普段はのほほんとしたロンドン生活の様子をお伝えするこのブログですが、今回はちょっと真面目なポストにしてみようと思います。長文になっているので、お時間のあるときに斜め読みしていただければ。


私が今の事務所に入所したときにパートナーから言われて非常に印象に残っている言葉があります。
それは、

「世界に通用する日本の弁護士を育てたい」

という目標でした。
外資系の事務所でありながら、非常に日本的でアットホームな雰囲気に魅力を感じて入所したのですが、この言葉を聞いて身が引き締まる思いがしたものです。
昨今では弁護士間の競争激化が社会問題にも発展していますが、外資系の事務所で働くということは、東京とか、日本とか、そういう狭い地域に限った話ではなく、世界の弁護士と競争することを意味するのです。

あれから丸6年が経過し、今こうしてロンドンオフィスで勤務をしているので、「こうすれば世界に通用する弁護士になれるのではないか」という私なりの仮説を立ててみたいと思います。

そもそも、「世界に通用する」とはどういう意味なのかは色んな解釈があり得るところですが、今所属しているのは文字通りグローバル・リーディング・ファームなわけですから、ここで日本の弁護士としての存在感を示すことができれば「世界に通用する」と言ってもいいのではないでしょうか。

すなわち、お客さんとして置いてもらって、お情け程度の仕事を振ってもらうというレベルを超え、彼らの業務に貢献できる状況まで行くことを目標としましょう。


では、外国人弁護士に囲まれる中で事務所に貢献するためには、一体どうすれば良いのでしょうか。
まだ1か月しかこちらのオフィスで働いていませんが、すでに外国人の中にポツンと一人混じって働くことの厳しさをひしひしと痛感しています。そこで、もしこんなことができるようになれれば、ロンドンでも日本の弁護士として活躍できるのではないか、と気づいたことをここにメモしておきたいと思います。


1.高い英語力は必要条件!でも十分条件にはなり得ない

なにはなくとも語学の壁は非常に高いです。
所内の弁護士同士の会話を聞いていても、ナチュラルスピードでおしゃべりされると一瞬で置いていかれるし、私に対して意識的にゆっくり話してくれた場合であっても聞き返してしまうこともしばしばあります。
特に、案件の中ではクライアントや相手方と電話会議を頻繁に行うのですが、電話を通しての議論は対面での会話よりも一段と聞き取りにくかったりします。

ただ、こればっかりは慣れるしかないし、仕事について言えば案件の中身をきちんと理解することでコミュニケーションがスムーズになるのではないかと感じています。

すなわち、仕事の内容が分かっていない現状では、何を言われても英語を音のまま頭に入れなければならないので(この表現で伝わるでしょうか?)、理解が追いつかなかったり、そもそも音を拾えなかったりするのですが、仕事の中身が分かっていれば議論の方向性を推測でき、拙くともコミュニケーションが取れるのではないかと思うのです。

自分が関心のある話題だと結構英語が聞き取れるのに、まったく知らない話題だと途端にちんぷんかんぷんになるというのは、留学生or海外赴任者なら誰しも経験があるのではないでしょうか。


しかしながら、英語の問題だけを過大評価するのも違うのではないかと思っています。

日本人は英語が苦手であることをあまりに強く自覚しているので、ややもすると問題を全て英語力のせいにしてしまうきらいがあります。でも、外人だってバカではないので、会話の中身はすっからかんだけど英語が上手い人と、英語はたどたどしいけどポイントを突いた発言をする人であれば、後者の方を信頼するはずです。
特に、インターナショナルな環境で働くことに慣れている人であれば、英語が母国語でない人とも日常的に接しているので、発音やアクセントが違うとか、流暢に話すことができるかどうかなどはほとんど気にしていません。

実際に、東京オフィスのある外国人アソシエイトとランチをしていたときに自分の英語力の低さを嘆いたのですが、

「Yoshiは話していることがクリアだから全く問題ないよ」

と言ってもらえたことがあります。
温かい励ましの言葉だとは思うのですが、一連の会話の中で彼らは日本人が思っている以上に日本人の仕事の能力(要するに、誰それが優秀で、誰それはちょっと…ということ)について意見を持っていることに気づき、しかも、それが日本人である私から見ても納得できる結果だったことに驚きました。

つまり、彼らは日本語を理解しているわけではないのに、(英語力ではなく)仕事の中身で優劣を判断できているのです。


このことがあって以来、私は外人から評価されなくてもそれを英語力のせいにしてはいけないのだと肝に銘じています。

そうは言っても、英語力が足りないと業務において自分の能力を発揮することもできませんし、そもそも法務の仕事は言葉の仕事なので、書面における英語のクオリティーだけは誤魔化しが利きません。
したがって、英語力向上が必須であることは疑いようがありませんが、ここで強調したいのは、英語力があれば海外で通用するわけではない、ということです。

それでは、海外で通用するためには、英語力を除いて何が必要なのでしょうか。


2.外国人からの信頼を勝ち取る

ざっくりとした表現で言えば、外国人から仕事の上で信頼してもらうことが当然必要になります。
どういう人が信頼されるかは個人差があるかもしれませんし、一概に言い切れない部分も多いですが、私は仕事で信頼されるための要素は日本でも海外でも大きな違いはないと考えています。

それは例えば、言われた仕事を期限までにやり遂げるとか、自分で処理できない問題に気づいたら速やかに報告するとか、他人への配慮を欠かさずチームワークを大切にするとか、そういった類いの要素です。

こちらに来てからいくつか案件にも関与させてもらっていますが、担当パートナーの心配りには目を見張るものがあります。

「今回の件を手伝ってくれてありがとう!」
「さっきはドラフトをありがとう!助かったよ!」
「良く出来ていて少しコメントを加えるだけで済んだよ!」


などなど、ポジティブな表現を山ほど使ってくれるのです。

こんなことは東京オフィスで働いているときにもあまり体験していなかったので、ちょっとこそばゆいぐらいですが、いかにチームワークを大事にしているかが伝わるでしょうか。


仕事の内容に少し踏み込んで見てみると、ドキュメントのクオリティーは言わずもがな、非常に高いものが求められます。
私は主にファイナンス系の仕事を扱っているのですが、英文で150ページを超えるFacility Agreementのドラフトの中で、微に入り細を穿つコメントが求められます。前述の高い英語力だけでなく、それこそ一つのタイポ、ダブルスペースとシングルスペースの違いすら見逃さないほどの気迫が必要になります。

例えば、Boilerplate条項(契約書の終わりの方についてる準拠法だとか裁判管轄とかの定型条項)を修正するだけでも、①同じ当事者間の別の案件の先例と、②クライアントが使っているテンプレートと、③事務所のテンプレートの3つのマークアップを取り、それらを全て比較してクライアントにとって有利かを個別の条項ごとに判断し、他の条項との重複・矛盾がないかも確認した上でドラフトに反映させていきます。

いずれもLMA(Loan Market Associationという業界団体)が提供するテンプレートをベースにしているので内容に大きな差はないのですが、ここでは「大体一緒なんだから別に修正する必要はないでしょ」という甘い考えは通用しません。


以前、「契約書の雛形が高度に発達すれば弁護士の仕事はなくなるのではないか」という議論を見たことがありますが、現に契約書の雛形が高度に発達しているイギリスでは、「雛形が高度すぎて弁護士に依頼しなければ内容を理解することすらできない」といった状況になっています。

ややもすると、弁護士というのは口先の上手さだけで商売をしていると誤解されたりしますが、一流のローファームでパートナーにまで上り詰めている人は、極めて緻密なドラフティングをしているように思います。

日本の弁護士も緻密さに関しては決して外国人弁護士に引けを取らないと思いますので、口頭でのやり取りが苦手な分、書面における英語のクオリティーを追究することが海外で活躍するための一つの解になるのではないかと考えています。


それでも、純粋に英語でのドラフティングスキルで勝負を挑んだのでは、日本の教育を受けて日本の法曹資格を取得しただけの日本の弁護士が、英国資格の弁護士に勝るのは至難の業です。
それでは、帰国子女などの特別の事情がない限り、日本人の弁護士が世界で活躍することはできないのかというと、私はもう1つの条件を追加することでそれを克服できるのではないかと考えています。


3.日本人であることの利点を活かす

外国人を相手にする際に、日本人であることが不利に働く場面はしばしばあります。
すでに挙げた言葉の問題だけに留まらず、文化の違いや働き方の違いなど、色々な場面で日本人であるが故に努力を要することが出てきます。

しかしながら、海外で存在感を示すためには、私たちが日本人であることのアドバンテージを活かすことが不可欠だと感じています。

すなわち、日本人が外国の文化を理解するのに苦労するのと同様に(又はそれ以上に)、外国人だって日本の文化を理解することは難しいはずです。また、いかに英語が堪能な日本人担当者であっても、日本語でのコミュニケーションが取れた方が何倍もスムーズに話が進むことは間違いありません。

そのため、日系企業からの案件を獲得することが何よりも重要なのではないかと思います。

弁護士も客商売なので、究極的にはお客さんを連れて来れる人が偉いのです。そして、お客さんに一番近い人が案件のコントロール権も持つことができるのです。


もしかすると、「世界で通用する」という表現を使うと、相手の国籍を問わず仕事ができること、言わば国籍について「ニュートラルな状態」で働けることが条件のように考える方もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。

日本人であることは世界のどこにいようとも変わらないアイデンティティーなのですから、日本人だからこそできる業務を中心に据えつつ、その他の案件についても一定水準以上のレベルを確保するというのが、目指すべきゴールなのではないかと考えています。

逆説的ではありますが、世界で戦うことを目指そうと思ったら、より強く日本を意識しなければ勝ち抜けないのではないかと思います。そのためには、日本での知識・経験が何よりも重要であり、ここが疎かになっているようでは、とても世界では活躍できないのです。


さて、いかがでしたでしょうか。
ここまでお付き合いいただけた方はお分かりのとおり、「こうすれば世界で通用するぞ!」というアドバイスなど私にはとてもとてもできませんので、「世界で通用する弁護士になれるよう、こういうことに気をつけて頑張っていきたい!」という抱負を述べたに過ぎません。

他にも色んな意見があろうかと思いますので、是非コメント欄その他でお知らせいただければ嬉しいです。


上記のように、今回はロンドンという成熟しきったリーガルマーケットでの議論に終始しましたが、これが東南アジア諸国のようにリーガルマーケット(又は法律そのもの)が発展途上の国に進出しようという場合には、きっと別の課題が出てくるのだと思います。
すでに国内の大手法律事務所から多数の弁護士がアジアに派遣されているはずですので、その点の分析は彼らに託したいと思います。


ロンドンでの滞在期間は限られていますが、今後も上記の3点を意識して頑張っていきます。そして、帰国の際に再度振り返り、改めてフィードバックをしたいと思っています。