2007年1月12日 ボストン大学付属の語学学校。


2回目のプレイスメントテストで一緒に試験を受けた。


初めて会った彼は、飼っている猫が嫌いだと発言をし、変な人だと思った。


その後のクラス分けで一度別々のクラスになったが、


偶然、ジュニ君の居るクラスへ移動することとなった。



2月後半 テストの日に欠席をした私とジュニ君は、


授業中に別の教室で二人きりでテストを受けた。


その時から ジュニ君と私は 少しずつ 話をするようになった。



少したった頃、学校をサボるジュニ君に電話しようと、


友達にジュニ君の携帯番号を聞いた。


(実はその日、ジュニ君は友達から 私が彼の携帯番号を聞いたことを知り、


電話を待っていたらしい。笑)



その後は 私が良く電話をし、


ランチも一緒に食べる程度のクラスメイトになった。


でもその時、私には他に好きな人が居た。





3月中旬 二人きりで初めてのディナー。 


韓国料理屋でブデチゲを食べる。 …割り勘(笑)



私の実らない恋に 思い悩んで ジュニ君に相談。


でも 居心地のいい ジュニ君に惹かれている私が居た。


私の本音は、ジュニ君に彼から私を奪い取って…と。




4月初旬 初めてジュニ君からメールが来る。



ひどい風邪で学校を休んだ私を心配して、


私のこと気に掛けてくれてたんだととても嬉しかった。



その後 二人きりで会うようになる。



眠れない夜中に私の部屋に呼び出して、ラーメンを食べたり。



 …ジュニ君が帰り際 突然、おでこにキスをした。




友達の家でサムギョプサルパーティーに連れて行かれたとき、手を繋いできた…


そこで突然…



ジュニ 「What do you think? about me?」 



私 「ナ ノ ジョア」 (ワタシハ アナタガ スキ)


と、恥ずかしかったので唯一知っていた韓国語でお返事。



ジュニ 「I like you too.」



正直、この時私は真剣に受け止めてなかった。 



だって先に私に聞いてくるなんてずるいし、


「俺のこと、どう思ってる?」なんて、ね。



告白だとはあまり受け取れないわ。






4月半ば 私は別の男の子で悩み傷ついていて、


ソウジュで酔った勢いでジュニ君にキスしてしまう。


翌日、二人きりで話す。


記憶がないままキスしてしまったこと、だけど私には好きな人がいること。


そしてジュニ君から、やっと告白のようなことをされる。


でも「付き合って」と言われた訳ではなかった。




帰り際、私のアパートの地下室で 人生で一番長いキスをした・・・。


背の高いジュニに対して、私は一段上に居たにも関わらず、


20分近く首を上にあげていて とても痛くなった。 


このキスがあまりにも、長くて濃くて


、、、今思い出してもドキドキしてしまう。


翌日、私は日本へ一時帰国した。



日本に帰ってからは、毎日スカイプで電話。





6月7日 1ヶ月半ぶりに再会。 


(後に、この日を付き合った記念日とする。)



ボストンに帰ってからは、毎日毎日遊んだ。



一緒に学校へ行って 一緒に帰って 一緒に勉強して


一緒に遊んで ジュニ君の友達とみんなで 夜ご飯。



そしてまた遊んで…。



家も近かったせいもあり、 


ほぼ泊まり込みで 私は自分の家には 着替えに帰るだけ。


だけど二人きりでデートはほとんど無く、いつも友達みんな一緒。


だから正直一緒にいて楽ちんな人だけど、付き合ってる感覚はあまりなかった。



友達には秘密にしたし、学校では知らないフリ。



友達以上、恋人未満 そんな関係は1ヶ月半以上続いた。


コトは済ませてしまったけど。



8月末 ジュニ君と 彼のルームメイト、 私の3人で一緒に住むことになった。





2LDKのバストイレ付き 広いベッドルームが彼と私の新しいお部屋になった。





付き合ってることもそうだけど、もちろん同棲のことは周囲にも双方の親にも秘密。






寝る前は1,2時間ひたすら話し続けて、毎日が修学旅行のよう。





ご飯を作って、おいしいと言って一緒に食べる人がいる。





眠れない時も、具合悪いときも、外に出たくない時も、



好きな人がずっと一緒にいるからいつも幸せだった。





朝が来て、ジュニ君が横にいる 安心感。





喧嘩もいっぱいしたけれど、好きな人と一緒に居られて、毎日毎日とても楽しかった。



そんな夢のような生活を5ヶ月過ごしたが、、、



2008年1月末 ジュニ君が私を残したまま、韓国に帰ってしまった。





それは想像を絶する、味わったことのない寂しさだった。



彼がいないことが受け入れられなくて、


ご飯も食べられず料理も出来ず泣き疲れて眠る夜を何度も過ごした。





なんとか、友達の支えで立ち直ってはきたものの、


私はこれ以上アメリカに居られないと思った。





このまま離れていては、


弱い私の心は寂しさから逃げ出したくなってしまうと思った。





2008年4月末 韓国に行くチケットを予約して、日本に帰国した。