救護テントは、ひとつが六、七メートルくらいの幅と、十メートルほどの奥行きに区切られていた。緑のテントには、トリアージエリアと同じようにマットとシートを使った患者用のスペースが作られていて、たくさんの患者やその家族達がそこにいた。入り口近くに机がひとつ置かれていて、筆記用具や簡単な治療器具、クーラーボックスがいくつか置かれている。
 他のテントでは、おそらくマットの変わりに、簡易ベッドが並んでいるのだろう――。
 年齢性別に特に偏りはない――が、比較的お年寄りや小さな子どもが多かった。地震が起きてから少し日が経過したためか、悠貴のようにケガをした人よりは、むしろ風邪等で体調を崩した人が多いようだった(軽傷患者用のテントだからかもしれない)。
 比較的雰囲気は落ち着いているが、そこかしこから咳やくしゃみが聞こえている。
 一角では、家族の治療がいつになるのか、スタッフに詰め寄っている人もいるようだった。
 入り口近くにいたスタッフの一人が、こちらにやって来た。


「あちらの方で、順番をお待ちください」


 スタッフの指示に従って、千佳の父親は、空いている場所に悠貴をそっと降ろした。
 看護士らしい女性がやってきてタッグを確認すると、机の側のクーラーボックスから、小さなパックを取り出して、それを千佳の父親に手渡した。


「しばらく、これで患部を冷やして、様子を見てあげて下さい。すぐに医師が回りますんで」


 ポリ素材でできた長方形のパックには、たくさんの英語が書かれている。かろうじて未来が理解できたのは、一番大きくプリントされていた"COLD PACK"の文字だけだった。
 コールドパック――、直訳すれば"冷やす袋"だ。つまり、患部の冷却に使う、保冷剤の入ったパックなのだろう。
 千佳の父親にコールドパックを渡された悠貴は、それを負傷した足首にあてがった。


「それにしても――、すごい人――」
「ケガ人だけじゃなくて、病気の人も多いみたい」
「急に冷えたからな――。体調を崩す人も多いんやろうね――」


 と、千佳の父親が言った。
 隣では、三、四歳くらいの男の子が、母親の膝枕に寝かされている。顔色のわりに頬だけが赤く、苦しそうに息をしている。額に冷却シートが貼られているので、おそらく風邪かインフルエンザといったところか――。


「あの、うちの子の順番はまだですか?」


 と、母親が立ち去りかけた看護士に尋ねる。


「すぐに医師が回りますんで」


 と、看護士は、先ほど未来達に言ったのと同じ事を繰り返した。


「そんなこと言うて、さっきから全然回って来いひんやないですか!」


 母親は、ちょっととがった声で、言った。
 膝の上で、男の子が咳き込む。


「ほら、こんなに苦しそうなんですよ!」


 しかし看護士は、「お待ちください」を繰り返すだけだった。
 治療や処置に携わる医師やスタッフの数には、限りがある。人員は、赤タグの患者に重点的にまわさねばならず、最も軽度の緑タグは、一番後回しになってしまう。
 しかも、今の段階では緑タグの比率がどうしても一番多くなってしまう。慢性的に、患者が長時間待機させられざるを得ない状況が続いているのだ――。
 中には、医師の手が回らないので、自分で応急処置をおこなうよう、指示されている人もいるようだった。
 看護士は、何度目かの「お待ちください」を言ったあと、その場を立ち去ってしまった。
 母親は、不満をあらわにした表情で、その後姿を睨みつけていた――。
 ここだけではない――。
 テントの中のあちらこちらで怒号が飛び交っている。
 家族が医師やスタッフに食ってかかる声、患者達の発する咳やくしゃみ、あるいは悲鳴――。


「戦場の野戦病院って、こんな感じなんやろうなあ――」


 ぽつりと、千佳の父親がそう言った。


「"やせんびょういん"って何?」


 と、悠貴が訊く。


「戦争してる土地とかで、戦争で傷ついた兵隊さんや、巻き添えでケガをした人達を治療するとこや。――おっちゃん、高校で社会教えててな。前に授業でそういう話したんを思いだしたんや」


 と、千佳の父親は言った。学校の先生っぽい見た目だと思ったら、本当に学校の先生らしい。
 人は見かけによらないというが、案外見かけによる人も多いんだ――。
 そんな事を考えながら振り向くと、何人かの医師とスタッフがテントに入ってくるところだった。
 どうやら、他のテントの処置が少し落ち着いたので、余裕のできた人員がこちらに回ってきたらしい。
 これで少し、ペースが速まりそうだった。



 しかし、それからもかなりの時間、三人は待たされることになった。
 その間に千佳の父親は、今の状況を伝えるために一度自分達のテントの方に戻り、そして再び戻ってきた。
 それからさらにしばらく時間が経過して、ようやく隣の、さっきの男の子の所に医師が回ってきた。
 タッグをチェックして簡単に診察されたあと、男の子には飲み薬――おそらく小児用のタミフルだろう――が投与された。
 そして、今夜一晩様子を見て、明日の朝一番で近くの病院の外来に行くように、と指示が出され、母子は自分達のテントへと帰されていった。


「もっと、ちゃんと診てくれるのかと思ったけど、結構簡単なんですね――。雑、っていうか、なんていうか――」
「これだけの数をいちいち診てる余裕もないやろうし、救護所はあくまで応急処置に限定されてるみたいやからね――」


 と、千佳の父親は言った。
 それにしても、時間がかかる――。
 悠貴より後にテントに入ってきた人が、先にテントを出ていく。処置は、テントに入った順番ではなく、症状に応じて優先度の高い者からおこなわれているので、こういう事も起きる。
 そして、そういう場合、大抵それを巡ってまたいさかいが起きるわけで――。


「ちょっと、うちの方が先に入ってるのに、なんで後から来た者の方が先なんよ!」
「処置は、優先度の高い方から、順におこなっておりますので――」
「うちのんかて、重症よ! 早う診たってや!」
「ですから――」


 思ったとおり、いさかいが起こっている。
 それも一箇所ではなくて、同時多発的に数箇所で、同じようないさかいが起きているらしい――。


「みんな、ピリピリしてるね」


 と、悠貴が言った。


「みんな不安で、早く診てもらいたくてしかたないのよ――。悠貴君は大丈夫? 足、痛くない?」
「ちょっと痛いけど、冷やしたから少しマシ」


 と、悠貴は答えた。


「でも、これからは、あまり我慢しすぎちゃだめだよ。我慢するのは悪い事じゃないし、我慢しなきゃならないこともたくさんあるけど、でも、我慢しすぎちゃうと、取り返しのつかない事になっちゃうこともあるの」


 未来は、言い聞かせるように、そう言った。
 悠貴は、「うん」と、うなずいた。そして、少し遠慮がちに言った。


「もしかして――、未来おねえちゃんの弟の、悠貴君のこと――?」


 未来は、うなずいた。


「あの子の時は、頭だったの――。なのに、気を遣って、無理して、我慢しすぎちゃって、気づいた時には――。今でも時々、もう少し早く伝えてくれてれば、もう少し早く気づいてあげられれば、って思うの」
「そうか――、未来ちゃん、弟を――」


 横から、千佳の父親が、そう言った。
 未来は、無言でうなずいた。


「私、東京からたまたまこっちにきてたんです。だから、半年前の地震も経験してて――」
「そら、えらい難儀やったなあ」


 と、千佳の父親は言った。


「きっと、お姉ちゃんに心配かけたくなかったんやろうなあ――。ただでさえ、こういう時はナーバスになるから、気ぃ遣って――」


 未来はうなずいた。
 ずっと気を遣い続けて、そして――。


「あれ? ほな、この子は――」
「こっちで知りあった子の弟なんです。その子は地震のすぐ後――」
「そっか、それで、その子の代わりに――」


 千佳の父親は、うなずきながら言った。


「代わりっていうわけじゃないんですけど――。似たような境遇っていうか、だから、すごく気持ちとか分かって、それで、放っておけなかったんです」


 だから、こうして今、一緒にいる――。
 悠貴が、両親と再会できるまでは、一緒にいると決めた――。


「すごく、優しい子だったんだね」


 と、悠貴が言った。


「そりゃもう、優しすぎ、ってくらいだった。――でも、悠貴君も、私の弟に負けないくらい、優しい子だと思うよ」
「ホント?」


 未来は、微笑みながらうなずいた。


「だから、痛かったり、しんどかったりした時は、あまり我慢しないで、ちゃんと言ってね。そういうのって、絶対、迷惑でも何でもないんだから――」
「うん、分かった」


 悠貴はうなずくと、そう言った。



<つづく>


☆あとがき☆

治療シーンだけで、どんだけ引っ張るんだ的な展開でっす。(ぁ

ちょっとばかり、オリジナルの記憶を引き出してみたりとか――。

そんな感じで、時間待ちです。

順番、まだかなー。。(ぁ


そんな感じで、以下次回でっす☆




コメ返しー☆


赤朽葉さん>

『大マグ』今後の展開について――

だいたいこの関連のコメは、赤朽葉さんか匿名さんかどちらかですが、おそらく赤朽葉さんだったと。w

現場で火葬してるなら、親族や健斗君は対面してませんね、はい。

そして、そもそも叔母さんは、懐妊直後という体調的面から、葬儀にも出席できてない設定です。(爆

なので――どうなるんでしょうねえ。(ちょ

とりあえず、コース的には貝塚経由で泉佐野に向かいますので、そういう形になりますが。。

この辺の設定は、ある程度『クロスゲーム』を参考にしてたりするので、そっち方向を参考にしつつ固めて行くつもりです。

まあ、あちらは、あかねちゃん(そっくりさん)の出現が、ワカちゃんが亡くなってから5年も経ってからの話で、しかも名前が全く違いますが。(ぁ


泉佐野について――

情報をぼかしているのは、ストーリー展開上の作者的な故意によるものなので、詳しくはちょっと。^^;

<ここで書いちゃうと、モロネタバレになる部分もありますので(爆

なので、一応関空についてだけ。。

埋め立てて作った海上空港なので、液状化による沈下によるものです。

元々あの島って、年間数センチずつ沈んでるんですよ(ガチで(爆))。

なので、このクラスの地震が起きれば、確実に液状化→沈下するのではないか、という推測の元設定しています。

もちろん、現時点では不確定情報なので、全て沈んだのか、部分的に沈下したのかはご想像にお任せしますが――。

あと補足ですが、あの付近の海底には断層は通っていません。

おそらく、もっと南を東西に貫いている中央構造線の海底部分だけと思われます。

それから、今回の地震は内陸型なので、津波は起こり得ません。

津波が起こるのは、海底で発生したプレート境界型か海溝型の地震に限られます

なので――、地震が南海・東南海地震なら、もしかしたら水没するかもしれませんですね。(ぁ


オリジナル第2話のワンセグ――

先ほど確認しましたところ、『4時間前』と言っていました。

数回聞き返して確認を取りましたので、確実かと思います。

なので、あの時点で大体午後8時前後だった、ってことですね☆



では~☆ノシ