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月刊「CLINIC NOTE(クリニックノート) 」 2006年12月号


はじめに

 猫下部尿路疾患(FLUTD)において尿閉を惹起する尿道プラグの主成分は全てがストラバイトではありませんが,尿道閉塞に関係するリスクファクターが最小限になるよう計画する必要があります。スタンダードな治療では太刀打ち出来ない難治性症例に遭遇するケースも少なくありませんが、そのようなケースにおいていくつかの“引き出し“を用意しておく事は重要なことです。今回は猫の尿閉の戦略的な治療と題して,文献などで発見した,教科書には載っていない方法をご紹介します。



戦略的治療その1

尿を酸性にする

 猫で最も一般的な燐酸塩類の結石(ストラバイト尿石など)は尿pH7.0以上のアルカリ状態が持続することにより形成され、pH6.6以下で溶解します。尿pHが弱アルカリ性へシフトするとの細菌の増殖が盛んになることは周知の通りです。従って,尿路感染症あるいはアルカリ性結石の治療および予防に尿を酸性化することは非常に重要となります。

 尿のpHは食べ物によって大きく変化します。一般的に植物性タンパクは動物性タンパクに比べ,よりアルカリ尿をもたらします。例えば、肉や魚などを食べると尿が酸性側に、野菜などのアルカリ食品を食べると尿が

側に傾きます。実際、完全肉食動物の代表選手である猫の尿pHは5.5 ~7.0、草食動物の代表選手であるウサギの尿pHは7.6~8.8です。

 猫はあまり野菜を好んで食べませんが、尿のpHだけを考えればアルカリ食品は避けた方が無難です。さらに食事の給餌回数も尿のpHに影響します。動物性タンパクでも植物性タンパクでも食後数時間は軽度にアルカリ尿(食後アルカリ尿:post-prandial alkaline tide)になるので,尿の酸性化が必要な猫には自由菜食ではなく、1日2回に分けて与えるように指示する。また猫の採尿は飼い主を困らせるものですが、尿検査の信憑性を高くするためには食後3~4時間後の尿検査が効果的です。


① ドライフードから缶詰に変更する:

 ほとんどの猫が既にpHが酸性 (<6.5)であり、わずかな結晶を含む尿を排泄します。肉眼的に結晶があるとき、pHを増加させないで尿を希釈するために水分含有量の多い食事を与えることが推奨されます。もし猫が食べてくれるのであれば、ドライフードに水を加えるか、または缶詰に変えます。しかし猫はドライフードは食べるが水でふやかした途端に食べなくなる猫がたくさんいます(犬はほとんどみられませんが…)。セミモイストフードに変更した後に缶フードへ移行させるとスムーズに移行できるかもしれません。特に雄猫の場合は尿道閉塞のリスクのために推奨されます。水分摂取量を増加させるメリットは尿中の有害な物質を希釈し、尿の膀胱への接触時間を減らすためにより頻繁に尿をする。そして過剰な結晶を除去します。食事を変更すると多くの猫がストレスを感じるので従来の食事と新しい食事を混ぜて徐々に切り替えるようにします。



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猫の食事を変える簡単な方法

(1)分割方式の給餌パターンの猫の場合

 新しい食事を通常の容器に入れて、次に他の容器に従来の食事を入れます。同じ容器に両方の食事を入れても構いません。一時間経過しても新しい食事を食べない場合は次の食事まで下げてください。次の食事では古いフードは捨て新鮮な新しい食事を与え、このプロセスを繰り返します。はじめは新しい食事に興味を持たせるために猫の好きな風味(肉の脂汁、マグロ、ハマグリ・アサリなどの二枚貝あるいはサケの煮汁など)を新しい食事に混ぜると効果的です。新登場のフードを猫に与えてもお気に召さず、体重が10%減少したら体重が戻るまで元の食事を与えてください。このプロセスを続けてください。新しい食事に慣れる(通常1~2日)と猫は普通に食べるようになります。完全に変更するまで、古い食事を1日おきに少量ずつ与えます。この戦略で1~2週間以内に完全に変更できます。猫は恋人たちのようにムードを大切にするので静かな環境で食事を与えてください。例え猫が毎日食べなくても、体重の10%減量することがなければ心配ありません。


(2)食べ放題方式の給餌パターンの猫の場合

 1日2回だけ与える給餌方法に変更して下さい。従来の食事を25%減らし、その分新しい食事を加えてください。これまで使用していた容器に新しい食事を入れて、他の容器に従来の食事を入れます。同じ容器に夫々の食事を混ぜても構いません。1時間後に次回の食事まで両方の容器を下げてください。次の食事でこのプロセスを繰り返し、常に新鮮な食事を与えてください。新しい食事に慣れる(通常1~2日)と猫は普通に食べるようになります。そうすると完全に変更するまで古い食事を少量ずつ減らします。この戦略で通常1~2週間で完全に変更できます。


②クランベリージュース

 昔からヒトの尿路感染症(UTIs)に対してメディカルハーブ(medicalherb)として使用されるクランベリージュースの民間療法はよく知られており、研究の積み重ねにより尿路感染症の予防に経口摂取で有効性が示唆されています。これはクランベリー(学名:Vaccinium macrocarpon)に多く含まれている“キナ酸”が腸管吸収され、肝臓で代謝されて馬尿酸に変換されるのですが,馬尿酸は酸性物質でそのまま尿中に排泄されるため、尿を酸性化し、菌が生産するアンモニアの発生を防ぐため、ヒトのストルバイト結石の治療において有効だと考えられているのです。例えば,Harvard大学の研究(1994年)によると女性にクランベリージュースを1日300ml摂取させたところ、尿路感染(UTIs)率が58%低下したという研究報告や,Rutgers大学の医学研究(1998年)では、クランベリーの成分であるプロアントシアニジン(ブルーベリーに含まれるアントシアニジンなどと同じポリフェノールの一種)に尿路内に細菌が付着するのを防止する抗付着作用(anti-adhesion)により尿路感染症の感染率を減少させることが立証されています。

 残念ながら犬や猫において科学的根拠となるデータは見当たりませんが、クランベリーが人間の健康に貢献するのと同じようにペットでもベネフィットとなる可能性は少なくありません。実際、アメリカのペット業界ではクランベリーの効能に着目しクランベリーがペットフードの中でポピュラーな成分になっており、クランベリーを含む商品の販売促進に力を注いでいます。マサチューセッツ大学の研究では、米国のペットフードメーカーの1/3が製品の中に既にクランベリーを使用しており,最近日本で発売されたクランベリー顆粒(CYPET 6:株式会社ミネルヴァコーポレーション)も補助的な効果が期待されています。その他のハーブとして下部尿路疾患に対してマシュマロウ(穏やかな収れん作用抗菌作用)やカウチグラス(抗菌作用、収れん作用、抗炎症作用、穏やかな利尿作用)を補助的に併用するとより高い効果が期待できるかもしれない。


③漢方薬

 尿酸性化において有効な代替療法として漢方の猪苓湯があります。猪苓湯の効果としては尿の出を促す利水作用および結石形成抑制作用(猫、in vitro)です。下部尿路疾患(LUTD)の徴候のある12頭の猫に猪苓湯(500mg/kg/day)を含んでいる食餌を与えたところ、24時間の尿検体のストラバイト結晶含有が有意に減少したという報告がありました。著者はs/dなど結石溶解食を食べていてもコントロールができない難治性症例で猪苓湯エキス錠(カネボウ株式会社)を処方(0.25~0.5tab/cat bid )して比較的良好な結果が見られている。猪苓湯は猫のストラバイト関連性LUTDのいくつかの兆候の緩和に有益かもしれません。


④適度な運動

 肥満猫に猫下部尿路疾患が多い理由となるかもしれないが、適度な運動によって尿のpHが酸性化することは,飼い主へのインフォームドコンセントの際に覚えておくことは大切かもしれない。実際去勢雄が未去勢雄に比べて猫下部尿路疾患の発生率が高いことはローミングの減少による運動不足との因果関係が影響していると考えられ、肥満がリスクファクターとなるこも説明しやすい。




おわりに

高いクオリティー・オブ・ライフ(生活の質)を維持するために人医領域においても「相補代替医療(CAM)」(Complementary and Alternative Medicine)が主流となりつつある。獣医学領域においても代替治療を求める飼い主が増加傾向にあり、そのニーズに柔軟に対応するには高度医療から自然療法まで幅広い治療法を提供しホリスティックにアプローチする必要性がある。今回は猫の下部尿路疾患にターゲットを絞った、ペットを中心として治療を考えた場合、どの治療(食材)がそのペットに最適なのかを的確に判断し、十分なインフォームドコンセントの中で治療法(レシピ)を選択する必要があると考えられる



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「健康食品」の安全性・有効性情報 (独立行政法人 国立健康・栄養研究所