。あ、ほうきはうちのクラスの使ってええから!」


教室が立ち並ぶ校舎とは別棟にある理科準備室前の廊下は下校時刻を過ぎてるからなのか、他の生徒の気配は1ミリも感じないくらい静寂に包まれてる。 



なんなら、少し不気味。




″理科準備室″と書かれたプレートが目的地であることを示す。


扉に取り付けてある小窓越しから中の様子を伺う。


あれ..いない?



人の姿はなく誰もいないのかなって思って、少し爪先立って準備室の奥の方を見ると、いた...。


...




橋本先生が飛鳥の頰を両手で包み、

お互いの息遣いが触れ合いそうな程に顔を近づけ見つめ合っていた。



ここからじゃ先生は背中しか見えなくて、今どんな顔をしているのか分からへんけど、頰がじわじわと紅くなり 目を丸くしている飛鳥の顔が見える。




それは入ろうにも入れない雰囲気。




室内の会話は廊下からは聞こえず、時間が止まったようにその光景だけが流れる。


先生が手を離すと、飛鳥は少し俯いて目が泳ぎ明らかに動揺してる。




あんな飛鳥の表情見たことない...



ズキッ...、、、

なんやろ、この気持ち...



どこか落ち着かなくて心臓がちょっとずつ うるさくなるのが分かる。なんとも言えない気持ちになって思わず、後退りしてしまう。




ズキッ..



居ても立ってもいられなくなって、2人に気づかれないように静かにその場から離れると走って校舎を後にした。




すれ違いざま、まいやんに呼び止められたことにも気づかないまま。