つながるマーケット

3月11日の震災後、3人の母親で企画したのが始まり。
この想いを風化させないためにも、たくさんの人とつながっていきたい。


テーマ:

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いしますm(__)m

みなさんのお陰で今まで続いてこれましたつながるマーケットですが、今回が最後の開催となります。

沢山のご応募、お待ちしております!

本日より、出店募集受け付けます!


以下の内容を読んでいただいてから、指定のメールアドレスまでお申込みください。


第12回 東日本大震災チャリティーつながるマーケット

平成29年3月12日(日)

10時~15時 丸子総合体育館

雨天決行

■フリーマーケットへお申込みのみなさま

・つながるマーケットは義援金目的のイベン トです。営利目的の方はご遠慮ください。

・出店料は無料ですが、利益の5割以上の寄付 をいただいてます。

・食ブース・フリマブース共に同じ体育館内になります。
(出店内容によって、エリア分けはさせて頂きます。)

・火気の使用、車での販売など屋外の出店を希望される方は申し込み時にお申し出ください。

・備品貸し出しはしていません。

・電源はありません。

・火気使用する場合は自己管理でお願いします。

・詳細に関しましては、改めてご連絡いたします。

・ブースの場所はこちらで前もって決めさせていただきます。
当日の受付、搬入などをスムーズに行うためです。
また、当日の変更は対応できかねますのでよろしくお願いします。


・ママの団体が主催しております。
お申込みメールのお返事が遅くなることがあるかと思います。
ご了承ください。



■チラシは只今製作中です。
仕上がり次第、連絡致します。

■ステージ出演について
現時点で募集はしていません。

★フリマ申し込み(担当:池内)


tsunagaru311@yahoo.co.jp



★問い合わせ>
tel:070-6612-0489
mail:tsunagaru311@yahoo.co.jp

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皆様へ

つながるマーケットへのご協力、ありがとうございます。

今日は大切なお知らせがあります。

...

つながるマーケットも2011年震災のあった3月の翌月から始めて、次回の開催で12回目となります。

震災から丸5年みなさんのご協力で、たくさんの義援金を岩手県大槌町の子供たちに送ることができました。

お陰さまで大槌町の学校も再建し、9月に無事引っ越しを終えたと連絡があり、本当にホッとしています。

そして、私たちは次回の2017年3月12日日曜日に開催するつながるマーケットで、今までのような形での開催を、一旦お休みとさせていただくことになりました。

まだまだ復興には時間はかかりますが、また形を変えて大槌町だけでなく、被災地とつながっていけたらと思います。

今までつながるマーケットにご協力いただいたみなさま、ご支援してくださったみなさま、本当にありがとうございました。

開催は、3月12日日曜日です!
みなさまのお越しをお待ちしております。

※出店募集は年明けから行います。

つながるマーケットスタッフ
中村亜季
池内さゆり
大野葉子
加藤由紀
工藤恭代
窪田彩
斎藤八重子
高森雅美
辰野奈緒美
田中智枝
中屋陽子
西村陽子
林和美

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つながるマーケット当日、2時46分前に読ませていただいた
私たちとつながっている福島のお母さんの5年間。
みなさんにも是非読んでいただきたいので、シェアさせてください。

----------
2011年3月11日、私は、あの日病院のベットにいました。
私は3日前に子供を帝王切開で出産し、
すやすや眠る我が子を横に穏やかな午後を過ごしていました。

14時46分、ゴゴゴゴゴゴッ‼と
今までに聞いたことのないものすごい音の地鳴り、
音のすぐ後にとてつもない揺れが、襲ってきました。

ベットの上で点滴中の為、動くことができず、
ただ、隣のベットで寝ている我が子に覆いかぶさって、
揺れがおさまるのを待つことしかできませんでした。

揺れはおさまるどころか、ますます激しくなり、
とてもとても長い時間揺れていました。

これは、外ではただならぬ事が起きていると感じ、
保育園に行っている上の子と仕事中の主人の安否が心配になり、
すぐに主人に連絡をしました。
1時間後位にようやくつながり、
主人が上の子の保育園に迎えに行ってくれて、
今、一緒病院に向かってきてくれていることを聞き、
無事だったことに安心しました。

夕方、主人と息子が病院に到着、
外では、ライフラインが止まり、
家や道路が崩壊しているところがいくつもあり、
大渋滞の中、やっとの思いで病院に着いたよ。
と、とても疲れきった様子でした。

それから、ライフラインが普及するまでは一緒にいたほうがいいからと
病院の厚意で主人と上の子も一緒に、病院での寝泊りがはじまりました。
病院のライフラインはつながっていたため、
TVのニュースで地震の被害状況を知ることができました。
ずーっと余震が続く中私たちはニュースから目が離せませんでした。

翌12日午後3時過ぎTVで福島第一原発1号機の水素爆発をみていました。
福島に原発があったことも、原発の恐ろしさも知らなかった私は
事の重大さを感じることもなく、
他人事のようにニュースをみていました。

同日、夜、私たちのいる病室に1組の母子が入院してきました。
原発付近の富岡町の病院からドクターヘリできたとのことでした。
それから間もなく病院内が慌ただしくなり、
どうしたのかな?と廊下へでたら、
首にトリアージを付けた沢山の患者さんで埋め尽くされていました。
総合病院だったため、原発で避難勧告のでた浜通りの患者さんたちをうけいれていました。
私たちの病室も1組2組と母子とその家族が増え、
朝までには4人部屋の病室に家族も含めて15人位になりました。
その中の1家族のご主人が原発で働いている方で、
今の原発の状況は非常にやばいかもということを教えてもらいました。

14日、その家族を見舞って訪ねてくる同僚の方たちが、みんな口々に
「原発はもう抑えられない、暴走している、俺たちはもっと東に避難する、
お前たちも早く退院して、もっと東に避難しろ」

「福島市じゃ、まだ被曝する、遠くに避難しないとだめだ」

と原発で働いている主人に同僚たちが言っているのが聞こえて、
原発で働いて放射能の恐ろしさを知っている人たちの生の声をきいて、
やっと原発の状況、放射能の恐ろしさが現実のものなんだと、わかりはじめました。

それからは、主人と私は、毎日、
これから福島でどうやって子供たちを放射能から守ればいいのか、
退院したらこの物流のない状態でどうやって
生まれてまもない次男をそだてようか心配で悩む日々でした。

ニュースでは、日々、状況が悪化する原発のニュースばかりになり、
放射能という見えない物体への不安と恐怖でいっぱいになりました。

そんなとき、青森にいる私の姉から連絡がきて、
「青森はライフラインも普及したし、物流も止まってないし、
遠いから放射能の心配もないよ、退院したらち、心身ともに着くまで青森ですごしな」
と言われて、退院を2日早めてもらい、家族で青森の姉のところへ避難しました。

高速道路は通行止めのため、した道で12時間かけていきました。
道中、福島と宮城県を通ったとき、沢山の崩壊した建物、道路をみたとき、
この震災のすさまじさを改めて、痛感しました。

1か月位、青森で過ごし、福島にもどりました。
しかし、福島での生活は、毎日、TVで、被曝を防ぐ生活のしかた、
正しい知識があれば放射能は恐ろしくない的なTVが連日ながれていました。
でも実際、市内の公園は子供たちが遊ばないように封鎖されていました。
外で遊びたい盛りの3歳の長男を外で遊ばせることもできず、
大好きだった泥んこ遊びなんてもってのほか、
毎日、放射線量のチェックして、無駄な外出は避け、
たまにの外出時はマスク着用、車の窓は開けない、外から帰ったら服をすぐ着替える。
食べ物もこれは放射能大丈夫かな?と心配しながら食べる日々…。
心配性な私には本当に窮屈な生活でした。

そんな生活をしていて、ストレスを感じている私を心配したのか、
主人から山形県で放射能に心配な福島の人の避難の受入れがはじまったと言われ、
山形で母子避難を始めました。
山形での生活は放射能の心配もなく、子供たちを外で自由に遊ばせることができて、
福島でのストレスは日をおうごとに、なくなりました。
しかし、半年が経った頃から母子避難をいつまで続けるのか、
先の見えない不安と主人と別々の生活への淋しさが募るようになりました。

主人は福島で仕事をしていたので、会えるのは月に2.、3度、
子供の成長を一緒に感じられないことは、
果たして私たちが描いていた家族の形なのか…と疑問に思うようになりました。

山形は、避難者も多く、主人の仕事を見つけるのは、難しく
放射能の不安はあるけど、家族でいたいなら、福島に戻るしかないのかな…と
悩んでいたそんな時、上田市に避難していた、友達から連絡が来て、
上田は、とても住みやすい街で、支援してくれたNPOの人達も、とっても親切だよ。
避難者も少ないからパパの仕事も見つかると思うよ。
なによりも、家族で一緒に暮らせるよ。と教えてもらいました。

福島に戻るしかないと思っていた私たちには、
違う選択肢ができたことがうれしかったです。

その後、NPOの人に連絡と取り、一度、上田市をみてみようと思い
家族で上田に足を運びました。その時も、NPOの方に親切にしてもらい、
なによりも、自然が豊かで、気候がいいことが気に入り、
上田市に引っ越すことを決めました。

上田市に引っ越してからは、家族が一緒に暮らせる事喜びと、
放射能への不安もなくのびのび子育ができました。
また、NPOの集まりにいくと、
他の避難者の方や長野の人との出会いと交流が持てたことは、
他県で暮らす私たちにはとても支えになりました。

今私たちは、主人の仕事で松本市に暮らしています。
もうすぐ震災から5年がたとうとしています。
もうすぐ下の子も5歳です。

過ぎてみれば早いものですが、私たちにとって、
沢山の選択と葛藤があった、とても密が濃い時間だったように感じます。

福島から山形 山形から上田市 上田市から松本市 
私たちはいろいろな方の支援で今の生活にたどりつきました。
震災の原発事故で、私たちの生活はガラリと変わりました。
でも私は、震災がなければ、福島で暮らすことがあたりまえで、
人のやさしさや、家族の絆や、人とのつながりの大切さに
気づく事はなかったとおもいます。

私は、もう原発事故を恨むのはやめて、
受入れようかなと徐々に気持ちの変化がでてきました。
こう思えるようになったのも、様々な人達の支援の温かさを
感じることができたからだとおもいます。

今なお、震災に関わりがない人達も、震災を痛み、
様々な形で東日本の復興を支え、応援してくれていることに感謝します。
その一人一人の思いが、つながり、被災者の支えになっているとおもいます。

今日は、わたくし事の長い話を聞いてくださりありがとうございました。
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つながるマーケットの中村あきです。

みなさん、
先日は本当に本当にありがとうございました!!

お天気も味方してくれて、たくさんのお客さんが来てくれて、楽しんでもらい、被災地を想う時間があり、みなさんのお陰で大盛況に終わることができました。

至らぬこともありましたが、私たちスタッフも精一杯やらせていただきました。

本当にありがとうございました!!

また後日、集計報告等させていただきます。

ご意見ご要望などありましたら、下記のアドレスまでメールください。

よろしくお願いしますm(__)m

tsunagaru311@yahoo.co.jpd
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たくさんのシェア、いいね!ありがとうございます(*^^*)いよいよ今週末となりました、第11回つながるマーケット!ちょっとお天気が心配ですが、みんなのパワーで元気に開催したいと思います。宜しくお願い致します!!
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