カズオ・イシグロ/わたしを離さないで(Never Let Me Go) | 弁護士宇都宮隆展の徒然日記

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くにたち法律事務所@吉祥寺 東京大学法学部卒 東京弁護士会所属(35489) レアルマドリー・ボクシング・小説・マンガ・音楽・アート・旅行・猫などが中心のブログです

カズオ・イシグロさんの「わたしを離さないで(Never Let Me Go)」を読了

 

同氏は日本生まれなのですが、幼少時にイギリスに渡って以降、そこで育って作家になった方です

 

そのため、当然原作は英語ということになります

 

翻訳物はどうしてもギクシャクとした感じがしてしまうことが多いため、あまり好きではないのですが、同氏の傑作「日の名残り」を読んだときには違和感を覚えることなく読めました(これも激シブの超お勧め小説です)

 

「わたしを離さないで(Never Let Me Go)」も同じ翻訳者によって訳されており、きわめて上質な日本語によって作品を楽しむことができました

 

本作品の主人公は、幼少のころから「提供者」養成施設で育てられた女性です

 

その施設は、上品で人道的な雰囲気にみちており、生徒はみな芸術作品の創作に熱心にいそしんでいます


生徒らは、自分たちが将来「提供」しなければならないことについては、それを知りながらも、基本的に疑問や不満をもたないまま成長していくのです

 

「提供者」になるプロセスには、その前に「提供者」の世話をする「介護人」になる段階があるのですが、主人公はなかなか「提供者」になる辞令がこないまま、ずっと「介護人」をしており、同期の親友らをみとる役目にも付くことになります

 

以上のような枠組みの中、主人公とその周辺の人物との交流が語られていくのですが、これがもう絶品です

 

①主人公らの幸せな子ども時代(微妙な影あり)

 

②施設を出た後の短いモラトリアム時代(最後に親友らと気まずく別れる)

③相当の時を隔てて、主人公が「介護人」に就くことによって、親友らと再会

という時の流れに沿って、コミュニケーションにおける人の「気持ち」というものが、一人称形式を巧みに生かしてとても豊かに表現されており、終盤に差し掛かると読み終わるのが惜しい気持ちでいっぱいになりました

 

本作品では、筒井康隆さんの「定年食」と同じくらい、絶対にありえない設定が施されているわけですが、それ自体は単なる「作品世界の枠組み・ルール決め」にすぎないものだと思います

 

「絶対的な将来の閉塞感」を具体的イメージにした上記「枠組み・ルール決め」は、もちろん読者の目を引くわけですが、本作品の価値はそのような突飛な設定にあるのではなく、もっと普遍的な心理描写にあるというべきでしょう

 

「日の名残り」を読んだのは、もう随分昔のことになります

 

そちらも改めて読み返したい気持ちになりました