衆議院が解散となって、相変わらずマスゴミの「安倍バッシング」と「安倍パッシング」がひどい。戦時中の「鬼畜米英」ならぬ「鬼畜安倍」「鬼畜自民」という、扇動に、全く変わっていないと感じる。


再度確認しておくが、日本型エリート、特にマスコミその中でも、朝日新聞には「鬼畜○○」と表裏一体の「現○○神」しかない。その判断基準は、強い奴に媚びへつらう事大主義である。

しかも、立場を明確にしない、つまり、不偏不党、公正中立とは、キリストやイスラムやユダヤなどの一神教徒から見れば、それが可能なのは、神だけであるとしている。もし、そのようなことをやれば、神を冒涜したという「不敬罪」になる。日本のマスゴミとは、それほど思いあがった連中である。

だから、「同胞だから」と手加減をすることは命取りである。
彼らは、「8月15日の敗戦」でしか変えることが出来ないのである。それほど、少し殴って脅せば簡単に屈服するのである。現に、昭和20年に占領軍に対してそうであったではないか。そして、日本人は、「鬼畜日本人」となった。

朝日新聞に、「現人神」ならぬ『現「安倍」神』とさせようではないか。


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一等国民になろうとどうして言わない

一等国民、一等国、愛国陣営でもあまり触れる人はいない。たしかに、日本人の美徳とやらで、言わないことが美徳なのだろう。

ただ、「強い日本」にならなければ舐められると愛国陣営は指摘する。これは正しい。
ただ、「強い日本」とは何なのかということに、「道義大国」「凛とした」などと、道徳論を語る。

しかし、かつて我が国が追いつけと目標にした欧米列強なり、今の支那などは、建前は別にしても本音では道徳論なんてどうでもいいと思っている。力で屈服させればいいではないか。それがすべてと。
じつは、これらを指摘してきたのが斎藤隆夫だった。建前という偽善を指摘すれば、レッテル張りされて迫害されるのが日本である。

一流企業、一流大学など、「ナンバーワン」は、どの民族でも当然にあこがれの対象である。だったら、堂々と一等国民、一等国と名乗ったほうがいい。今は無様な十等国民である。だって、良い物を持っていても使いこなそうとしないのだから。
高い目標を宣言して自分にノルマを課すということについては、大学受験やスポーツなどでも成功者はやっている。

「20年後に一等国民を目指します」と宣言すれば、たしかに笑われるだろう。戦勝国から「敗戦国民の分際で」とか。
「情況倫理」を逆転していくということがなければ、今後の我が国は厳しいだろう。



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11・11日比谷野音!/日本を救う勇士たちよ『けんむの会』総決起大会・大行進に集まれ!『憲法無効請願』を衆議院に「錦の御旗」を掲げて国旗をたなびかせ颯爽とした「デモ行進」で体当たりしよう! 2012/10/8(月) 午前 7:50トップぺージ政党、団体
印刷用PDFファイル 11・11日比谷野音!『日本を救う勇士たちよ『けんむの会』総決起大会・大行進に集まれ!
『憲法無効請願』を衆議院に「錦の御旗」を掲げて
国旗をたなびかせ颯爽とした「デモ行進」で体当たりしよう!
(スローガン)
占領憲法では日本が滅ぶ!
占領典範では皇室は守れない!
「憲法改正や護憲」ではなく『憲法無効』しか道はない!
(大義)
拉致された国民を奪還しよう
拉致された領土を奪還しよう
拉致された憲法を奪還しよう
開催日時
平成 24年 11月11日(日)
受 付 午後12時 00分
開 催 午後13時 00分
集会終了 午後15時00分
デモ出発 午後15時30分
開催場所
日比谷音楽堂
東京都千代田区日比谷公園1・3
TEL(03-5532-1522)
来 賓 挨拶
参 加 者
趣旨に賛同する全国民
思想・信条・宗教・性別・年齢不問
参加費
無 料
必需携行品
日本国旗
デモで掲げるのは「国旗」・「錦の御旗」のみ・・・他の旗はご遠慮くださいませ
垂れ幕・・・けんむの会作成のもの

各関係団体の旗や垂れ幕はご遠慮願い奉る
主催 けんむの会 会長
世界遺産 南朝皇居 吉水神社
宮司 佐藤 一彦(素心)
参加希望者・・事前予約先
連絡先 (0746-32-3024) 昨年の参議院への請願の様子 転載元: ザ・真正護憲論(新無効論)<大日本帝国憲法は現存しています!>
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshimizushrine/62197745.html




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嫌われることは能力の一つである

嫌われることは能力の一つである。特に、政治とは不平等なものである。政治の中にある政策とは、予算を優先的に配分するものである。例えば、公共事業は災害大国の我が国ではなくてはならないが、それを快く思わない人もいる。反日的な朝日新聞だけではなく、愛国陣営にもいるだろう。

嫌われる能力がなければ、特に、我が国のように「空気」に支配される国では、同胞の生命と財産すらまもれないのである。

政治とマスコミが世界最悪なのは、嫌われることが出来ないゆえに、立場を明確にして主張が出来ないからである。


嫌われることと立場を明確にすることは同じである

この問題は、マスゴミという問題にもある。

我が国以外では、マスメディアは支持する政党など、立場を明確にして堂々と偏向報道をしている。立場を明確にしたら、立場が違う者から嫌われる。

嫌われる能力が我が国で最もないのは朝日新聞である。だから、八方美人のように偽善者ぶった態度が現れる。そのなれの果てが強い奴に媚びへつらう大本営発表である。


嫌われることを教えることが教育

嫌われることを教えることが教育である。我々の社会では、「みんなに好かれること」を前提にしている。戦前からも、「嫌われてもいいではないか」ということを教えていない。

両論併記をすべきだと言われているが、これを絶対にやることができないのが「空気」である。「みんなに好かれること」が前提だから、異論を封殺しなければならないのである。
「嫌われることが当たり前」「好きなものも嫌いなものもある」という、現実を自由に語ることが大事なのではないか。そのことを教育を通じて定着させることが求められている。



支那の「敗戦国民の分際で」という主張に鈍感な愛国陣営

支那がいわゆる「国連」、連合国つまり、戦勝国クラブで、我が国に対して「敗戦国民の分際で」という高飛車な態度で、我が国を侮辱した。

そもそも、当時は蒋介石の中華民国だった。

付け加えれば、当時のソ連も消滅してロシアとなった。そのようないい加減な戦勝国クラブが「連合国」なのだ。

「反・ファシズム戦争としての第二次世界大戦」に勝利した戦勝国としての態度に、政治に無関心な一般の日本国民も呆れたのではないか。

だから、国連という戦勝国クラブで敗戦国民が生真面目に主張することなど喜劇だろう。馬鹿げているとしか言いようがない。



敗戦国民憲法でどうして戦勝国と対等な外交が出来るのか

敗戦国民憲法でどうして戦勝国と対等な外交が出来るのか。敗戦国民憲法を改正するとは、敗戦国民を続けるということである。だから、大日本帝国憲法でなければならないのである。大日本帝国憲法で戦勝国民と一等国民の地位を取り戻さなければならない。

「空気」によって本音は無効論だとしても、敗戦国民憲法の改憲派が大多数を占める愛国陣営が、戦勝国民と敗戦国民の違いに無関心なのは根が同じだからである。
私は、敗戦を終戦と言い換える我が国の「空気」に疑問を感じていて、政治に本格的に関心を持つ大学生以前から敗戦ということにこだわってきた。今後は、「敗戦国民」「敗戦国民憲法」というように、我々の客観的な現状を再把握することに努めたい。



ただ、愛国陣営のほうが鈍感なのではないかと思う。

実際、同盟国の米国も「全体主義に勝利したデモクラシー諸国」としての第二次世界大戦の歴史を教えている。