「いつか、君の待つ星空へ」6 | 机上の花、一輪

机上の花、一輪

オリジナル小説をひっそりと…。BL/Nomal、銀魂/BLEACH/00…二次作ございます…。

 外に出ると、作戦会議室に充満していた重い空気など知らない子供たちが、楽しそうに笑っている声がした。
ホームに保護された子供たち同士、年上の者が年少者の面倒を見ているが、今もニコラたちが建物の壁を黒板に見立て、読み書きを教えていた。
無邪気な笑顔。
明るく晴れた空。
朗らかな声。
(…なんで…笑えるんだろう…。)
アルフは煙草に火をつけ、場違いなほど平和な光景を見つめる。
戦争で親を亡くした子供たち。
終戦を迎えたら、どうやって生きていくのか。ここにいる間はこうして誰かが面倒を見てくれるが、まさか、このまま一緒に過ごしていくわけにもいくまい。
待ち受ける現実を知らない、…無邪気な笑顔。
「戦争の最中にいるっていうのが、嘘みたいね。」
突然かけられた声に胸がドキリと音を立てた。
振り返ると、ソフィア・ジーリオが微笑みかけた。
政府軍の通信士をしていた彼女はシレア大尉直属の部下だと聞いている。
「罪もないのにこんな不自由な生活を強いられて…。私たちが戦争なんか始めちゃったから…。」
ソフィアが悲しそうに眼を伏せる。
アルフはくすっと笑った。
「終わらせるためには、…さっさとやっちまった方がいい。」
すると今度はソフィアが笑った。
「強がり。…ホントは、この戦いから逃げ出したいと思ってるでしょ?」
アルフの胸が、さっきよりも数段高い音を立て、咥えていた煙草が音もなく地面に落ちた。
そう。さっさとこんなところから出て行きたい。
自分などまったく関係ないと思っていたのに。
しかし、故郷の町は壊滅した。
愛する家族は死んだ。
そこで初めて無関係などではないと思い知らされ、復讐心と義憤とに燃え、自らの意志で銃を握った。
毎日のように銃弾を交え、人を殺し、仲間を失った。戦争だから仕方がないのだと割り切ろうと腐心したがそんなこと出来るはずがなく、それでも引き金を引き絞る。
銃弾の音も、自ら撃った銃弾で人間が死んでいくのも、もうたくさんだ。
仲間を失い、それでも銃を握らなければいけない日々なんてまっぴらだ。
しかし、これらはすべてアルフの裡で繰り返される叫びであり、おくびにも出したことなどなかったはずだ。
それなのに。
「何故…。」
思わず呟いていた。
ソフィアは悲しそうに笑った。
「…だって…、あなた、勝って帰ってきても、一度だって笑ったことなんてないもの…。」
淡いベージュ色の髪が風に靡いて、悲しげな笑みを隠す。
「自分だけ生きて帰ってきてしまった…とか、また、人を殺してしまった…とか、…そんな風に自分のことを責めて…、責めることにも疲れているように見えるの。」
誰かの犠牲の上に成り立つ勝利など嬉しいはずもない。勝つことで敵方とはいえ、母国の人間が死んでいる。自らの手で殺している。
半ば茫然となり、彼女を見つめていると、
「…大丈夫…。…大丈夫よ…。」
アルフの手を両手で包みながら、ソフィアは微笑んだ。
大丈夫。
きっと、‘あなたの心の内側は、理解しているから’と、そう言っているのだと、アルフの胸に彼女の心が伝わった。
そういえば、こんな風にここで誰かと話したことなどあっただろうか。
特に孤独を選んでいるわけではないが、語り合うことなどなかった。
なのに、ソフィアは俺の内側を知っている。
そんな風に思ったとき、
「…みんなと余り関わっていない気持ちもわかる気がするわ。…親しくなってしまえば、彼らが戦闘から帰ってこなかったとき、余計に辛いものね…。」
またも彼女は、まるで思考を呼んだかのように、呟いた。
次々に言い当てられる、自分の内側。
手の温かさを感じ、我に返って彼女を見つめる。
何故か脳裏に浮かんだのは、ニコラとラファエルの逢瀬だった。
星空の下、寄り添い、短い言葉で互いの思いを伝え合っていた。
(あぁ…心が通い合うとは…彼らの姿を言うんだった…。)
自分にもそれが出来るのだろうか。
少なくとも、彼女は自分の心をわかってくれている。ならば、自分も彼女を知ればいいのではないか。
「…俺は…あんたをわかってやれるかな…。」
呟いて、握られた手を握り返した。ソフィアは頬を染め、俯いた。
「あら…。それなら、もう少し二人でいる時間を増やしてもらわなくちゃ…。」
二人はゆっくりと視線を絡ませ、クスクスと笑った。
「…なんで軍人なんかになったんだい?……どっちかって言ったら、子供たちの前で教鞭でも執っている方が似合いそうだけどな。」
アルフはようやく、煙草に火を付けた。
「守れると思ったの…。」
ソフィアは眼を細めながら、子供たちの様子を見守った。
「それなのに…、まるで逆のことをしてる…。」
微笑みが悲しそうに歪んでいく。
「……だから…、勝たなきゃいけないのさ…、俺たちは…。」
アルフは呟き、少し躊躇いながら、ソフィアの髪に手を触れた。ソフィアは小さく頷いた。
「あの子たちをこれ以上傷つけてしまっては、私の誇りも失われてしまうわ…。」
(…誇り…か……。)
またひとつ、忘れていた言葉を思い出させられる。
今の自分に、何か誇れることなどあるだろうか。
考え始め、すぐに諦めた。
(毎日のように人を殺して…誇りなど、持てるはずがねぇ…。)
溜息は、紫煙に紛れ込ませ、誤魔化した。