2012年9月5日HP改装しました。


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2015年6月23日 設立して20周年を迎えました。


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大正11年生まれの父親は、この3月で94歳になる。
耳が聞こえにくい、というところ以外身体はいたって健康で、冬でも裸足で靴下を履かないスタイルは今も変わらない。
その父とは1年に一度神戸に帰った時に時間のある限り話をすることにしている。まあ耳が聞こえにくいゆえ、筆談と伊賀忍者の末裔である祖母の次男であるがゆえに読唇術に長(た)けていることで会話に支障はない。

昨年の6月に広島は呉(実際は江田島市)にある江田島兵学校へ行った際に、大東亜戦争時での特攻隊員の写真と彼らの手記を読んだ。当時17歳から20代半ばくらいの人たちの国を思う気持ちと、そして家族を思う気持ちが丁寧に書かれており、年代で言えば父の少しばかり下、つまり大正12年以降の人たちが特に多かったようで、このことについても話題に上がった。
父の場合は、目が悪かったのと時期がずれたことが幸いしたとのことだが、当時は戦争下ゆえ常に覚悟はしていたとのことだった。
国のためだとはいえ、死への葛藤ということに対し筆舌に尽くしがたいものがあったというのも事実だが、ただそれを乗り越えて彼らは飛んで行った。
「まあそういうわけで、せっかく生かしてもらったオレとしては彼らの分まで生きなきゃあならんわけさ」
(かく言う父も、戦後機雷で沈没した「室戸丸」に乗船しており、命からがら助け出されたという体験をしている。)

命がけで生きる、というのはそういうことじゃないのかな。
当時は自由というものがない中で、自分のできる最大級のことを果たしてきた若い人たちがいた。反って今はと言えば、自由をはき違えて人に迷惑をかけていることさえ気がつかずに集団で暴れまくる同年代の若い人が同じ日本にいる。
成人式会場で、でかい声で「なめんじゃねぇ!」と叫んだ20歳がいたらしいが、てめえこそ日本をなめるんじゃあねぇぞ、と言いたいね。
命までは取られないにしても命がけで生きてみろ、って言えるくらいの大人がいないのなら、こういう形だけの「成人式」なぞ必要は、ない!とはるか昔、成人式に出席しなかったオジサンはそう思います。

沖縄の成人式だけどさ、せっかくエイサーなどという素晴らしい伝統芸があるのに、集団で何かやるんだったら、そっちの方向でビシッと決めなよ。その方が目立つし、さすが「成人」だってジイ様やバア様は喜んでくれるだろうに。
これぞ「大人の儀式」だと思う。

※この項についての追記

なにも1月じゃあなくとも、家族単位でシーミー祭の時期にご先祖に報告、という儀式でいいと思うんだけどね、ワタクシは。


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散歩から帰る途中、南風原(ハエバル)の街に「こうるさいハエ」のような耳障りなバイク音が響いた。家に帰りつき、窓を開けると、この「音」が連続して響いてくるようになり、その後しばらくしてからパトカーの音が、これまたうるさく街に響き渡り、そして今もまだ続いている。
サイレン音に続いて「とまらんかい、ワレ~~ッ!」というおまわりさんの低い声がマイク越しに聞こえてくることしばし。
そうか、そうだった、今年も「アレ」だ。
年に一度のお祭りだからこればっかりはしょうがないよな、
と、沖縄に住んで7年経つとどうしてもこう考えるようになるものだ。

※と、先ほどはこう書いちゃったけど、さっきうちに来た宅急便の担当者と話をしたら、「もう沖縄だけでしょ、こんなの?恥ずかしくてね」
で、今youtubeでアップされてる動画見たら、もうね、アナタ、上に書いたこと取り消しますよ。甘いこと書いちゃったな、でも消すわけにいかないしね。以下、思うところのものを追記します。
恥ずかしいどころじゃあないね。
車には泡盛飲みながら定員以上乗り込んでる、バイクはノーヘルで二人乗り、信号無視等々、てめぇら、甘えるのもいい加減にしろ!もう全員とっ捕まえてまずは免許取り消しね、はい、もちろん全員だよ。
でさ、どうして白バイは後からそいつら追いかけてくだけなの?
その場で逮捕でしょ、こういうのって。

閑話休題(まずはひと息おいて)

「成人」というのは自分で独立して責任もって生きて行かなくちゃあいけないんだよ。「自由」の意味をはき違えないよう学校ももう少し教育したらどうなんだい?
「自由」というのは責任を伴うわけで、責任を果たしてこそ自由という権利を行使することができるわけで、こいつらが今やってることは、「人に迷惑をかけるだけ」の暴走行為なんだよ。
おっと、オジサンつい興奮しちゃって大人げなく書きなぐっちゃったけど、まあ、そういうことです。


さる年
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沖縄に仕事場を移したのが、今から7年前の12月4日だった。
仕事場兼住居は、沖縄でお世話になった方のアトリエをお借りしてのスタートだった。さてと、ここで腹くくって長丁場で仕事しなきゃな、と座り込んで考えていた時の写真がこれです。
場所は識名。那覇の東端にある、識名霊園という大きな墓地のすぐそばにある静かな街。いいところだったな。

識名アトリエ
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仕事で沖縄へ来たのが19年ほど前の土砂降りの夜だった。
那覇市内の小さな小料理屋に入り初めて食べたのが「スクガラス」というもの。
これがとても気に入ってしまい、以来、沖縄通なら海ブドウよりもスクガラスだぜぃ、と得意になっていたことがあった。
沖縄事情に少し詳しくなってくると、実は苦手な方が多いと知り、最近は注文するのを遠慮しております。

知り合いのフランス人と国際通りで会食をした際に、「豆腐よう」を指さして
「junサン、ケスクセ?(これなに)」
って聞かれたので、
「コレハチーズノヨウナモノナノデワインニハトテモアウモノダ」
と日本語で説明したら、器に入った豆腐ようの半分を箸で分けて口に入れ、しばらく口を動かしてから一言、
「コレクサッテナイ?」

彼はそれ以来沖縄へは来なくなった。

スクガラス
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「そば」といえば、そりゃあなんてったて日本蕎麦でしょ、と沖縄に来るまではそう思っていた。そして沖縄で「沖縄そば」を食べてからは、やっぱりなんてたって「沖縄そば」でなくっちゃね、と思うくらいに「沖縄そば」が好きになった。

1976年に、公正取引委員会から蕎麦粉が3割以上入ってなければ「そば」の名称を使っちゃいけない、とのお達しがあり、1997年10月17日にようやく「そば」の名称を使用しても良いと許可がでた、とのことだけどが、じゃあその間は「〇〇そば」ってお店に掲げられなかったのかな?という疑問はこの際置いといて、今日はどこで「沖縄そば」を食べるか考えている週末の朝だ。

屋宜そば

八重瀬町というところにある「屋宜家」のそばです。

屋宜そば2

落ち着いた佇まいでのんびりそばを味わうことができると思ったら有形文化財に指定されております。


屋宜そば3
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「金武町の金城さんが緊張してスーパーで金(のお米)を買った・・・」などと、宜野湾の交差点で停まっているときにラジオからこういうCMが流れ、つい、おもしろいじゃあないか!と笑ったところを、前に停まっていたオッサンにバックミラー越しに笑われてしまった、という昼間はまだ陽射しがきつい沖縄の一コマでした。

アメリカンヴィレッジ
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午前早めの打ち合わせを終え、帰り道でJEF与那原店であげぱん(シナモン)とコーヒーを買う。近場の公園でひとやすみ、と思いついたのが南風原の黄金森公園だった。
車内で珈琲こぼしながら、あげぱんの砂糖を振りまきながら外へ出た時の空だ。
で、この後いきなり黒い雲が空を覆い始めた。
さすがに秋の空だな、と仕事場へ引き上げた後に南城市あたりで(ニュースでは豊見城、糸満あたりとなっていましたが)竜巻が発生したことを知った。

もう少しのんびりしていたらあげぱんまで竜巻に吸い取られたりしてたかもね。

黄金森公園

右っ側から黒い雲が出始めている。


沖縄もそろそろ秋だな。
青空
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新都心あたりではあまり見られないが、僕が住んでいる南風原町ではマンションよりも戸建ての住宅が多く、こういったステンレス製の水槽が屋根に置かれているのが当たり前の風景になっている。
沖縄へ来た頃は、「石敢當」と同様に住宅の屋根に置かれていること自体不思議に思ったものだが、慣れた今では、朝陽が昇り始める頃、どの住宅からもいっせいにこのタンクからオレンジ色の光を発する光景を見るのが日課になってしまった。

これこそGood Morning OKINAWAだね、まさに。

※気がつけば2か月ほど更新してなかった。時が経つのは早いものです。


オレンジ色の憎いヤツ

今日はこのタンクの上に「イソヒヨドリ(♂)」が乗っていい声で鳴いている。(10月8日午前7時過ぎ)

朝の立体感

「ステンレス製タンク」もこうやって見ると沖縄の風景には欠かせないものだ。
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構造設計で参加させていただいた宮古島の幼稚園の完成写真が届いた。

完成時の先生や子供たちの嬉しそうな顔が想像できる可愛い建物だ。
構造設計の場合、例えて言えば、完結編で幕が下りるまでフレームに収まる主役どころ、ではなく、途中でその役を終えて、その後は思い出のシーンなどに登場してくるような脇を固める役柄、のような存在になっている。
よって、このような建物の色などは全く分からないまま業務を終える、ということがほとんどなわけです。

まあ、それはともかく、僕の第一印象は、

ブルーシールのアイスクリームが食べたくなったな

だった。

「美味しそうな建物」でしょ?

宮古島 久松幼稚園 0809
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病院内で。
「大城〇〇さぁ~ん」と呼び出しがかかると、ブルーの検査着に着替えた数人の男が立ち上がり、そのうちの一人が該当者だと看護師さんに伝えられ、残りの検査着の男たちは少しうなだれて待合用の席に戻ってくる。

南風原町にあるとある病院の早朝。
年に一度の健康診断に来ているのだが、こういう場所でも「大城さん」「比嘉さん」「宮城さん」は多い。
沖縄で、こういった場所で名字だけ呼ばれることは決してない。
その点、僕の「オガワ」なぞは、沖縄では珍しい種ゆえに名字だけで呼ばれても病院内が混乱することはまずない。
で、最後の胃の検診のために病室に入った。
「じゃあ、まずはこれを一気に飲んでくださいね、大城さん!」

ビバリーヒルズのとあるレストランで、どこそこに駐車してある「メルセデス」が走行の邪魔になっているのですぐに動かしてください、という館内放送があった。
全ての客が立ちあがって出ていくその後に続いてレストランの従業員全員までがレストランを飛び出して行った、という景山民夫氏の作品を思い出した。

ことほど左様に沖縄では「大城さん」が多いということです。

※そのバリウムが昨日中に「処理」しきれず、今日は病院へ行くことを覚悟していたんだけど、やっと「処理」することができた。だからこんな早朝にすることもないので長い文章を書いているというわけでございます。ホッとしたな、あ、これ朝食食べながら決して読まないでくださいね。

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