「翔が……貴方がそれほどまで言うのなら大丈夫なのでしょうね。
高瀬にも伝えておきます。」

ノックスは嬉しそうに微笑んだ。

「あぁ、そういえば……」
彼はふと思い出した様に、車のダッシュボードを開けた。

「何ですか?」

「ユリシア様と電話が繋がっていますが。」

彼がさらっと言うと、途端に翔の表情が変わった。

「切れ。今すぐ切れ。」

口調は冷静な風だが、付き合いが長いノックスには、彼が焦っている事が分かった。

「素が出てますよ?」

「いいから切れ」

しかしその時、電話機から聞こえた声に、彼は硬直した。

『あら、随分なご挨拶ね。』

彼女はノックスと同じ、ドイツ人。
しかし聞こえてくるのは日本人と区別がつかないほど流暢な日本語だ。

「っ……!」

『何故貴方はいつもそんな態度なのかしら。
悲しいわ?』

言葉とは裏腹に、彼女の声には遊んでいるような響きがあった。

「…変装している時だけはお前に会いたくないんだよ。
お前はいつも俺のペースを崩すだろう。」

翔…昴は、彼女の言葉が本音などではなく、実際は自分をからかって楽しんでいるのだと分かっている。

『会っていないわ、電話よ?』

「同じ事だ。」

翔は頭痛がしたかのようにこめかみを押さえた。

「用がないなら切れ。
用があるなら用件だけ伝えて切れ。」

『仕方ないわね……。
日本時間の来週日曜の午前、私もそちらに行きますわ。
では、伝えましたから。』

「なっ!?おい、待て!」

プツ。ツー、ツー……


信号は赤。
電話が切れた音が車内に大きく響いた。

「まぁ、貴方がすぐ切れと言ったのですから、自業自得ですよね?」

その言葉に、翔は大きく溜め息をついた。

「……それはいいんだよ。
俺が何を言おうとユリシアが意志を曲げる事はないだろうからな。
で、どういう事だ?」

そして鋭い視線をノックスに向けた。
しかし彼は涼しげな微笑みを崩さない。

「まずは落ち着いて。
“翔”に戻って下さい?」

翔は息を長く吐いた。

「もう大丈夫です。
説明、して貰えますか?」

「はい。敵の本拠地が中国にある事は知っていますね?」

翔は頷いた。
思っていたより事が大きそうだ。

今、この世界はある勢力に支配されようとしている。
宗教と莫大な財力という、絶大な力を持った勢力によって。

翔が今この学校にいるのも、その侵攻を食い止めるためだ。


「最近欧州での彼らの活動が沈静化してきています。
そして、東アジアでは活発化しています」

彼は人差し指を立てて軽く振った。
おどけたような仕草だが、表情はいたって真剣。

「……先日、タイが陥落しました。
政権は変わっていませんが、彼らの傀儡となっている様です。」

これには翔も驚きを隠せなかった。

「早すぎないですか?
先月にはまだ大丈夫だと言っていましたよ」

「彼らは東アジアに焦点を絞り、集中的に侵略するつもりのようですよ」

「日本も……」

「ええ。この国は我々連盟の盟主国。
まずは日本を潰そうと考えているようですね。
タイやその周りはその為の足固めでしょう。」

「……でも2年半前に母さんが死んで、実権はなくなったんですよ?
盟主国と言っても、名目だけでしょう?」

翔は重い口調だった。
しかしその言葉に、ノックスはポカンと呆気にとられた様な表情をした。