明弘と翔が廊下を曲がり、見えなくなった頃。

「チッ……何なんだよアイツは……」
扉の前に座り込み、啓介はブツブツと悪態をついていた。
しかしふと横を見上げると、口を開いた。

「……そういや女、何で付いて行かなかった?」

「何か問題でも?」
先程からの姿勢を変えようともせず、悠は淡々と答えた。

「いや……お前からは全く敵意が感じられない。
アイツもそうだ。」

「だから入部希望だと言っていただろう。」
当然だ、と言わんばかりに悠が答える。

しかし憮然とした表情の啓介はさらに言い募った。
「だったら何で一緒に行かねぇんだ。」

「……ここにいろと言われたからだ。」

「それはさっきの戦いで手ぇ出すなって事だろ?」

「…………」
悠は質問に答える気はない、と目を閉じた。

それを見て、啓介は楽しそうに笑った。
「ハ、だんまりかよ。食えねぇ女だな。
……しかし、1年首席の女が付き従ってるなんて、本当に何なんだ、アイツは。」

啓介の言葉に、悠の閉じていた目が薄く開いた。
「何だ、知っていたのか。」

「当然だろ。で、何でだ?」

「……あと数十分もすれば分かる。
私の口から言う事ではない。」

「へぇ、そりゃあ楽しみだ。」



一方、翔は奥まった場所にある部屋の一つに案内されていた。
元は応接室のような部屋だったらしく、ソファなどが置いてある。

「こちらが部長の渡辺さんだ。
部長、彼は1年の白瀬翔、入部希望だそうです。」

「そうですか。
白瀬君、入部希望というのはどういう事なのかな?」
大人しそうな顔の渡辺という人は、にこやかに微笑みながら話しかけて来た。

しかし、翔はしばらく黙り込んだかと思うと、ふと顔を上げた。

「すみませんが、僕が話したいのは、名目上の部長ではなくて、実質のトップなんですよ、本原センパイ?」

いきなり見据えられた明弘はたじろいだ。
翔の表情はにこやかだったが、目は笑っていなかったのだ。

「…何を言ってるのかな?白瀬君。」
渡辺は平静を取り繕って話しかけるが、翔はこれを完全に無視した。

「……貴方でしょう?先輩。」
何が、とは言わず。
しかし相手が理解するには十分だった。

「し、白瀬君、何の冗談だい?
部長は私…」
慌てたような口調で渡辺は取り繕おうとした。
しかし…

「いい。俺が話そう。」
明弘は彼を止め、椅子に座った。

「お前は皆の所に行っていてくれ。
一人でいい。」

「しかし……」

渋る渡辺に、明弘は無言で視線を向けた。

「分かりました。
皆には何と伝えますか?」

「何も言わなくていい。
全て俺の独断だ。」

「……はい。」

彼が部屋から出て行くと、明弘はしばらくドアの方を見つめた後、翔に向き直った。

「さて……用件を聞こうか。」


―第一章・終―