【StillAlive】はるかさんのこと。

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あ、ネタバレ注意なのでご注意下さい。




 もうすっかり、時間が経ってしまったけれど。

 はるかさんのことを書きたいと思う。

 Still Alive公演『Dear my future』にて、二編の物語を繋ぐ縦糸である女性。
 それが、大竹みゆさんの演じた「春山はるか」である。

 第一部「銀河旋律」では、音楽部の顧問で穏やかでちょっとお茶目な女性教師。
 ニュースキャスター柿本と恋愛関係にある、この舞台のミューズ。
 
 学校の同僚であるサルマルに恋路を妨害されている、と憤る柿本を、『まだ確定じゃない』といさめるのは、彼が立場ある(公に顔の知られた)公人の側面を思いやってのことなのかな、と思いました。
 音楽を通じて知り合った柿本との思い出が失われかけても、その想いは揺るぐこともなく。
 恋を歌う和歌を生徒達に注釈する姿は、まさに恋する女性。


 けれど、それだけでないのを痛感するのは、劇中中盤。


 ついに邪な念願整えたサルマルによって、柿本との恋路を捻じ曲げられ、そのことに気づいたときにはすでに自身はサルマルの妻となっていて。
 深い絶望が彼女を襲った時にかかってきた、時をさかのぼった柿本からの電話。
 その電話で、彼女はそれでも、この時間軸での自身の運命を嘆くことはありませんでした。
 柿本を愛している、思っている自分の記憶はありながら、その一瞬前には確かにサルマルの愛に応え妻となっていた。
 ふたつの心に引き裂かれながら、それも自分の選択と受け止める姿。
 泣き崩れ、膝を屈してもおかしくない場面で、彼女はかろうじてとはいえ自分の足でしっかりと立ち、柿本の電話を切った後は下を向くのではなく――――涙をたたえた瞳で、空を見上げました。

 どれほどに苦しくつらいことか、想像すらしえないような苦しみの中で、彼女が見せた立ち姿。

 それこそが彼女の、この舞台での象徴とも言うべき姿だと、感じました。

 ただのヒロインではなく、ミューズ―――女神。
 舞台を強く支え、大切に護る姿。

 ふたたび時をさかのぼった柿本は、サルマルが時を捻じ曲げる前のはるかのもとへ行き―――
 

 ただ、告げます。
「いつか出会う僕です」
 と――――

 サルマルが、はるかの柿本への想いを捻じ曲げて、二人が出会う前に奪うのとは違って。
 柿本はただ、自分の存在をはるかの人生の中に一滴、落としました。

 自分の人生の中に、はるかの。はるかの人生の中に、自分の。
 存在があればいい、それだけでつながっていく、運命は途切れない。
 そう思える運命の相手に、二人は出会えたのだな、と。


 そして、第二部『広くて素敵な宇宙じゃないか』
 柿本とはるかは結婚し、三人の子どもをもうけたあと―――はるかは事故でなくなってしまいます。
 
 遺された三人の子ども達、スギエ・カシオ・クリコ。
 大地に根を張る樹木の名前をつけられた彼らは、それぞれの形でその事実に対処していきます。
 
 長女のスギエは、母のつけていたヘアクリップをつけて、母をなぞるようにしっかりと家族を切り盛りしています。
(実際、演じる生田さんがつけていたヘアクリップは一部でみゆ様がつけていたものでした)

 長男のカシオは、傍観者のようでいながら家族のすべてを見続けている。屋上から星を見ようとする冒頭の姿が、舞台のすべてを俯瞰する様子に重なりました。

 次女のクリコは小学生。幼い心で懸命に、母のいなくなった事実に抗い涙をこらえます。
 姉兄からすると、最後まで甘えていられた妹ですが、本人にしてみたら、母と過ごした時間が一番短いわけで。


 そこに、お父さん―――柿本が連れてきたのは、おばあちゃん。
 アンドロイドに、はるかの記憶や人格を学習してもらい、「数十年後まで生きていたらなっていたであろう、おばあちゃんのはるか」として。
 突然屋上に現れた日傘のおばあちゃんは、飄々と家族にとけ込んでいきました。
 最後まで抵抗するクリコちゃんの真意は、ただでさえ少ない母の記憶を失わないため。
 
 それらをすべて受け止めるおばあちゃんの想いは、作られたものではあっても、間違いなくはるかの愛なのだと、思いました。

 「Dear my future」―――わたしのしんあいなるみらい。

 それは、はるかさんの想い。愛する人と、こどもたち。そのすべてが未来なのです。


 余談。
 この舞台のテーマのひとつは、音楽なのかなとこっそり思っている私です。
 
・第一部冒頭で柿本とヨシノが伝えたニュースが「タイムマシンで時間遡行して録音した、二千年前の音楽を復刻する高校生」→第一部最後で、はるかが音楽部の生徒達と練習していたのが「二千年前の音楽」
・柿本とはるかの出会いの場所や記憶が、音楽会やコンサート

・第二部でおばあちゃんが学校の先生と面談して、クリコの好きな歌を教えてもらって口ずさむ場面。その歌が一部のコンサートの記憶ではるかが口ずさんでいた「おなかがへった、はらぺこだ~♪」というもの。

 もちろんタイムトラベル(第一部)とアンドロイドの不老性(第二部)から想起するテーマは『時間』なのですが。
 そのカゲに、『音楽はなくならない、変わらずあり続ける』というテーマがきっと、あるんだろうなあ。



すごい今更な感想だけど、どうしても書き記しておきたかったのです。

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20年目のラブレター?

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さてさて。

久々にこちらのブログに書くのは、昔話です。
題して『20年目のラブレター』

あるいは、『私はいかにしてFEARさんのファンとなったか』。

それをさかのぼるには、まさにFEAR様設立当時の1993年の話をしないといけません。

その頃、私はTRPGを始めたばかりの高校生でした。
私が遊んでいたグループは元々友達同士の集まりでサークルっぽいものではなく、ルールブックなども
『自分が遊びたいと思ったものを持ち込む』
という形式でした。
現代伝奇物が好きな人、サイバーパンク物が好きな人…など、それぞれでなんとなく担当が分かれ、ゲームマスターをしていたような感じ。
その中の一人、サイバーパンクが好きでずっと(現在も)メタルヘッドをGMしていた友人が持ち込んだものが、トーキョーN◎VA第一版でした。
そのころすでに、各種ライトノベル(そういう名称もまだない頃ですが)のイラストで弘司さんの絵に触れていた私は、まずボックスアートの美麗さとタロットカードに惹かれました。
「サイバーパンクもの?の新しいやつだって」
「とりあえずやってみようか」
そんなことを言いながらキャラクター…キャストを作成。
出来上がったのは、『ミスト・アイ』という15歳の少年暴走族でした。(カゼ◎=カリスマ●=バサラ)
まずはやってみて…とはいうものの、GM---ルーラーも手探り、プレイヤーの私達も手探り。
…一応シナリオ(アクト)をこなしたものの、皆の印象は『よくわからない』という感じだったようで。
結局その後、トーキョーN◎VA第一版を遊ぶことはありませんでした。
これは別に、N◎VAが特別どうという事ではなく、その頃はそういう風にたくさんのゲームを遊んでは立ち消えになったりすることは良くありました。

それでも、私の中では、そのゲームは何か引っかかる存在でした。

当時、魔界都市新宿(マン・サーチャーシリーズ)が大好きだったので、特別な街一つを舞台にしたというその構成。
大好きなイラストレーターさんのイラストと、そこに描き出された魅力的なバックストーリー。
そして…キャラクターシートの隅に印刷された、企業ロゴ。

トーキョーN◎VAのキャラクターシート=キャストプロファイルは、作中企業である『FEIR(ファーイースト・インヴェスティゲイション・リサーチ)』が調査した調査票という体裁を取っています。その為、シートの隅には『FEIR』のロゴが入っています。
そして、私の記憶では――ルールブックと箱にも、同じようなロゴが入っていました。
そちらはもちろん、『F.E.A.R.―-ファーイースト・アミューズメント・リサーチ』のロゴだったのですが。
当時、そういった――ゲームの製作会社で、企業ロゴを作成していた会社はまだ少なかったと記憶しています。
その中で、近代的なデザインのロゴは本当に印象深くて、なんだろうこれは――という風に思って記憶に残っていました。

その後。
その時のルーラーを務めた友人が引っ越しや片付けの際に、うちにある分を片付けたいから、と言っていくらかの雑誌とTRPGルールブックを出してきたのです。
その一つが――トーキョーN◎VAのルールブックでした。
それだけはどうしても欲しい!と手を挙げた私に仲間たちは快く譲ってくれました。

何故それだけが、と思ったのかは、今でもよくわかりません。
ともかく、それは欲しい。トーキョーN◎VAは手元においておきたいと、思ったのです。
なんでだったんだろ。

ともあれ―――

その後、『LOGOUT』誌で2nd Editionと出会い。
発売記念コンベンションや公式ファンクラブ発足コンベンションなど、積極的に参加してきました。
仲間内でルーラーもしましたが…それはまあちょっと(ごにょごにょ)
プレイヤー参加する時は必ず、最初に作った『ミスト・アイ』。
ルーラーもプレイヤーも、いまだ2nd Editionでしか体験していないのがなんですが。


それからまた長い年月が過ぎても。
私の中にはまだ、『トーキョーN◎VA』というゲームのタイトルを見た、あの時の。
『FEAR』という企業ロゴを見た、あの時の。

「あ、私これ大好きだわ」
と思った、単純でそれゆえに否定しがたい気持ちが、ずどんとそびえたっております。


なんでなんだろうね、ほんと。

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miyu*さま楽曲歌詞解説『SOLYOUTE』

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ちょいちょい前から言ってた、みゆ様のお歌の歌詞解説記事~。
逆さ歌詞の歌、解読するのすきなの。

というわけでまずは、1stシングル『SOLYOUTE』より同名曲っ。
もう一曲『古代樹グリーシュ』と同じ世界観である事をアタマに置いて読むと読みやすい?

もちろんそのまま歌詞を書くわけにはいきませんので、逆さに打ち込んで
(つまり、本来の言葉として正しい順序で)
解説加えてみます。


SUBETE NO TOKI NO NAGARE WO OBOETE IRU
(全ての時の流れを覚えている)

WARE HA HITOTU NO AYAMATI WO OKASITA
(我はひとつの過ちを犯した)

SUBETE NO REKISI GA KAKIKAERARE
(全ての歴史が書き変えられ)

TOKI NO HAZAMA NI OKIZARI NI SITA
(時の狭間に置き去りにした)

OBOETE IRU DAROUKA IKUOKU NO HITO TO KAWASITA
(覚えているだろうか 幾億の人と交わした) 

EIKYU NARU YAKUSOKU
(永久なる約束)

REIJU YO EIEN NI
(霊樹よ永遠に)

SAKERU KOTO NO DEKINAI UNMEI
(避けることのできない運命)

SUBETE HA HITUZEN TO UTAWARERU
(全ては必然と歌われる)

SAIGO NO HEIWA NO KYOTEN HA
(最後の平和の拠点は)

HITOBITO NO KOKORO NO NAKA NI
(人々の心の中に)

REIJU YO EIEN NI
(霊樹よ永遠に)

OBOETE IRU DAROUKA IKUOKU NO HITO TO KAWASITA
(覚えているだろうか 幾億の人と交わした)

EIKYU NARU YAKUSOKU
(永久なる約束)

REIJU YO EIEN NI
(霊樹よ永遠に)

霊樹=古代樹グリーシュなんですね。
その袂にいるリトゥアが罪を犯したのか?
確か記憶喪失なんですよね。 世界観が好きだ~。
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