医療とマスメディア | ヴァージニア日記 ~初体験オジサンの日常~

医療とマスメディア

昨日は、Medical Center Hourの講演会。

講師は、ニューヨークのホバート&ウィリアム・スミス・カレッジの教授、

Lester D. Friedman氏。

フリードマンといえば、アメリカ映画史の本もいくつか出している人で、

本を読んだことはないものの、よく見かける名前である。


そのフリードマンが、医療について 何を話すのか?


講演の題は、Docs in the Box

(直訳すると「箱の中の医師たち」ということになるが、「箱」とはここではテレビのこと。

要するに、テレビをはじめとするマスメディアの中で作られている医師や医療

イメージがいかに現実の医療場面に影響を及ぼすか、というお話であった)


    ↓ 下は、フリードマンが編集した本、"Cultural Sutures: Medicine and Media"

                            (『文化の縫い目-医療とメディア』)
Friedman編集の本















今日、TVや週刊誌には医療に関する情報があふれているばかりでなく、TVドラマや映画の

中には頻繁に病院でのシーンや、医師が登場する。中には日本でも人気のTVドラマ

「ER(緊急救命室)」をはじめとする医療ドラマのように、病院を主たる舞台として、医師や

ナースの日常を描いたものも多い。


こうした「メディアによって作られた」医療の情報は、、病気や障害について

の人々の知識だけでなく、「医療」や「医師」というものへの人々のイメージに大きな影響を与え

ている。


こうした情報の中には、現実の医療場面で私たちが遭遇する状況とはずいぶん異なっている

ものも多いのであるが、私たちが真剣に医療の問題を考えようとしたときに、それらをただの

「作り話」として無視することはできない、とフリードマンは言う。


つまり、人々の知識やイメージにマスメディアがこれほどまでに大きな影響を与えている

社会の中では、医療場面における実際の医療者と患者(やその家族)のやりとりやそこで

なさねばならない意志決定において、そうした患者(やその家族)がもっている病気や治療

についての予備知識や、彼らが抱いている医療や医師についてのイメージは、(それらが

いかに現実とかけ離れたものであろうとも)重要な働きをし、逆に現実の一部を形作る

ことが多いからである。


フリードマンが挙げてくれた例は面白かった。


たとえば、医療ドラマ(特に救急医療)でよく目にする光景として、

患者の心臓が止まった時に行う CPR(心肺蘇生法) があるが、

・現実のCPRの成功率(蘇生率)は、多く見積もっても3%程度


であるのに対し、


・TVドラマの中でCPRを施された患者の3分の2ぐらいは

 蘇生してしまう(!!)


のである。


このため、実際に患者の心臓が止まった際、医師がCPRは無駄である

と考える場面にあっても、(TVで劇的に蘇生した患者ばかりを多く見ている)

患者の家族はCPRを要求し、医師としてもそれをせざるを得ない、という

ようなことになってしまうようだ。


また、

医療ドラマなどで描かれる医師の像というのは、ステレオタイプ化されており、

たとえば、

・理想に燃え、患者を何とかして救おうとする研修医がいて、

・厳しい現実の中で自分の感情を排除することを覚え、ルーティン化した

 判断と作業に疑いをもたない中堅医師がそれに水を差し、

・多くの経験を積み、叡智を備えた老練な医師が、彼らのやりとりを見つつ、

 温かい目で若い医師たちをサポートするが、

・病院の経営スタッフは、官僚的で硬直しており、医療者たちの現実には

 目もくれようとしない

などという状況は、典型的なものだ。


このため、それまでの治療法に疑問をもっている患者やその家族が、

若い研修医に相談をもちかけて彼らの感情に訴えようとしたりして、

逆にものすごい失望を味わう(「こいつ、こんなに若いのにもう理想を

失ってやがる・・・」)、などということがよくあるようだ。



もちろん、医療ドラマなどにはそれぞれ専門的な知識をもった医師など

がアドバイザーとしてついているのが普通であるから、医学的に完全に

間違っており、極端に有害なエセ知識などはある程度チェックされている

のであろうが、いかんせんドラマはドラマであり、「正確な医療情報を

伝える」ことが目的ではなく、いかに話を面白く単純にするか、という

ことが主眼だから、まあ、こういうことも致し方ないのかもしれない。


フリードマンの主張も、

こうしたマスメディアによって作られた医療についての情報は嘘であり、

有害であるから排除せよ、というのではなく(もちろんその質を高める

努力は必要だろうが)、私たちはこうした現実をふまえて今後の医療や

医療倫理のことを考えていく必要性がある、ということに尽きるようだ。


(私が知らないだけかもしれないが)

日本ではまだ「医療とマスメディア」についてのこの種の議論が学会

などでなされたのを聞いたことがないし、そうしたテーマを扱った本格的

な本を目にしたこともない。


今後の大きな課題の一つであろうと思う。


今日はすこし堅いお話でした。


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(追記3.24)

CPRの蘇生率について、本文のデータを少々訂正しました。

最初、講演中にとった私のメモを頼りに、

・CPRによる実際の蘇生率            多くて3%程度

・TVドラマの中でのCPRによる蘇生率       3分の1

と書いたのですが、

その後、フリードマンの編集した本を読んだところ、

・CPRによる蘇生率(さまざまな医学雑誌のデータ) 2%~15%

・TVドラマの中でのCPRによる蘇生率       3分の2

とありました。


後者はたぶん講演中の私の聞き間違いなので、3分の1を3分の2に訂正。

前者は、(いくつか調べてみても大体そのぐらいの数値が妥当であり)講演

でも「3%程度」と言ったのは間違いないので、そのままにしておきました。

(15%なんていう数字を出した医学論文は、たぶんデータのサンプルが

特別なのでしょう)


どうもすみませんでした。

ブログとはいえ、こういうことはちゃんと訂正しておくべきと思いましたので。