目が覚めた――というより、一睡もできなかった。
 それほどに緊張していた。
 なにしろ今日は、“特別な日”だから――。



 その“知らせ”がやって来たのは、前日のことだった。
 その人物は、何の前触れもなく現れた。
 袖を切り落とした忍び装束に、体中に巻きつけた鎖。特徴的な飾りのついた頭巾をかぶったその人物を、父親が、身体をこわばらせながら招き入れるのが、見えた。
 その人物が誰であるか、幼い羽鳥里(はとり)にも理解できた。――いや、里に暮らす者であれば、誰しもが知っている人物だった。
 真庭忍軍十二頭領が一人、鳥組頭領・真庭鳳凰(まにわ ほうおう)――。『神の鳳凰』の二つ名を持ち、実質的な真庭忍軍の頭を務める男――。
 つまりは、真庭忍軍の事実上のトップ、この真庭の里の代表のような人物である。
 羽鳥里は、土間の隅っこから、おそるおそる、二人の様子を伺っていた。
 真庭忍軍の頭領――いわば、雲の上にいるような人が、どうしてわざわざこの家を訪れたのだろう――。
 そんな事を考えながら気配を探っていたところへ、不意に羽鳥里は居間へ呼ばれたのだった。


「おや、ここにいたのか――。羽鳥里、こちらへ来なさい」


 普通、来客のあった時、羽鳥里のような子供は、居間に近づくことを許されない。それは、大人と子供の間の、暗黙の了解ともいえるものだ。
 父親に言われるままに、羽鳥里は、おそるおそる居間へと入った。
 囲炉裏の上座――通常その家の家長が座る場所に、その人物はいた。もちろん、その家の家長を差し置いて上座に座るということは、それだけ上位の存在、ということだ。
 真庭鳳凰――。十二頭領を、これほどまでに近くで見るのは、初めてだった。
 細身でしなやかな肉体――。しかし、一本の刃のように、鋭く研ぎ澄まされた優美な肉体――。ゆったりと構えているが、その居住まいには一部の隙も感じられない。頭巾をかぶった細面の顔も、穏やかに微笑えんでいるが、その目の奥は鋭くこちらを見つめている。
 羽鳥里とて、幼くとも忍の修練・鍛錬を受けている者だ。未熟とて、彼から立ち上る気、不自然なくらいに自然に発せられる威圧感を感じ取ることはできる。


「我が不肖の息子・羽鳥里。これにございます」


 父親は恭しくそう言い、鳳凰は小さくうなずいた。
 父親は、鳳凰と向かい合うように、半足を引いて正座した。
 羽鳥里もそれに倣って、縮こまるようにして、父親の隣に正座する。


「そう固くならずともよい。楽にするがよい」


 鳳凰は、穏やかな口調でそう言った。
 羽鳥里は小さく頷いた、が、身体の方はかえって緊張で固く縮こまってしまう。
 鳳凰は、そんな羽鳥里の様子を見て、小さく微笑んだ。それから表情を少し引き締めると、静かな口調で言った。


「真庭鳥組・鵜津彦(うづひこ)が嫡子・羽鳥里よ。本日は、他でもない、そなたに用件があって参った」
「僕、ですか――?」


 やっとのことで、それだけ搾り出した。
 鳳凰は頷いた。


「先ほど父君とも少し交わしたのだが――。そなたはまだ知らぬであろうが、先だって、真庭忍軍十二頭領が一人、真庭人鳥(まにわ ぺんぎん)が、故あって落命した」


 真庭人鳥――。確か、『増殖の人鳥』の二つ名を持つ、真庭魚組の頭領だ。忍法『滑空刃(かっくうじん)』の使い手で、里の忍者の中でも経験豊かな古株だったはずだ。
 その人鳥が落命した――。
 驚きはしたが、それと鳳凰がこの家を訪ねてきたこととが、どうしても繋がらなかった。
 鳳凰は、そんな羽鳥里を観察するようにしながら、話を続けた。


「本来であれば、時をかけて、次代の人鳥にふさわしき者を、里の者より選りすぐるのだが――。知っての通り、今現在、真庭の里は窮状にあり、それが儘ならぬ状況にある。故に、すぐにでも次代の人鳥を選定し、十二頭領を維持せねばならぬ」
「はあ――」
「――単刀直入に言おう。我は、次なる人鳥に、そなたを選定しようと思う。“真庭人鳥”を、そなたに継いでもらいたいのだ」
「はあ――――え、ええっ!?」


 言われるままに頷いていた羽鳥里は、驚いて、飛び上がった。


「そ、そ、そ、そんな――。ぼ、僕が、頭領なんて――」


 まだ年端も行かぬ童子である。
 経験も乏しく、技術も未熟な半人前――いや、自分ではそれ以下だと思っている――である。
 そんな自分が頭領などと――。


「事情は承知しましたが、羽鳥里はこの通り、まだまだ未熟な童子にございます。かようを頭領というのは、いささか早急なのでは――」


 父親も、内心では驚き喜んでいるのだろうが、それを隠すように、おずおずと苦言を呈する。
 確かに――、と、鳳凰は言った。


「羽鳥里は幼き童子――。未熟であることは百も承知しておる。経験や技術で勝る者ならおろう。だが現状、真庭の頭領として最も重きを置かねばならぬのは、経験でも技術でもなく、才能なのだ。すなわち、すぐにでも戦場(いくさば)に立つことのできる才能が必要なのだ」


 そこまで言って、一度茶をすする。


「真庭が一昔前のように豊かであったなら――、経験豊かで技術を持つ者から選りすぐればよかった。戦場に立つまでに時を待つ余裕があったし、また人材も豊富であったからな――。しかし今は、その余裕がない上に、人材をも失いつつある――。経験や技術だけではこの窮状は乗り切れぬ。それを上回るような才能が必要なのだ。――そう、そなたのような、な」


 才能――。
 忍としての才能――。


「あ、あの――。そんなものが、ぼく、僕にあるとは、思えないの、ですが――」


 そんなことはない、と、鳳凰は首を振った。


「我は、里の者の力は全て把握しておるつもりだ。その我があえて言わせてもらう。そなたは、我等頭領は別として、里の何者よりも大きな才能を持っておる」


 ともすれば我等よりも、かもしれぬがな――。
 小さく自嘲気味に、鳳凰はそう言った、ような気がした。


「そなたが修練しておったあの術――。かような術を我は知らぬ。あの術は、おそらく誰の手にも負えぬであろうよ。そして、あの術はそなたをおいて、他の誰にも扱えぬ。そなたには、それだけの才能があるのだ」


 あの術――。
 臨むべくして手に入れたわけではない――。生まれついて宿っていた、特異なる力――。そして、それを利用した術――。
 でもそれは、修練で手に入れたものではない。ただ、勝手に己が身に宿っていただけ――。


「それが、才能なのだよ」


 と、鳳凰は、諭すように言った。


「天より与えられた才――。他の誰も持つことのかなわぬ能力(ちから)――。それこそが才能。そなたの才能は、誰よりも大きい――」


 鳳凰は居住まいを正すと、なんと、まるで目上の人間に対するがごとく、羽鳥里に向かって深々と頭を下げた。


「頼む――! そなたの才能で、真庭の里を救ってはくれぬか」


 羽鳥里は、困惑していた。
 真庭忍軍の頭領――それも、実質的な頭ともいうべき人物が、自分に向かって頭を下げている。
 明らかな目下である自分に。
 里の人間の一人でしかない自分に。
 幼い童子である自分に。


「あ、あの――。す、少し、考えさせてください」


 羽鳥里は、震える声で、そう言ったのだった。



<つづく>


☆あとがき☆

最近ハマり気味な『刀語』の二次創作を書いてみました。

もちろんネタは、お気に入りの真庭人鳥君です。

彼が“真庭人鳥になった日”、というテーマで執筆しております。


家族構成その他、かなりの部分、勝手に設定作ってます。(爆

まず名前。

羽鳥里(はとり)も鵜津彦も、完全なる創作です。

そもそも、本編には本名とか家族構成とか、一切出てませんしね。^^;

それから、先代の人鳥についても、創作です。

一応、勝手に解説しとくと、忍法『滑空刃』は、上空から滑空しながら、両腕に仕込んだ刃で相手を切り裂く忍術です。

ペンギンの滑空(っていうか、氷上滑りですが(爆))をヒントに考えてみました。

落命の理由については、特に考えていないので、ご想像にお任せしまs(ry


まあ、まずは出だしこんな感じ。


ちなみにカミングアウトておくと、本当は1話完結の短編の予定でした。

が、調子に乗って書き進めていたら、それでは収まりきらない長さになってしまったため、何話かに分割しての公開、という形になりました。^^;

そんなわけで、しばしの間、お付き合いくださいませ。


それではまた次回。

こうご期待☆ノシ