アメリカでの再会 | ヴァージニア日記 ~初体験オジサンの日常~

アメリカでの再会

アメリカに来てちょうど3ヶ月。

こちらでの新しい人との出会いはもちろん有難いが、

日本ですでに会ったことのあるアメリカ人や、日本の友人と、アメリカの地で再会する

というのもまた格別の嬉しさがある。


デンバーでのASBH(アメリカ生命倫理学会)で、Ann Mongovenさんに再会できた

のに続き、ワシントンDCでのAAR(アメリカ宗教学会)では、William LaFleurさんに

再会することができた。


今回の渡米にあたっては、多くの方々のお世話になったが、

アメリカ人では、私のホスト(受け入れ先)になっていただいたジェイムズ・チルドレス

先生を除くと、上に挙げたお二人がキーパーソンである。



アン・モンゴヴェンさんとは、

去年(2005年)3月に東京で行われたIAHR(国際宗教学宗教史会議)世界大会で

初めてお会いした。当時、モンゴヴェンさんは臓器移植をめぐる日米の比較研究

のため、安倍フェローシップを得てVisiting Scholarとして東大に来られている最中

だったが、宗教学と生命倫理という共通の問題関心もあって話がはずんだ。

6月に再び東京でお会いした時には、アメリカに帰国される2日前というあわただしい

スケジュールの中、私の渡米計画について相談に乗っていただき、行き先の大学や

研究所に関していくつもの候補をあげて、それぞれのスタッフや研究環境の特色に

ついていろんな情報をいただいた。

チルドレス先生のいるヴァージニア大学は彼女がもっとも薦めてくれた行き先のうち

の一つで、この時にモンゴヴェンさんにお会いできなかったら、私がヴァージニアに

来ることはなかったかもしれない。


モンゴヴェンさんとデンバーで再会した際には、朝食を一緒に食べながらお互いの

現在の研究のことなどについて語り合えただけでなく、いろんな研究者に紹介していた

だいたり、今話題になっている本についてもいろいろ教えていただいた。

さらに来年の春、彼女が現在勤めるミシガン州立大学バイオエシックスセンターの

研究会に私を講師として呼ぶ計画を立ててくださっているとのことで、在米期間中に

こうした貴重な機会がいただけそうなのは、有難いかぎりだ。



一方のウィリアム・ラフルーアさんは、日本仏教思想の研究者として大変有名な方で、

日本の水子供養についての彼の著作(Liquid Life)は『水子-〈中絶〉をめぐる日本

文化の底流-」として昨年翻訳書が出たところだ。ラフルーアさんとは、去年9月に

静岡で行われた国際シンポジウムで初めてお会いしたが、私の渡米についていろ

いろ相談に乗っていただき、励ましていただいた。

実はラフルーアさんのおられるペンシルヴァニア大学も私の行き先の候補の一つ

だったのだが、私が「実はヴァージニアからもOKをもらっていて、どちらに行こうか

迷っている」と正直に告白したところ、「私は来年、日本の生命倫理についての講義

を予定しているので、あなたに来てもらいたいのは山々だが、ヴァージニアもとても

よい所だし、あなたは私に遠慮したりせずに自由に決めていいから」と、両大学の性格

の違いや私の研究にとってのそれぞれの利点などについてお話しくださったのである。


今回ワシントンDCでお会いした際も、私がこれから書こうとしている英語の論文

(「病い」論)についての概略をお聞きいただき、「それはとても重要なテーマで、ぜひ

あなたが書くべきだ」と力づけていただいた。


つくづく有難いことと思う。



また、先に(ブランデー没収事件のことで)、宗教学者のCKさんがシャーロッツビル

のわが家を訪ねてきてくれたことを書いたが、

彼が、日本からの友人の来客第1号。


今週末、来週末と続けて、第2号、第3号の友人がやってくる。

それぞれボストンおよびボルチモアでの会議に引っかけてシャーロッツビルまで

寄っていって(けっこう遠いが)くれるのだが、

今週来るN君(化学者)も、来週来るA君(社会心理学者)も、

私の高校時代の同じクラブの仲間である。

(N君は同級生、A君は一年後輩)


こういう偶然もさぞかし確率が低いことだろうが、

「有難い」という語は、文字通り「有るのが難しい=確率が低い」

ということなのだなあ、と再認識させてくれる。