夏。

これでもかと照り付ける太陽の下、僕はある建物の前に立っていた。


「ここ…ですか?」
「ああ。ここだ。」
「何というか……普通の学校みたいですね。」
「このような方が目立たないんだよ。
まあ、実際学校だろう?」
「はあ…。教えていることはともかく、ですけど。」

その人――僕が師匠と呼ぶ彼は、笑いながらその建物に入って行った。
後に着いて行くと、その建物の中もまるで普通の学校の様だった。

まるで、というのは、この学校は、実は日本国政府の暗殺者養成学校だから。

一応政府公認の養成所としては日本で一番ランクが高い。
もちろん公認と言っても裏社会での話。


「師匠、ホントに僕はここに入るんですか?」

「いまさら何言ってんだバーカ。
俺は政府の仕事で海外行き。
正式に登録してねぇお前はパスも持ってねえし、ガキなんか連れて行けるかってんだ。」

「まぁ、そーですけど…」

「成績の心配でもしてんのかぁ?
気にすんな、お前は俺が直々に仕込んでやったんだ。
こんなトコで遅れを取る訳ねぇよ。
俺にそんな弟子はいねぇ。」
(意訳・悪い成績取ってみろ、お前の存在消してやる。)

ドスの効いた師匠の声に、思わずビシッと敬礼。
何度か殺されかけた僕にとっては冗談に聞こえない。
というか、この声を聞いて笑える奴が何人居るだろうか。

「まぁ、冗談はともかく、」
あ、冗談なんだ……随分声が本気だったのは僕の気のせいでしょうかいやそんな事ないですよねアハハ…


そんな事を考えている僕など見もせず、彼は言葉を繋げていた。
もちろん聞き逃すような事はしなかったけれど。





「つー訳で、コイツを頼んだ。」
学校長(師匠によると元・それなりに使えるらしい諜報員、だそうだ)の前で、師匠はふん反り返って言った。

この人は遠慮とか体裁とかそういう言葉を覚えるべきだ。
……本人には言えないけど。ていうか言ったら殺されるけど。


学校長も、額に青筋立てながらも、それなりに慇懃な態度を保ったままだった。

彼も、師匠の強さは風の噂にしろ、政府の情報にしろ知っているだろう。

そして多分、一目見て、確信した。
自分には、勝ち目が無い事を。


こんな裏社会だ。
殺し合いなど日常茶飯事。
裏切りだって当たり前。

そして、死んだ者になど誰も気にとめない。
それが重鎮だとしても。

だから。
人を見る目はなによりも大事なんだ。




「分かりました。
上からも既に報せは来ていますので、ご心配無く。」

「心配なんざしてねぇよ。
じゃ、適当によろしくな。俺はそろそろ行くわ。」

そう言って彼は立ち上がると、歩きながら学校長に手をヒラヒラと振ってみせた。
そして、僕に一瞥。

顔の半分だけをこちらに向けたものだったけれど、その目は僕に先程の師匠の言葉を反芻させた。


しばらく、しかし時間にしては僅か1秒足らず、僕は記憶に身を沈めた。
そこから浮き上がると、師匠はもういない。
目の前には未だ青筋の消えない学校長。


…さてと。

僕は気付かれない程度にため息をついた。