「約束」 | 文藝PIERROT

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サブカルに光あれ

「や、久しぶり」
「え?」
 武下はいつも通りの帰り道でいきなり声をかけられた。
 その声には確かに聞き覚えがあったし顔にも見覚えがあった。
 中学生の時の友達であろうか。武下が名前を思い出そうとしているとその女性は更に言葉を続けて来た。
「タケやんでしょ。アタシのこと覚えてない?」
「いや、覚えてるよ」
 嘘じゃない。名前が出てこないだけなんだ。
 そんな事を考えていると彼女はにっこりとした笑みを浮かべながら言ってくる。
「時間ある?ちょっとお茶でも飲もうよ」
「うん。そうしよっか」
 女性にリードされる感覚。それは懐かしいものであった。想い出がいくつか蘇る。
「はやく~」
「ごめんごめん」
 武下は彼女に腕を引っ張られながらファミレスへと入っていった。
 そこからはドリンクバー片手に想い出話や他の友達の近況などに華を咲かせた。
 小一時間ほど話しても彼女の名前はわからなかった。
 変わりに自分は彼女に恋心を抱いていることを思い出した。
 好きな人の名前ぐらい覚えとけよ、自分!と、胸中では叫んだ。
「そろそろ帰らなきゃ。ここはアタシが奢るね?」
「そんな僕が払うよ」
「ダーメ。今日はアタシが奢るって決ってんのよ」
 彼女が言い出したら聞かないのは相変わらずらしい。
「じゃ、携帯教えといてよ?今度は僕が奢るから」
「ゴメン!アタシ、携帯持ってないのよ」
「今時珍しいね」
「ほんとゴメン」
「いいよいいよ。それならまた会えたときにお茶しよ?そのときは僕が奢るから」
「うん。約束ね」
 彼女は満面の笑みを残して去っていった。結局彼女の名前と近況は聞けず仕舞いであった。
 武下は家に帰ると早速卒業写真を眺める。探すあの娘はすぐに見付かった。
 三年同じクラスだった小池さんだ。写真には先程見た彼女の顔があった。
 そこで全てを思い出した。
 彼女は卒業式の帰り道で車に撥ねられて死んだのだ。一緒に帰っていた武下はそれを目の前で見たのだ。
 さよならの手を振りながら見送っていると壊れた人形のように跳ね飛んで壊れた小池の姿を。
 武下はその日から何週間か部屋から出れなかった。涙が止まらなかったのだ。
 でも何故、今頃になって彼女は現れたのだろう。
 卒業写真を眺めていると表紙の裏に「友への一言」と書かれたページがあるのを見付けた。
 別れゆく仲間達に想い出の一言を書いてもらえる粋な計らいの空間である。

 そこには当然小池の一言も載っていた。
「あんたの二十歳にお茶でも奢ってあげよう」
 カレンダーを見る。忘れていたが自分の誕生日だ。
「ほんと言い出したら聞かないヤツだな」
 部屋に寂しげな涙混じりの呟きが響くと思わず笑ってしまった。