「よう」


 という、あまりにもありきたりな初対面であった。
 尾張城の敷地の一角――もちろん、外見では分からないが――に作られた、隠密班の待機所で、曼珠はその男と初対面を果たすこととなった。
 しのびのくせに妙に馴れ馴れしいやつ――最初は、そんな印象だった。
 事実、初対面で曼珠を見つめるその目は、怪しくニヤついていた。


「何の用だ――?」


 短くそう言って、曼珠は、相手を素早く観察した。
 その男は、他のしのびとはいささか――いや、かなり異質だった。
 曼珠を含めて、通常しのびは、必ず覆面を着用している。それは、相手に素性を隠すためであり、また、敵に面と向かった時、その表情を悟られないようにするためだ。特に、裏の世を生きるしのびは、その存在を極力知られてはならない。故に、しのびであれば常に覆面を着用し、たとえ仲間内であっても素顔を見せることをしない。事実、隠密班に所属するしのび達は、待機所にいるときや就寝時でさえ、覆面を着用し続ける。
 しかし、その男は違った。しのびでありながら――この待機所にいるのだから、しのび以外ではありえないだろう――覆面を着用していない。袖を切り落としたしのび装束を纏い、普通の忍者が見につける帷子(かたびら)の代わりに、鎖を身体のいたるところに巻きつけている。


「そう邪険にしないでくれよ。同じ隠密班じゃねえか。――っつっても、俺は正式な所属じゃなくて、里の代表として出向してるんだけどな」


 男は、そう言って笑った。
 鳥を模しているらしい頭巾――、そして上半身を装飾するように纏った、おびただしい数の羽根――。
 その特徴的な出で立ちは――。


「――真庭の者か」
「お、知ってんのか。そりゃ嬉しいねえ」


 本当に嬉しそうに、その男は言った。
 真庭忍軍――。一般庶民や平和ボケした武家たちは知らずとも、しのびであればその名くらいは誰でも知っている。
 かつて、数百年も昔の戦乱の時代、その裏社会を暗躍したしのび集団――。
 元々異質な存在であるしのびの中でも特に異質な存在――。暗殺"のみ"を生業とするしのび集団――。それが、真庭忍軍だった。


「大当たり――。俺は真庭忍軍所属。真庭鳥組・真庭鳳凰(まにわ ほうおう)ってもんだ」


 その男――鳳凰は、そう言って、あっさりと素性を明かしたのだった。


「しのびのくせに、自ら素性を明かしてよいのか――?」
「別に――。隠すもんじゃねえしな」


 そもそも隠すつもりなら覆面のひとつくらいするし、わざわざ話しかけたりしねえさ、と、鳳凰は言った。


「あんたに話しかけたのは他でもない。俺は、これからひとつ、任務をこなさにゃならないんだが――。あんた、俺と組まないか?」
「断る」


 即座に、曼珠はそう答えた。


「しのびは、馴れ合わんものだ――」
「だから、そう邪険にしなさんなって」


 曼珠の張った精神的な防壁を気にするでもなく――あるいは、気付いていないのか、男はなおも馴れ馴れしい口調で話しかけてきた。


「どうせ、あんたのようなどこの所属でもないはぐれものにゃ、任務なんてほとんど回ってこねえんだろ? だったらよ、ひとつ一緒に手柄のひとつでもあげみよう、って話じゃあねえか」


 正論だった。
 曼珠のような無所属のしのびがこの隠密班でのし上がるためには、武勲――すなわち手柄を挙げることが重要だ。しかし、その前提であり機会となる任務は、そのほとんど全てが、班内で幅を利かせている伊賀や甲賀のしのびに与えられているのが現状だ。
 すなわち、手柄を上げる機会自体が回ってこない。
 だが、そういう意味では、目の前の男とて同じはずだ、と曼珠は思う。
 昔はその権威を――あくまで裏社会の中でだが――誇った真庭忍軍とはいえ、今では、同業者でなければ知らない――いや、同業者の中にさえ、若い世代には知らぬ者もいるくらい、希薄な存在に成り下がっている。
 まあ、それは曼珠自身にも言えることなのだが――。


「まあ、普通ならそうなんだが、これに関しては、あいつらでは手に負えん任務なのさ。だから、俺にお鉢が回ってきた、ってわけだ」


 まるで曼珠の考えを見透かしたかのように、鳳凰はそう言った。


「とはいえ、さすがに一人じゃきつくてよ。だから、あんたに声かけた、ってわけさ」
「なら――」


 と、曼珠は言った。


「そいつらの誰かを連れて行けばいいではないか」


 しかし、鳳凰は、大げさに肩をすくめ、首を横に振った。


「あいつらじゃだめだ。太平の世で鈍りきったしのびなんざ、毛ほどの役にも立ちゃしねえ。特に、"こういう任務"じゃな」
「じゃあ、なぜ俺に声をかけた」
「歩様が違う」


 と、鳳凰は言った。


「あんたの歩様は、他の連中とは違う。身のこなしから気の配り方までな。修練絶やさず、常に研ぎ澄ませてきた歩様だ。あんたは、他のと違って、一寸寂びちゃいねえ。ついでに言うと、眼も違う。あんたの眼は、他の連中と違って死んでねえ」


 わずかな歩き方や眼で相手の力量を見抜くあたり、この鳳凰と言う男も、並みの腕ではないのだろう――、と曼珠は推測した。
 任務の内容も、大体察しはついた。
 彼にしかできない任務――。無論それは、暗殺なのだろう。真庭忍軍である以上、真庭忍軍である限り、彼もまた、専門は"暗殺"なのだから。
 任務の種類にこだわる機は毛頭ないが、馴れ合うつもりもない――。
 しかし、曼珠は、目の前の男に、少しずつ興味が湧き出していた。湧き出していたから、寸の間迷ったが、結局誘いを受けることにした。


「いいだろう――」


 そういうと、鳳凰は、またニヤっと笑みを浮かべた。


「じゃ、交渉成立、ってことで。ええと――、名前は何だっけな」
「曼珠――。相楽曼珠だ」


 これだけ素性を明かされて、しかもこれから組んで任務に当るのに、名前くらいは教えても言いか――、そう思ったので、とりあえず名乗った。


「そっか。んじゃ、よろしくな、曼珠さん」


 と、鳳凰は、下の名前で曼珠を呼んだ。


「俺のことも、鳳凰でいいぜ。つーか、全員苗字真庭だしな」


 とまあ、そんな感じの、二人の馴れ初めであった――。



<続く>


☆あとがき☆

鳳凰、登場☆

ちなみにキャラが違うのは、顔を替える前ということで、差を分かりやすくするためにあえて変えてあるためです。(謎

とりあえずのファースト・コンタクトってことですが、まあ、こんなもんかな、って感じです。

あ、ちなみに、彼の名前の曼珠(まんじゅ)ってのは、彼岸花の別名である曼珠沙華(まんじゅしゃげ)から取ってます。

この辺の設定は、後々の話にも絡んでくるので、多くjは語りませんけどね。。(ぁ


ってことで、以下次回です☆

ではでは☆ノシ