京都国際マンガミュージアム | 文藝PIERROT

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サブカルに光あれ

 件の剥製が展示されているとの情報を手に入れ、京都国際マンガミュージアムに赴いてきた。現在、京都国際マンガミュージアムでは妖怪天国ニッポンという特別展が開かれており、その目玉のひとつが件の剥製なのだ。
 京都国際マンガミュージアムは日本におけるマンガ研究の第一線を駆け抜けている京都清華大学の研究成果の社会還元の一環を担う機関であり、龍池小学校校舎跡を活用し開設された経緯を持つマンガの美術館である。

椿の徒然草~novel for an idle hour~-m
 小学校の面影残る入口を通り抜けて入館する。チケットは販売機で購入する仕組みだ。入場料金は大人一名500円。特別展観覧するならば1000円。文化の日は入場料無料。パスポートは6000円となっている。
 さて、特別展の会場でも探そうかとしていると人集りが出来ている。なんだなんだと野次馬根性剥き出しにして掻き分けていくと特殊メイクの実演が行われるようだった。
 会場には誰も居ない。時計を見ると開始三分前である。此は運が良い。なんて想っていると後ろから鬼が歩いてきた。そう、鬼。あの鬼である。鬼の後ろには天狗、河童が行列をなしている。一番後ろは猫又であった。 

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 猫又はまだ未完成なのだそうだ。北戸幸代氏による実演が開始される。観客は老若男女揃い踏みである。むしろ、盆だからか夏休みだからなのかは解らないが子どものお客さんの比率が多かったように感じた。カメラを構える二の腕の下の方を小さな子どもがするりするりとひっきりなしに通り抜けていた。

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 猫又がメイクされている横で先ほどの妖怪たちが居た。どっしりと棍棒携え座り込んだ鬼、団扇で自らをひらひらと扇いでいる天狗、一番端の河童はどことなくひょうきんな感じでちょこんと座っていた。北戸幸代氏はトークしつつメイキャップを繰り広げている。猫又はツンデレなのだそうだ。そして河童は猫又に好意を抱いているということを暴露していた。

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 猫又のメイクを素早く乾かす為に河童が天狗の扇を借りて扇いでいる。一生懸命で勢いを良くし過ぎた為に猫又は髪が崩れたと不機嫌な様相を見せたりしていた。しかし、猫又としても河童の好意にまんざらでもないらしい。そんなドタバタ妖怪恋喜劇が繰り広げられていた。

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 メイクが乾くと猫又はペットのねずみが入った藁巣箱を首からかけ首にスカーフを巻いてオシャレ完了。これで猫又完成という下りになった。四体の妖怪全てが出来上がったので会場に全員が立ち並ぶことになる。

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 改めて四体の妖怪を眺めてみると圧巻である。会場の一番前の席には小学校高学年らしき少年がかぶりついていた。北戸幸代氏は以前こうした妖怪メイクを施した際に小さなお子様が完成したら泣いてしまったのがトラウマだと語ったが、その少年は大丈夫と笑っていた。
 和やかな雰囲気でイベントはクライマックスへと近づいていく。このイベントの一番の見せ場。それは特殊メイクが施された妖怪たちの正体を顕すというものなのだ。

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 まず正体を顕したのは鬼である。次に天狗、河童、そして猫又と順々に己の正体である顔写真を見せていく。会場はずっと響動めき続けていた。
 だがそれもそのはず。なんと妖怪たちは全てが女性モデルだったのだ。あの戦慄な鬼も荘厳な天狗も剽軽な河童も可憐な猫又も全てが女性だったのである。

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 全員が写真を見せて勢揃い。鬼の女性は眼光鋭きクールビューティー系、天狗の女性は透明感ある爽やか系、河童の女性は多趣味そうなコミカル系、猫又の女性は天真爛漫なネコ系だった。
 やはりモデルのもつ雰囲気と妖怪のもつ雰囲気は似通っていた。元来の持ち味を妖怪によって特化しているという印象を感じたのだがそういった意図があったのだろうか。
 イベントは終了し、妖怪たちと記念撮影という流れになったので子どもたちが殺到していた。流石にそこに混ざるわけにもいかず、私は本来の目的である特別展へと向かうことにした。
 マンガの壁をえんえんと伝って二階へと向かう。あちらこちらで漫画を読み耽る大人や子ども。此処は漫画好きにとっての天国だ。
 
 二階へと上がると未来のマンガコーナーや妖怪コーナーが存在し、妖怪コーナーでは様々なホラーマンガや妖怪マンガなどが蒐集されていた。分類付けはされておらず、怪談も妖怪談も、バトルものも共存もの、オリジナル妖怪物と古典妖怪物が一緒くたとなっていた。
 壁には妖怪のイラストがかけられていたり、パソコンが設置されており妖怪占いや妖怪クイズなどがあるところからも能動的で現代的な試みがされているのだろうと感じた。
 併設されるかたちで江戸時代の化け物の見せ物とされていた手品や現代技術による幽霊の再現などがなされていた。

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 二階の渡り廊下を渡ると特別展会場はあった。妖怪超入門と書かれた入場門を潜る。巡回路に逆らうことなく右手に進むと壁に添って妖怪画が展示されていた。

 まずは、妖怪マンガの源流。
 北斎漫画や暁斎漫画に百鬼夜行絵巻がまずはお目見得。解説では付喪神と擬人化画との関連性に言及されおりびんちょうタンが用例として引用されているところからもマンガの学術施設であると感じた。
 またe-ラーニングの源流とも言える婚儀の儀を絵巻で解説した狐の嫁入のパロディである化物嫁入絵巻なども眼にすることが出来た。
 次は、妖怪図巻の誕生。
 鳥山石燕や桃山人作の妖怪画といった妖怪学を齧ったことがあるならば一度は眼にしたことのあるものが揃い、忘れてならない和漢三才図会が展示されていた。
 見慣れた妖怪画であるものの肉筆を肉眼で捉えてみればその迫力は間接的なものとは比べものにならない。腰の上で踊る妖怪たちは私のこころに入り込み、たっぷりと妖力を授けてくれたように感じた。
 墨とインクではやはり妖怪としても墨の方が活き活きと出来るのかも知れない。
 そして、マンガとしての妖怪浮世絵。
 土蜘蛛や酒呑童子などの妖怪退治絵巻が目白押し。皿屋敷やお菊などの有名な怪談関する妖怪画も此処にあった。

 特設コーナーで気になったのは稲生物怪録だ。これもまた妖怪学のもぐりでなければ、魔王山本五郎左右衛門が現れるあの物語といえばわかるのえはないだろうか。ちなみに展示されている絵巻物には魔王登場の場面は描かれておらず残念であった。
 また、これをモデルにしたマンガも紹介されており、そこの白山宜之氏の平太郎お化け日記に惹かれるものがあった。10月のプラネタリウムに収録されているというので今度手に入れてみるとしよう。
 他には明治の新聞も展示されていた。明治の新聞には人魚や河童、幽霊屋敷などに関する記事が少なくない。それは「明治妖怪ニュース」や「明治妖怪新聞」といった書籍から知ることが出来る。
 ここには長壁姫などの草双紙も展示されていた。

 京極夏彦先生から妖怪張り子が提供されており瓶長、五徳猫、塗仏、魍魎が飾られていた。それだけでなく、江戸のポケットモンスターとしておばけかるたやおばけはなびといった妖怪を題材とした玩具が紹介されていた。
 その島続きに人魚の木乃伊がぽつねんと置かれている。
 このコーナーに件の剥製は置かれていた。この剥製の横では件の紙芝居がされている。どうも、この件の剥製は紙芝居のお供として使われていたのだそうだ。怪異蒐集家である木原浩勝氏から提供された件は想像していたよりも大きかった。この件を科学的に調査すると人魚のような人工合成獣ではなく、正真正銘の畸形獣であるかもしれないという噂を聞いた。真相はつかめていないが、もし畸形牛であれば、そうした変形種は短命であると聞く為に件の伝承と一致する。件の短命のモチーフは畸形がゆえかどうかはこの剥製が鍵を握っていると言える。
 ちなみに紙芝居の内容は無念の魂が牛に宿り人面牛となって敵を討とうとして返り討ちに遭ってしまうという筋だった。本来の妖怪件の伝承ではないのはなんとも不思議な気持ちになった。
 人面牛の怪談は人面牛の怪談で存在し、それが件の伝承と習合したという可能性もあるのかもしれない。

 ここから先は水木しげる大先生の鬼太郎やそれに関する第一次妖怪ブームのマンガたち。妖怪マンガと妖怪研究に関するものがメインとされており、こちらに関しては現物も手に取ったことがあるものがちらほらと見られた。



 特別展としては他では見られないラインナップや作家先生らからの提供もあり実に面白い構成となっていた。知らないものを知る、知っているものの実物を見るといったことが出来て、私自身としては満足の行くものとなっていた。

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 妖怪をたっぷりと堪能すると私は中庭へと出ることにした。そこでは妖怪れすとらんと銘打った全品200円の屋台が出されていた。常に盛況であり行列が絶えることはなかった。

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 ちなみにこの日はオールジャンルコスプレ交流会COSJOYというイベント日であった。中庭には見渡す限り、銀魂や忍たま、ニコニコ動画のボーカロイドにナルト、マクロスF、ヘタリア、涼宮ハルヒの憂鬱などのキャラクターに扮した人々が撮影会を行っていた。

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 私は銀魂のヅラこと桂小太郎に扮した女性に話し掛けて一枚撮影させていただいた。「ポーズはどうしましょうか」と応えられた。コスプレイヤーの方と話すのは初めてであり、どぎまぎとしながら「何か得意のポーズがあればそれでお願いします」と返すと「じゃあ、桂っぽいポーズとらせてもらいます」とエリザベス団扇を片手に佇んでくれた。
 基本的にコスプレイヤーの方々は、その方々同士で和気藹々としており、一般人の方々は遠巻きに眺めているだけだった。コスプレイヤーでないのにコミュニケーションをとろうとしていたのは外国人か私ぐらいだったような気がする。
 しかし、異世界感がなんとなく心躍らされるものがあり、想わず「コスプレしてみるのもいいかもしれない」という気になった。

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 ちなみに、この京都国際マンガミュージアムの構造上、中庭は大通りと面しており、そこから通行客の方々がコスプレイヤーの方々を観察するという場面もあった。コスプレイヤーのSNSを調査してみたところ、この京都国際マンガミュージアムは庭が気持ちよいのだが一般人に見られるので注意というスポットだとされていた。

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 この中庭にはパラソルなどもあり、コスプレイヤーの方々が交流をしているのを眺めながらマンガに没頭している一般人の方々は建物の方に密集していた。
 それにしても、改めて建物を見ると、やはり元小学校なのだと実感する。マンガであるためにこうした校舎の利用はうまくいったのだろうが、アニメの殿堂の場合は、モノがアニメであるために鑑賞する際には映画館級の音響施設を設営するかもしれないので、全く同じようにとはいかないだろう。
 しかし、こうした廃校となった施設を利用することはその学舎の卒業生たちにとってもただ取りつぶされるよりも喜ばしいことだとすれば、こうした施設の再利用は積極的に行うべきだと言いたい。

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 閉館の時間まで粘ってしまった。ここは本当に時間を潰すのにはもってこいであり、近場であればパスポートをとって毎日通いたくなる空間だと感じた。本日はCOSJOY開催日であるために職員の方々もジブリ作品のコスプレをしていた。
 ハクに扮する職員の方に撮影をお願いしてみたものの相当にお疲れだったようだ。これも職務の一環なのだろう。とはいえ、こういうことを楽しめる方が運営しているのならば、マンガを間違った方向に紹介することはないとも言える。
 京都国際マンガミュージアム。
 実に面白い場所であり、このような施設が近場にあればよいのにと感じた。博物館というよりはテーマパークを楽しんだあとの充実感があった。

<関連>
京都国際マンガミュージアム
http://www.kyotomm.jp/HP/index.php
えむえむブログ 「妖怪が、造られて。そして。」<特殊メイクアップ実演>
http://d.hatena.ne.jp/kyotomm/20090817
アーティスト集団IST 北戸幸代
http://erfolg-ist.com/artist.html#kitado
cosplayers archive 京都国際マンガミュージアム
http://www.cosp.jp/photo_search.aspx?n5=296