1991年に坂村氏がデザインし、パーソナルメディア社によって初めて市販された最も代表的なTRONキーボードでは、す。一見するだけでも、明らかに通常のキーボードとは一線を画したデザインとなっていることがお分かりいただけるでしょう。


“日本人のための身体に優しいキーボード「μTRONキーボード」”記事中の画像を参照
http://www.personal-media.co.jp/utronkb/article.html
TRONキーボード「TK-1」パーソナルメディア社(販売当時価格:69,800円)


キー配置については、数百万語にも上るサンプル文書の入力によって日本人としての文字入力の傾向とそれぞれのキーの実際の使用頻度を徹底調査し、特に使用頻度の高い文字に関してはキーボードの中央、つまりホームポジションの位置に配置することとされ、しかも文章中における文字の連続性と使用頻度を十分に考慮した上で決定されたTRONキーボードの論理配列を定めた「TRONキーボード日本語」仕様が策定されました。

結果としてキー配列は従来のキーボードの配置であるJIS配列とはまったく異なるもととなり、さらにポインティングデバイスとしては電子ペンを使うのがTRONのコンセプトであることから無電池式の電子ペンが標準装備されています。(マウスも利用することはできました。)また内部にはマイコンが内蔵されており、そのプログラムを変更することによってユーザーがキー配列を変更することも可能です。


初のTRONキーボードである「TK-1」はすでに市販が終了しており、現在では大変入手が困難となっています。TRONファンに限らず、一般の方の間でも、TRONプロジェクトに関して今でも話題に上るのがこのTRONキーボードであり、初登場から20年、市販から16年を経ても根強い人気があり、実際に最近のネットオークションにおいては10万円を超える落札価格がつけられている実態を見てもその人気のほどが分かります。
またユーザーからの視点では、もちろんコンピュータの性能やOSの仕様も大切な要素の一つですが、やはり直接手で触れる機会が一番多い周辺装置はキーボードですので、その出来具合と使い勝手などには注目せざるを得ません。


坂村氏は「欧米は文字の種類が少ないからキーボードに抵抗がなかったというけれども、アメリカでさえタイプライタの普及に50年かかっている。」、「HMIの重視は身体の健康にかかわる問題であって、コンピュータの登場以前にキーボード文化が存在しなかったアジアでこそ人間工学に基づいて設計された理想的なキーボードを普及させるべき。」、「しかし日本の産業界はグローバルスタンダードという名目によって結局アメリカ式を選択した」ことは良くなかったとコメント※しています。
次の表はTRONキーボード仕様またはプロダクト(製品)の一覧です。この中でも1991年に登場したパーソナルメディア社の「TK1」が唯一製品として存在しており、最も知られているタイプでありTRONキーボードの基本形となっています。


TRONキーボード 1986年にイメージモデルが発表
TRONキーボードTK1 1991年にパーソナルメディアによって製品化
μTRON日本語キーボードVer.1.1 1995年に仕様策定(実機は存在していない)


また1986年のTRONキーボードはイメージモデルのみであり製品化はされていません。なお1995年の「μTRON日本語キーボードVer.1.1」も同様に仕様のみの策定に留まっています。名称中の「μ」とは、TRONプロジェクトを通じて「サブセット」を規定する際の接頭辞として付加されているもので、TRONキーボードではないけれども、TRONキーボードの最も重要な要素によって機能抽出されて作られたキーボードであるといったニュアンスが込められています。
「TK1」は、キーボードの分野でも前代未聞のS、M、Lの3サイズ構成によって数千台が生産され、国内での一般的利用が想定されていたにもかかわらずその内の約半数はアメリカで利用されるようになり、当地においても大きな話題を巻き起こしました。


その後、TRONプロジェクトによるオフィシャルな(公式の)TRONキーボードが姿を消して長い時間が経過しました。「現在ではTRONキーボードの考案当時とは製造分野におけるコンピュータ利用の範囲が大きく拡大し、十分に発達したCAD/CAM※の技術を活用することによって当時のTRONキーボードを開発した時と比べても相当なコストダウンが可能だ」といった坂村氏の「次世代TRONキーボード」の発表を匂わせる発言があったことからも、TRONファンの間では「21世紀版TRONキーボード」の登場を心待ちにしていました。


※CAD/CAM:機械や建築物の設計、電気工事における図面作成など、様々な場面でコンピュータを利用して設計図面を作成するシステムがCAD(Computer Aided Design)。CADは高度な描画機能を持ち、手書きによる設計作業よりもはるかに効率的に構造計算の高速化が可能となる。またCADによって設計された図面をもとに製造工程においてもコンピュータを活用することをCAM(Computer Aided Manufacturing)といい、設計から製造までをシステム化することで工場の合理化が実現されている。


※MYCOMジャーナル
TRONプロジェクト20年を迎えた坂村健教授「今は3度目のチャンス」より
http://journal.mycom.co.jp/news/2003/07/29/07.html