やさしい憲法判例 外務省秘密電文漏洩事件(西山記者事件) | 憲法判例解説

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やさしい憲法判例 

外務省秘密電文漏洩事件(西山記者事件)

(最判昭和53・5・31)


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(1)事案


戦後、沖縄が米軍の統治下におかれていたことはご存知でしょうか。


この沖縄の返還協定は、昭和46年6月11日に調印されました。


ところが、毎日新聞政治部西山太吉記者は、この返還には、アメリカが支払うべき金額の一部を日本が肩代わりして支払うという密約があることを、昭和46年6月18日に、毎日新聞上の署名入り解説記事において明らかにしました。(ただし、この時点では確たる証拠は提示されていませんでした。)


さらに、沖縄返還協定の批准書が交換された直後の昭和47年3月27日、社会党の横路議員らは、西山記者から渡された、密約を示す外務省の極秘電報のコピーを提示しました。


外務省は、これが本物のコピーであることを認めましたが、密約の存在は否定しました。


そして、4月4日に、外務省のH事務官が秘密漏洩容疑で逮捕され、また、同日、毎日新聞政治部西山太吉記者も、秘密漏洩そそのかし容疑で逮捕されました。


この両名の逮捕について、マスコミは、政治権力による言論の自由への挑戦として批判します。


しかし、4月15日、東京地検の佐藤道夫検事は、起訴状に、西山記者とH事務官が「女性事務官をホテルに誘ってひそかに情を通じ、これを利用して」秘密文書を持ち出させた、という文を挿入します。


こうして、この事件の国家の密約事件という本質は完全にすりかえられ、男女間の情事事件、しかも、悪辣な新聞記者と、彼に騙された被害女性という図式で理解されてしまいます。


毎日新聞社も、当初の政府との対立姿勢を完全に捨て、ひたすら消費者に謝罪を繰り返すなどの状況下、この西山記者とH事務官についての裁判が行われました。


(2)下級審判決

1)一審判決(東京地判昭和49・1・31)


一審は、西山記者の行為は、手段の相当性にはかけるものの、目的の正当性を認めます。

その上で、秘密が守られることによる外交交渉の能率的・効率的運営という利益と、本件取材活動による外交交渉の民主的コントロールという利益および将来の取材活動による国民的利益を比較衡量します。


そして、後者の重大性に比べて、本件においては、この秘密が守られることによる利益はそれほど大きくなく、西山記者の行為に正当行為性を認め、無罪としました。


2)控訴審判決(東京高判昭和51・7・20)


控訴審は、一審判決が、「そそのかし」を広く捉えた上で利益衡量を行ったことを批判し、「そそのかし」罪にいう「そそのかし」とは、取材の対象となる公務員が、秘密漏示をするかどうかについて、自由な意思決定ができないような手段方法を使ったり、あるいは、取材者の影響力によって自由な意思決定をすることが不可能な状態になっていることを知りつつ、その状態を利用してなされたものに限定します。


そして、西山記者が本件の文書の漏洩を指示した時点で、H事務官は、西山記者と肉体関係を継続しており、西山記者の指示や依頼に対し、これを拒むことをしておらず、必ず指示に応じ、秘密文書を届けるという状況であったことから、H事務官は自由な意思決定ができない状態だったとし、これを知りつつ、利用した西山記者の行為はそそのかし罪にあたり有罪としました。



(3)最高裁決定(最決昭和53・5・31)


最高裁は、控訴審のような手法をとらず、そそのかし罪についても限定を加えませんでした。


そして、西山記者の行為は、そそのかし罪の構成要件にあたると認定します。しかし、それだけでは、国政に関する取材行為の違法性は推定できず、それが真に報道の目的から出たもので、手段・方法が相当である限り、正当な業務行為として違法性を欠くとします。


そして、手段・方法が相当でない場合を、手段・方法が違法である場合、そして、取材対象の人格の尊厳を蹂躙する等、社会観念上是認することのできない態様である場合、とします。


そして最高裁は、西山記者の一連の行為について、当初から秘密文書を入手するための手段として利用する意図でH事務官と肉体関係を持ち、同女が被告人の依頼を拒み難い心理状態に陥ったことに乗じて秘密文書を持ち出させたが、同女を利用する必要がなくなるや、同女との右関係を消滅させその後は同女を顧みなくなったもので、取材対象者のH事務官の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙したものとします。


このような被告人の取材行為は、その手段・方法において法秩序全体の精神に照らし社会観念上、到底是認することのできない不相当なものですから、正当な取材活動の範囲を逸脱しているものというべきです。


以上のように説示し、原審は結論において正当として、上告を棄却しました。



(4)その後


その後、平成12年と平成14年に、アメリカの外交文書公開によって、密約の存在が明らかになりました。さらに、平成18年2月には、外務省アメリカ局長だった吉野氏が密約を認める発言をしました。


しかし、日本政府は密約の存在を今に至るまで否定しています。


これに関し、平成20年9月に、関連する外交文書の情報公開請求が行われますが、文書不存在を理由に、外務省と財務省は公開を拒みました。


現在、この不開示処分の取消を求める訴訟がおこされています。


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