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大好きな横浜Fマリノス中村俊輔選手と、乳がん患者を応援するブログ

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5月27日、アメリカのオバマ大統領は現職の大統領として初めて広島の地を訪れました。


私は仕事中でしたが、このニュースを早く見たくてうずうずしてました。


帰宅してオバマ大統領の長い演説を聞き、心を打たれました。

広島・長崎が被爆のシンボルではなく、道義的な目覚めのスタート地になることを望む・・という言葉に

本当に感動しました。


今回の訪問、そしてスピーチの内容についてはアメリカという国を背負う立場で、いろいろと精査されたことと思いますが、オバマ大統領の「人」としての感情を感じられました。

こんな日が来るなんて、そしてその瞬間を目にすることができて、良かったと思いました。


資料館は10分ほどの時間だったとのことで、もう少しじっくり見ていただきたかった思いはあるものの、実際目にして人として感じることは必ずあるし、どんな言葉よりも資料館を見ていただく以上の説得力はないと思うので、少しでも目にしていただけ手、大統領の心に何かが刻まれたことは確かだと思います。


昨年8月3日に私は志帆ちゃんのライブツアーで広島を訪れました。

もちろんライブが目的だったけど、それ以上に広島ライブを選択した目的が平和祈念公園と資料館に行くということでした。

20年ほど前、広島に住む姪の結婚式で一度訪れてはいたものの、当時とはまた違う目線でじっくり資料館を見ました。

そして言いようのない怒りの感情が渦巻いたのです。

広島と長崎だけは空襲をしないよう指令が下りていました。原爆を落とすことが決まっていたため、街を事前に破壊しないようにしていたのです。

そして、広島・長崎それぞれ違う種類の原爆が試されました(試したと・・・私は思っています)


この筆舌に尽くしがたい現状をどうしてもアメリカ大統領に見て欲しい・・・そうでなければ意味がない・・

そう強く思いました。私が生きている間にそれが実現するかどうかも難しい・・でも、絶対にアメリカの大統領に資料館を見てもらいたい・・その日からそれが私の強い強い願いになりました。


そして今年、G7が広島で開催された際、ケリー国務長官が献花をし資料館を見ていただくということが実際にあり、これは大きな一歩だと心が躍りました。


伊勢志摩サミットのあとにオバマ大統領が広島を訪問されることが決まったというニュースを聞いた時、

私は「昨年強く思ったことがこんなに早く実現するんだ・・・」という思いで心がいっぱいになりました。

歴史的な1ページを目撃させていただいたこと、本当に心から感謝です。


これから、核無き世界を目指し実現するのは非常に困難な茨の道ではあります。

だけど、オバマ大統領のこの行動が大切なスタートになると思います。

私たちも努力しなければなりません。


広島または長崎、どちらでもいいので資料館を一度は経験してほしいと思います。

どんな言葉よりも効きます。日本人として一度は見ておく場所だと思います。


大切なStarting Overになった一日。これからの世界に幸あれと願います。

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14日~15日に急きょ休暇をいただき熊本へ帰省しました。

母が肺炎で入院との知らせを受け、また震災後の実家への帰省を考えていたこともあり

帰ることに決めました。


熊本入りした14日は奇しくも先月の震災発生からちょうど一カ月目の日でした。

飛行機がランディングに向けてアプローチを始めた時、たくさんのブルーシートが目に入りました。

おびただしいブルーシートを上空から見た瞬間涙があふれました。

阿蘇の山々も無残に山肌をさらしていました。


姉が迎えに来てくれて実家に向かいました。

まずは母に会いに行きました。入院して少し数日経って症状が落ち着いてきたところでした。

母は眠ったままで声をかけても目が開きません。こちらの問いかけにもこたえることがなかったのですが

顔色もよく、ひとまずは安心しました。

点滴で腕は内出血だらけでした。以前よりさらに小さくなって腕も足も細くなっています。

「また来るけんね」と声をかけ病室を出ました。


実家は家自体が頑丈で被害はなかったのですが、庭の灯篭は崩れていましたし、震災直後の写真では食器などが散乱していて大変な状況でした。

水とガスが来なくて、大変だったこと。東京で働く長女(私の姪)の会社の方が車に水や食料やカセットガスなどを積んで東京から駆けつけてくださったこと。うまかなよかなスタジアム(サッカースタジアムです)に支援物資をもらいに行ったけど個人には渡していないと言われもらえなかったこと。

一番早い支援が東京の姪の会社だったこと。16日に起こった本震の時は車で過ごしたこと。

隣近所に声をかけ、水を渡したこと。止まらない余震。地元のスーパーはまだ復活のメドもなく閉店したまま。家が無事だったことで、困っている友人知人が集まって避難所状態になっていたこと。

様々な話を聞きました。その間も何度も揺れが襲ってきました。震度2~3が頻繁に起こり、だけどみんな

もう、ちょっとの揺れには動じなくなってました。

夜、2階の部屋でふとんに入ったところでいきなりど~んと揺れました。私もあまり動じなくなってました。


翌朝早めに起きて7時過ぎに阿蘇へ出発。兄の家に行きました。阿蘇へのメイン道路57号線がズタズタの為別の道を通って向かいました。途中、阿蘇神社へ寄りました。阿蘇神社は阿蘇の守り神。数百年の歴史があり私たちのアイデンティティのような場所です。国の重文でもあります。

今回の地震で楼門がぺちゃんこに・・・テレビで見て知ってはいたけど実際に目にしたらあまりのことに声もでませんでした。





参拝する方はけっこういました。この姿ですけど・・・




神社から続く横道にある水基巡りの道です。街おこしとしてつくられた素敵な街並み。

たくさんのお店が軒をならべていてノスタルジーあふれる素敵な所です。





おいしい揚げたての馬ロッケ(マロッケ・・・馬肉の入ったコロッケ)のお店。なつかしい造り!

トウモロコシ干してあります。





阿蘇は豊かな湧水に恵まれています。水の都ともよばれる熊本。

水基巡りの道のあちこちにこんな水場があって飲めるようになってます。ホントに素敵。


兄の家に行くと留守でした。夜は避難所にいるようですが昼間は出かけています。

家の外壁がはがれ、家の中のドアやふすまが開かない状態で家が歪んでいるのがわかりました。

もう、ここには住めなくなると思います。

いとこの家も訪ねました。車庫の屋根が壊れ、お風呂の壁はひびが入りタイルが落ちていました。

壁もあちこちはがれていました。いとこ夫婦は元気にしており、いろいろ話をしました。

今後のことを村で話し合っているけど、いろんな考えの人がいてなかなかまとまらない、さらに余震が

続く中ではいろんなことに手を付けられない状態。

これからまだ震度6程度の余震が来る恐れがあるという情報に皆とても不安を抱えていました。

情報は大事だけど、もうみんな精神的に限界を超えていますのでいろんな情報(デマも含めて)に振り回されて疲れ果てているのが現状です。

それでも、明るいいとこの笑い話でみんなお腹をかかえて笑いました。ほんのひと時でも「笑う」ということがとても大事になっているのをすごく感じました。


阿蘇からの帰り道にもつぶれた建物などが点々としており、被害の大きさに胸が痛みました。

帰宅後、休憩をはさんで父のお墓に行きました。お寺からはお墓が全滅している旨のはがきが来ており

心配しながら見に行きました。各塔頭寺院はどこも破損がひどく、お墓も倒れたり破損していました。

そして父のお墓は・・・なぜか父のお墓だけ倒れずに無事だったんです。

両隣と前方のお墓はことごとく倒れ、壊れていたのに、父のお墓は無事でした。少しだけ右方向に向いていて下の方がちょっと欠けていたのと土台が少しずれていた程度でした。墓石だけ元の向きに戻しました。

あとは回りのお墓をかたづけていただかないと、我が家の墓も片付かない状況です。

奇跡的に無事だった父のお墓に安心しました。




こちらは本殿にむかう階段沿いにある石灯篭。サイドの灯篭はまあまあ無事ですが間にある灯篭は

すべて破壊されています。



このように倒壊しています・・。

お寺の石垣もくずれ、仁王像も倒れ、首と手首がぽっきりと折れてしまったりしてました。

このお寺から遠く望む熊本城も、屋根瓦が落ちて天守閣のてっぺんは茶色になってました。


言葉が出ない・・・本当に悲しかった。

熊本市内の建物も、「危険」の赤紙や「要注意」の黄色い紙が貼ってあり、建物が歪み外壁がはがれ

今にも倒壊しそうなものが多く見られました。

ニュースでは避難所や被害の大きかった益城町の倒壊家屋のことが主に流されていますが熊本全体が

本当に大変な被害になっています。この先どうやっていけばいいのか途方にくれるような現実。

実際に行かなければわからなかったことがいっぱいあって、メンタル的にかなりやられました。

本当に長期的な支援が必要です。ここに載せた写真は本当に一部分だけです。

阿蘇地方は数年前の大水害の復旧がやっと終わりかけたところへ今回の震災を受け、立野という地区は

全村移転となるとのこと。地域丸ごと無くなってしまうわけです。

そこにはまだ若者が1人埋まったまま。


熊本空港も一部の店舗は営業できず、トイレも一部しか使えない状態でした。

少しでも皆様に知ってほしいと願います。まだスタート地点にも立っていない熊本です。

長い支援が必要です。お心に留めていただければと思います。そして全国から寄せられる温かいお心に

県人の1人として心から感謝いたします。

がんばれ、くまもと!

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今日からGWですね。

お休みの方は楽しんでくださいね。ゆっくり休むも良し、旅行に行くのも良し・・・お部屋の模様替えとかもいいですね。


私は今日から6連勤(^_^;)

一日目が無事に終了・・・だけど朝からめっちゃ多忙でした~ヽ(*'0'*)ツ

明日も頑張ります。


帰宅してPCのメールをチェックしていたらFacebookからお知らせのメールが・・・

「今日は○○さんの誕生日です、お祝しましょう」って。

あ、そうだった・・お誕生日だったって思いながら切ない気持になりました。

お祝すべき主はもうこの世にはいません。


昨年末に亡くなった私の友人の・・・今日は誕生日だったのです。

私の誕生日にもいつもメッセージくれてました。

お祝のメッセージ送りたくても送れません。

まだ、FBを閉じていないんだな・・って・・・多分旦那様もまだそこまで気持ちも行動も回っていないって思います。

まだ4カ月です。

27日にお墓参りに行ってきたばかりでした。私の乳癌検診の結果を報告に行きました。

蒸し暑い日で・・・用意して行ったビールを分け合って飲みました。いろいろ話をしました。

私のふるさとの被災のことも。

途中、アゲハ蝶が飛んできて私の周りを飛び回って行きました。ちょっと不思議な感覚でした。


回りの他の方のお墓を見ても墓碑銘にある方の年齢は高齢でしたが、彼女だけがその半分くらいの

年齢で最年少。やっぱり若すぎるよ~最年少だよ・・・ってつぶやいてました。


お誕生日おめでとう。もう年を重ねることはなくなったけれど、生きた証が確かに残ってる。


ふるさとに思いを馳せながら、私も頑張って生きて行くから見守っていて欲しい。


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