シュウのまわりにはいつも人がいた。


シュウは光。


親切で優しくて頼りがいのある彼にいつのまにか引き寄せられてしまうのだ。


楽しそうに会社の仲間たちと話をしているシュウを見ていると、なぜ私にはその溢れるような眩しさを分けてくれないのだろうと、嫉妬にかられ苦しくなってしまう。


社内では声をかけることすらできない私は、たた俯くばかりである。


「タカナシ先輩もランチ一緒にいきませんか?新しいイタリアンの店オープンしたそうですよ」


後輩のナカムラが笑顔を浮かべ私を誘ってくれたが、彼らの横に立つシュウの来るなとばかりの冷たい眼差しを感じ、とっさに断りの言葉を口にしていた。


★★


”僕のこと好きなの?冗談でしょ?”初めて好きになった男に勇気をふり絞って告白したのはいくつの時だったのだろう。


泣きながら走り出した私をつかまえ、男は、”ごめん、僕も好きだよ、でもびっくりしちゃって”といわれたのだが、頭の中は真っ白になってしまい、恋はその場で終わってしまっていた。


そのせいか、どこかが傷ついたままなのか、私は愛を表現できない。

好きという言葉は心の中でつぶやく独り言だ。



「我慢するなよ」


そんなに優しい声で囁かないで欲しい。


会社にいるときのように氷のような仮面をかぶったままでいてくれればいい。


シュウも私を好きなのだと錯覚してしまいそうになる。


声を抑えるために自分の手で口をふさぐ。


こんなにまで淫らで浅ましい私の欲望を彼に伝えてはならない。


なにもかも奪って欲しいと思ってしまうほどの気持ちをシュウに吐露したら、気軽に抱ける女のはずが実は重い女だったと思われて嫌がられてしまうことだろう。


怒ったように乱暴に両手をシーツの上に押さえつけられる。


痛いぐらいの感覚になるまで、泣きながら、もう限界だからと、彼に媚びるように身をよじるまで、攻められた。


これは愛という名の行為ではないのだろう。


シュウの欲望を満たすための時間なのか。


残業をしていた私を背後から抱きしめ、”タカナシ、俺のこと好きなんだろ?いつも見てるよな、俺のこと”とひどく甘い声でつぶやいた。


外は大雨でピカピカと光の矢が狂ったように空間に突き刺さり、空が派手に鳴り響いていた。


”雷怖いの?”


震えていた私をいっそう強く抱きしめてくれた。


それがシュウに片思いの私と遊び感覚なのであろうシュウとの始まりである。


もっと明るくて、気が利いて、シュウを楽しませてくれるような女のところにいけばいいのではないだろうか。


今夜できっと最後だと、シュウのきまぐれも終わるのだろうと、覚悟を決めるたびに、シュウは簡単に忘れることなどできそうにもないくらいの情熱を私に刻み込んでいく。


朝が来ても煙のように消えていくこともなく、私をその腕に抱きしめてくれているのである。


嬉しさと困惑が入り乱れて、思考はぐちゃぐちゃとからまってしまう。


★★


「先輩やりましたね。これで提出できそうですよね」


ナカムラとの会話は楽しいと思えた。


同じ仕事をしているので、愚痴や苦労もわかりあえるからだろうか。



コピー室にいたら、シュウが不機嫌そうに入ってきた。


シュウの何かいいたげな薄い唇が私を混乱させる。


目をそらすことができなかった。

数秒みつめあう。


私の顎を強引に指先でとらえられ、淡いルージュの唇に彼の冷たいそれを感じた。


「な・・なんで、誰かに見られたらどうするの・・」

「別にかまわない。・・・ナカムラとならあんなに嬉しそうに笑うんだな」


シュウはにこりともせず、部屋を出て行ってしまった。


シュウといても笑っていないのだろうか。


そうかもしれない。


光の君のようなシュウと地味で目立たない私とではつりあわない。


だから、シュウに、嫌われないように、すこしでも気にいってもらえるように、できるだけ綺麗にみえるように、いつもがちがちに緊張してしまう自分がいた。


★★

いつの間にか降りだした銀色の雫が今はいつかの嵐のような夜になっていて、窓をたたきつけるような雨音がしている。


シュウが私の部屋にこなくなってからもう一ヶ月が過ぎていた。


あきられたのだろうか。

夏だというのに寒くて凍えそうだった。


シュウの香りが薄くなり、彼の気配が消えてしまった。

私は膝をかかえ、もうくるはずのない人を想っていた。


『会いたい』

最初で最後になるであろう、わがままなメールをシュウに送っていた。


鳴らすことを忘れた携帯電話は沈黙のまま、私を嘲る。

返事などもらえるわけがないのに、一体何をしているのだろうか。




頬に触れられた指は温かくて、まどろんでいたらしい私を目覚めさせた。


「シュウ・・」

どこから出てきたのか。

泉のように湧き出る涙はぼたぼたとみっともないほど落ちていった。


「何て顔してるんだよ、泣きすぎ。目はれるぞ。もう泣くな」


私はシュウの胸に顔をうずめていた。


自分から擦り寄ってしまうことなどこれもまた初めてだった。


シュウはくすっと笑うと、「雷怖かったのか?」とからかってくる。


「違う・・怖かったのは、シュウがいなくなっちゃったから・・いないのは嫌」

「ふーん。ずっと連絡してこなかったくせに。・・・ナカムラでもいいんだろ?」

「ち・・ちがう」


「じゃあ、俺といたい?」
「うん」


シュウは私の顔を上げさせ、穏やかで安らぐような瞳を向けてきた。


「俺のこと好きか?」

「・・・好き」

封印されていた呪文のような言葉が宙を舞う。


「やっと言ったな。俺ばっかり、メイのこと好きなのかと思って不安だった。どんなに愛してやっても声も出さないしな。俺ってお前にとってどうでもいい男なんだろうかって自信なくなった。だから、お前から連絡くれるのずっと待ってた」


「嘘、・・そんなこと。だって、会社にいるとき、みんなが会話しているときにだって仲間に入れてももらえなかった」


シュウは照れたように笑い始めた。


「当たり前だろう、メイ狙ってる奴いっぱいいるんだよ。男たちから遠ざけるために必死だった」



鈍感なのはさあどっち?

無口というのは罪なことである。

喜ばせてあげるために、愛を詠おう、詩人になろう。


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