jhjh はじめに
「妊娠した女性が猫に触ると流産する」という風説が流布している。難しい専門的な知識は放置し、その原因ともなるトキソプラズマ症に関して知っておいた方がよさそうな情報を解説しつつ、この真偽を検証したい。

感染するとどうなるのか?~敵を知り、己を知らば、百戦危うからず~
トキソプラズマ症は眼で見ることは出来ない程の大きさの病原体(トキソプラズマ原虫:Toxoplasma gondii)が原因となるヒトと動物の両方に感染する病気(人畜共通感染症)ですいきなり原虫と言われても何だか分らない。昔小学生の理科の実験で顕微鏡で見たアメーバやゾウリムシと同じ仲間(単細胞生物)と何となく理解してみる。
ヒトを含めた動物に感染すると初期に体内で急激に増えます。

ヒトでも動物でもトキソプラズマに感染すると1~2週間以内に血液の中にトキソプラズマに対する“武器”(抗体)が作られます。


獣医師やペットショップの店員あるいは調理師などはほとんど“武器”(抗体)を持っている(抗体陽性)と言われています。一方トキソプラズマは攻撃を受けないように筋肉や脳内に“シェルター” (シスト) を作り、その中で待機するという戦略をとります。待機中は暴動を起こすことはなく、次のターゲットを「検索」するのです。ヒトや動物が“シェルター”ごと動物の肉を食べるとトキソプラズマに感染します。

肉を十分に加熱すれば“シェルター”ごとトキソプラズマは死滅するため感染する機会が減ることは想像しやすい。猫も捕獲したネズミをしっかり焼いて食べることができればトキソプラズマに感染する可能性は少なくなりますが、通常「生」で食べるのでトキソプラズマに感染したネズミを生のまま食べた猫はまた感染源となります。これを裏づけるかのように、ヒトでも生肉を食べる習慣が高い地域ではトキソプラズマ症の発生率が高い言われています。


実際にヒトがトキソプラズマ症に感染する経路は主に3つと理解して問題ありません。
トキソプラズマが感染した生肉を食べること(これが最も一般的)
猫(特に子猫)の“うんち”に含まれるトキソプラズマの卵(オーシスト)を摂取する
③母体から胎児へ入る経路(先天性トキソプラズマ症)


これから妊娠する可能性のある女性へ
先天性のトキソプラズマ症は,妊娠の数ヶ月前あるいは妊娠中に初めてトキソプラズマに母親が感染することによって起こります。先ほど説明したように感染初期にトキソプラズマが体内で増えるので、妊娠中にはじめてトキソプラズマに感染すると、胎盤を通してトキソプラズマが胎児に移行し、流産、死産、水頭症などを引き起こす先天性トキソプラズマ症が発症する可能性が出ます。しかし実際、先天性トキソプラズマ症の発生頻度はかなり稀です。なぜなら、多くの人が知らないうちにトキソプラズマに感染して、すでにトキソプラズマに対する“武器(抗体)”を持っているからです。この場合先天性トキソプラズマ症を心配する必要はありません。日本人の約20~26%がトキソプラズマ抗体陽性(過去に感染したことがある)といいます。例え妊娠前(6ヶ月以上前)に感染していたとしても、胎児には影響はありません。

逆に過去に感染がなければ血液の中には“武器”(抗体)がありません(抗体陰性)。この場合は少しだけ気をつけることが出てきます。心配な女性の方は妊娠する前に病院でトキソプラズマの“武器”(抗体)もっているのかいないのかをチェケラッチョしておくとよいかもしれません。しかしトキソプラズマ症の発生率が低い影響なのか、トキソプラズマ症の“武器”(抗体)の有無をチェケラッチョする検査は妊婦のルーチン検査には組み込まれていません。ある統計では先天性トキソプラズマ症の発生率は0.005%程度とも言われています。ちなみに男性は検査をする必要はまったくありません。


ヒトが感染するとどうなるのか?
ヒトがトキソプラズマ症に
仮に感染したとしても、免疫がしっかりとした健康体であれば症状が見られないか見られても軽度です。症状が出たとしても発熱あるいは時にリンパ節が腫れる(10-20%)程度で済みます。しかし免疫の働きが弱まっている人、妊娠している女性あるいは妊娠予定の女性はトキソプラズマ症を防ぐために正しい知識を認識する必要が出てきます。余談となりますがチェコのチャールズ大学の研究者たちがユニークな発表をしているのでご紹介します。

「英国、アメリカ、チェコの男女394人を対象にトキソプラズマに感染した人の性格を調べたところ感染した女性は、性的な魅力が増し一方、男性が感染した場合には、規則に従うのを嫌い、反社会的行動に走りやすく、さらには嫉妬深くなり女性から見て魅力がなくなる傾向があった(プラハ・ロイター共同通信)」

猫が感染するとどうなるのか?
一方、大人の猫がトキソプラズマに感染したとしても症状はほとんど出ません。例外もありますが、このように理解しておいても致命的な問題に発展することはありません。発症するとすれば母子免疫が切れる頃の子猫、特に生後1~2ヶ月齢が多いと言われています。基本的に治療は必要ないことが多く、猫がトキソプラズマに対する“武器”(抗体)を作り勝手に治ることが圧倒的に多い。トキソプラズマはほとんどの哺乳類が感染しますが、猫科動物だけが排泄するトキソプラズマの卵(オーシスト)が感染源となるのです。卵
排泄するのはすべての猫ではなく、初感染した猫(ほとんどが子猫)だけで、しかも一生のうちで一定期間(初感染直後から1~3週間)だけ排泄するのです。猫の20~50%が既にトキソプラズマに感染しているともいわれています。すでに抗体陽性の猫は卵を排泄しません。


<結論>
妊娠していない、あるいは妊娠する可能性が皆無のあなたは、まず心配ありません。
妊娠してもトキソプラズマ抗体陽性のあなたはまず心配ありません。
トキソプラズマ抗体陰性の妊婦が初感染することは要注意。

ただしはじめにも記載したように、一般的な感染ルートは生肉からであり、猫のうんちからの感染ルートは一般的ではありません。逆に猫からトキソプラズマに感染するためには、まず生まれて一度も猫と接触したことがない女性(“武器”を持っていない可能性が高い)が妊娠する必要があり、さらに妊娠中に生まれ始めて猫と接触する必要があります。どんな猫でも良いかというとそうではなく、偶然トキソプラズマ症に感染した猫の感染直後から1~3週間の間に排泄したうんちに接触しなければなりません。宝くじに当選するほどの限りなく可能性の低い条件が重ならないとトキソプラズマ症には感染しないということです。典型的な先天性トキソプラズマ症の発症報告が殆どないのも理解できます。実際、猫を飼っていても感染率が上がる傾向はみられなかったという報告もあります。


発生頻度の少ない病気を心配するより、マリッジブルーやマタニティブルーでナーバスになった気持ちをほぐしてくれる猫のヒーリング効果を期待し、必要以上に猫を遠ざける必要はないのです。


<対策>
①猫のうんちを食べてはいけません!

②猫の肛門を舐めてはいけません!
③猫のうんちは毎日片付けましょう!

④生肉は食べないようにしましょう!
⑤今まで猫を飼ったことがないのにあえて妊娠初期に購入することは避けたほうがベターである。
⑥公園の砂場でよく遊ぶ女性やガーデニングが趣味で土や砂を触る機会が多い女性はよく手を洗う!


<参考文献>
Emergency presentations of 4 dogs with suspected neurologic toxoplasmosis.

Journal of Veterinary Emergency and Critical Care Volume 15 June 2005

Prevention of toxoplasmosis in pregnancy: Knowledge of risk factors.

Infect Dis Obstet Gynecol. 2005 Sep;13(3):161-5.