留学・出向を終えてこのブログもこのままフェードアウトしようかと思っていましたが、先日ちょっと気になったことが起きたのでこのネタは是非ともブログに書かなければ!と思うに至り、久しぶりに更新してみようと思います。

それは、とある件で外部の翻訳業者にお願いした契約書の英訳をレビューしていたときのこと。細かい部分はさておきざっと目を通すだけのつもりが、変な英語が視界に飛び込んで来て、思わず二度見してしまいました。

the Monetary Consumption Loan Agreement

ん??初めて聞く名前の契約書だぞ?と思い、日本語正本の方に当たってみると、

これって、

もしかして、


金銭消費貸借契約」を英訳した箇所なんでは。。。


いやいや、そこはLoan Agreementでいいでしょ…なぜに「金銭」と「消費」まで直訳したし…
と絶望的な気分になりました。

このとき痛感したのが法律文書の翻訳というのは英語力で決まるものではないということです。


ちょっと考えれば当然のことですが、日本人であっても日本語の契約書を誰もが書けるわけではなく、きちんとした契約書を作成するには法的知識を基礎とした特別の訓練が必要なわけです(だからこそ弁護士の仕事があるのです)。

そのため、どんなに英語が堪能な人であっても訓練を積まなければ法律英語が読み書きできるようにはならないし、逆に、しっかり訓練さえ積めば帰国子女や留学経験者でなくとも法律英語に対応できるようになるのではないかと思うのです。


そこで、今回は主に弁護士(又は企業の法務担当者)を対象に、法律英語習得のためのTipsを紹介できればと思います。

なお、記事の性質上、あたかも私が法律英語を完璧に習得しているかの如く上から目線に語ることが予想されますが、私もまだまだ勉強中の身であることをここに明記しておきます。


最初に結論からズバリ切り込んで行くと、法律英語を身に付ける唯一にして最大のポイントは、質の高い法律英語にできるだけ多く触れることであると断言できます。


もし、自身が英文契約書には多く触れているという自負があったとしても、日々触れている契約書がグダグダなものであった場合、法律英語のスキルは向上するどころか変なクセが染み付いてしまうというリスクすらあります。


では、質の高い法律英語とは何か。

ここは議論の余地があろうかと思いますが、個人的な見解としては

①一読了解できるシンプルな表現で、

②意味が一義的に明らかになる詳細さを兼ね備えており、かつ、

③英語表現として洗練されているもの


と定義できるのではないかと考えています。


でも、どういう書面が上記要件を満たす良い法律英語なのか分からない、という場合には、まずは誰がドラフトした書面であるかで判断するのが簡単かもしれません。
すごーく大雑把に言えば、次のような順位になるでしょうか。

英米の法律の専門家集団が作成したもの(LMAのテンプレートなど)

英米の弁護士が作成したもの

(ここからは信頼性が落ちる)

日本の弁護士が作成したもの

英米のビジネス担当者(法曹資格なし)が作成したもの

日本のビジネス担当者(法曹資格なし)が作成したもの/翻訳業者が作成したもの



なお、LMAとはLoan Market Associationの略で、英国の弁護士や銀行の担当者などから組織される業界団体であり、各種金融取引に関する契約書のテンプレートを発行しています。
専門家が集まり随時アップデートを続けているので、法律英語としては信頼性が高いものと思います。
ちなみに、各種テンプレートはLMAのWebsiteで会員向けに公開されています(ログインが必要だったはずです)。


ここで強調したいのは、英語ネイティブであってもビジネスの人が作成した契約書は、そもそも契約書としての基本的な要素である①及び②の条件を満たしていないことが多く、日本の弁護士の作成した英文契約書よりもクオリティーが低い可能性があるということです。
そのため、ネイティブが書いたものだから間違いないだろうという思い込みは危険です(日本人が書いた日本語だって間違うことはいっぱいありますよね)。

さらに、リスキーなのは、既存の日本語の契約書を英訳したパターンです。

冒頭で挙げたMonetary Consumption Loan Agreementの例は、英訳された契約書がいかに危険であるかを示していますね。

たとえ英訳をしたのが専門の翻訳業者であろうと、弁護士のレビューを経ていようと、日本語の契約書の構成は英文契約書とは異なっているため、翻訳語の英文契約書は本来あるべき英文契約書とは大きく異なります。
そのため、質の高い法律英語を学ぶための素材としては不適切と言わざるを得ないでしょう。


せっかくなので、少し話題を膨らませて、法律文書の和文英訳の難しさを考えてみます。
以下の内容を英訳するとしたら、さて、どんな表現にするでしょうか。


「誓約義務違反は期限の利益喪失事由に該当し、貸付人の請求により期限の利益を喪失して、直ちにローン及びその時点までに生じた利息の全額を支払わなければならない。」


色んな表現の仕方があるはずですので、一瞬頭で考えてみてください。

まずは前半部分から。

A breach of covenants is an Events of Defaultと言えば間違いなく意味は伝わりますが、ちょっと幼いというかプロとしてはカッコ悪いかもしれません。

かといって、「該当する」を直訳風にA breach of covenants will fall under an Event of Defaultと言うと、意味は通るけどなんか違和感が残るような気もします。

この辺の「なんかちょっと変」という違和感は慣れてこないと身に付かないものですが、一番簡単な対処方法としては、ネイティブが使っている表現、よく出てくる言い回しをそのまま覚えてしまうと良いように思います。

今回の例について言えば、外人のメールなんかではA breach of covenants shall constitute an Event of Defaultなんて表現を使ったりしています。

ほぉ、ここではconstituteなんて言い回しを使うのか!と思ったらそれをどこかにメモでもしておきましょう。

業務分野によっては頻繁に使われる英語表現も変わってくるので、業界のジャーゴンなどと一緒に、当該分野で頻出の英語表現、ネイティブがよく使う言い回しというものをストックしておくと、勉強になるのではないかと思います。


続けて、後半部分についても見てみましょう。

一生懸命直訳しようとするとa benefit of time will be lost by notification from the Lender, and all of the Loan and the interests which have already been generated by that time must be repaid immediatelyなんて表現になるでしょうか。

しかしながら、「期限の利益」という表現自体が法律用語なわけで、これをbenefit of timeなんて直訳したら意味が通りにくくなってしまいます。

ここでも業界でよく使う表現をそのまま真似て使ってみましょう。

LMAのテンプレートはもちろん、多くの英文ローン契約では、due and payableという表現が頻繁に使われています。これで、支払期限が来て直ちに支払わねばならないということを意味します。
loan will be due and payableなんて言い回しをそのまま真似れば、一気にそれっぽい英文表現になります。

同様に、請求されたらっていう意味ではon demandという表現も出てきますね。
経過利息についてはaccrued interestsとすれば一言でその時点までに生じた利息のことを意味します。

これらをつなげると、all of the Loan and accrued interests shall immediately become due and payable on demand by the Lenderなんて表現になり、先ほどの英文よりもこなれて見えませんか?

でも、上記英文は必ずしも日本語を逐語訳したものと一緒ではありません。


ここが、翻訳の難しいところなんですが、英文として読みやすい文章にしようとすると、どうしても原文である日本語とは表現が異なってきます。
しかしながら、翻訳業者が一番嫌なのは翻訳を「間違う」ことなので、自分で契約書の文脈を解釈して、不要な日本語の翻訳を省略したり、適切な英語表現に直したりすることなんてできないのです。

もちろん、普段から色んな翻訳業者にお世話になっているのですが、弁護士が自ら条文の内容を解釈した上で行う翻訳と、翻訳業者が書かれているままに正確に表現しようとする翻訳では、その役割が違うということをご理解いただければと思います。



このような自然な法律英語の言い回しを覚えるためにも、やはり良い法律英語に日常的に接していることが不可欠なわけです。

その意味では、私は非常に恵まれた環境にあったように思います。

すなわち、私自身の経験では、外資系法律事務所に入所して、弁護士1年生の頃からネイティブに囲まれ、日常的に英語を使わざるを得ない環境に置かれていましたので、否が応にも質の高い法律英語を浴びせられてきました。

実際に、ロンドンオフィスに出向していたときにも、書いた英語であれば特段問題なくコミュニケーションを取り、英文契約書を作成することができていたように思います。

したがって、私の経験からも「置かれている環境」が法律英語上達のために重要な役割を果たしていることは間違いないように思います。


もし、将来国際的な業務で活躍する弁護士になりたいという夢を持った大学生、ロースクール生、修習生がいましたら、是非とも外資系法律事務所を選択肢の一つに加えていただきたいと思います。(宣伝!)


また、国際的な取引を行う企業の担当者の皆様には、国内の大手法律事務所も良いですが、是非とも外資系法律事務所を起用してみて欲しいと思います。(大宣伝!)



と、話がよくわからない方向性に話が進んでしまいましたが、最後にもう一つ真面目なアドバイスも残しておきたいと思います。

こなれた法律英語を習得することは一朝一夕には適いませんし、上記の通り、そもそも身近に英米資格の弁護士がいない場合には、質の良い法律英語に触れる機会もなかなか確保できないかもしれません。

しかしながら、そこで諦めないでください。

今からでもできる法律英語習得の秘訣があります。


それは、形式面に徹底的にこだわること



上質な英文契約書は、日本語の契約書よりも遥かに精緻に作られており、それこそカンマを置く位置や、三単元のsの有無などにも細心の注意が払われています。

これは裏を返せば、細かい表記の違いに気付くことができれば、そこから意味の違いを読み取ることができるということを意味します。


簡単な例でいえば、shallの後に動詞がいくつか並べられている場面では、その動詞が原型であればshallに掛かるものであり、三単元のsがついていればそこにはshallが掛かっていないと推測できます。

また、綺麗にドラフトされた英文契約書であれば、契約条項の論理構造を示すためにナンバリングが多用されているので、かかるナンバリングの位置からも論理構造を逆算すること可能です。


おそらく、弁護士又は法務担当者は、日頃から条文の一言一句にこだわっているはずであり、細部に気付く注意力・洞察力は一般の会社員の比ではないはずです。

そこで培われた能力を英文契約書を読み解く際、法律英語をドラフトする際にも駆使することで、きっと難解な法律英語を読み、理解し、そしていずれ書けるようになるのではないかと考えています。


長くなりましたが、本記事が少しでも法律英語を学ぶ際の参考になれば幸いです。