
国立市の自宅サロン「
TREE OF JOY」かおりです。
一昨年の年末にブログを始めて、去年、ブログのプロフィール画像をピグから写真に変えました。
あれ、実はけっこう勇気が要りました(笑)。
でも、やってみたらすごく気楽。
文字どおり、エネルギーがふぅっとラクになりました。
ちょっと前のことなので旬な話題ではないのですが、このことを話してみると「私もそう!」という方が意外と多いので、書いてみることにしました。
もともと、これから活動するために、ちゃんと名前や写真を出したいという意志はありました。
でも心の一部に、
「元同僚には自分の活動を話していないし、その人たちにはあんまりブログとか見られたくないな~」
という気持ちがあったんですね。
セラピストネーム(kaoriとか)で活動するのって、そこに関してはとても便利なのです。
私も、それだったら写真もすぐ出してもいいぐらい。
ただ私の場合、企業向けにセミナーをしたりもする前提だったので、セラピストネームっぽくすることは最初から全く考えていませんでした。
多くの人に見てほしい、でも、ごく一部の人には隠したいというジレンマ・・・。
レイキを始めてからというもの、おかげさまで、すごくオープンで、繋がって、調和した、
とてもいい状態で過ごしてきました。
波があっても、それは学びという光であって、なにも「嫌なこと」「不幸」はない。
それ自体が、幸せでしかたない。
なにかセッションを受ける際に「今、気がかりなことや、解決したいことは?」と聞かれても
「うーん、何も悩みはないし幸せだからなぁ…」と悩むぐらいでした。
でも、壁のシミみたいに小さい「何か」があるとしたら、これでした。
ほんとに小さくて、普段はブログを書いていてもまったく思い出さないのですが、活動名などに関して
考えるときに「そういえば」と浮上してくるもの。
そもそも、レイキを始めたのは会社のストレスがあったから。
それを自分で浄化できるようになりたかったから、です。
そういう意味では、ヨガやアロマやレイキと出会わせてくれた会社での学びは必然で最善なのです。
ホントに宇宙のはからいは絶妙。
そんな、元同僚の中には、詮索&検索好きな方がちらほらいらっしゃいまして(苦笑)。
もし、そういう人に私のブログを発見されて、何か影で言われたらちょっとやだなぁーっていう思いがあったんですね。
というのも、実際、他の人にそうしているのを見たこともあったのです(^_^;)
私にとってブログは、魂の深い部分で感じたことを書いたり、大切な人間関係もある場所。
こっそりのぞいて陰であれこれ言われたりしたくなかったのです。
(こっそりのぞくも何も、自分がネット上になにかをアップする時点で「全世界に発信している」というのは承知しつつ。笑)
同時に、その「恐れ」はぜんぶ自分が作っているし、「こうなったらいやだ」と思っていたらそうなってしまうというのは、分かっていました。
同時に、私はものすごく大勢の人にも守られて愛されているし、見えない存在にもとても守られている。
だから変なことには絶対ならない、ということも。
実際、日々ブログを書く上では、そういう人の存在は全然忘れていたし、ホントにその程度のものでした。
ただ、今後の活動名や写真の出し方について考えるときにだけ、どうしよっかなーと思い出す感じでした。
その後、忙しさにかまけてそのままにしていたのですが、昨年の秋ごろから
「もっとちゃんと自分を出したい」「自分全開で活動をしたい」という気持ちが強くなってきました。
そもそも、本当にブログを見られたくない相手が、存在するのかどうか?
ていうか、別に見られたって、怖くもなんともないんじゃない?
これだけ友達にも家族にも見えない存在にも愛されている私なんだから。
ごく少人数への小さな恐れのために、私が私でいられないのは、すっごい無駄なこと!!
そう思いました。
思えるようになっていました。
そして、満を持して(?)プロフィール画像をピグから写真にしてみました。
まず一歩目は、下を向いた写真でした。
(猫をなでてるやつね。あれはあれで猫がかわいくて気に入っています)
下を向いているところに、まだまだ「隠したい感」が見えますが(笑)、それでもイラストから写真になった時点でエネルギーの変化は大。
大きな山を乗り越えた感じで、すごくすっきりしたのです。
さらに自信がついたというか、なにかどーんと構えるような感じに。
で、一度写真にしてみたら、あとは早かった!
「下を向いていても、知り合いが見れば私だってわかる。だったらもう前向いてる写真でも同じじゃない?」
と、前を向いた写真に変えて、今に至ります。
今や、もう誰が見てもいい。
見られたくないと思っていた人ですら、見てくれたって歓迎。
なんなら、その人たちがセミナー受けに来たっていいし、ステキじゃない。
そこまで思えるようになりました。
誰かに責められるとか、こう思われるだろうとか、そういうのは完全に自分が作り上げているもの。
幻想に過ぎないんです。
(というか、たくさんの現実がパラレルワールドとして同時に存在する中で、
責められると思っていると責められる世界に行ってしまいます)
自分で有刺鉄線みたいに柵を作って、それに自分でささってイタタってなるだけ。
でもそんなの、いらないんですよね~。
想像=創造。
ポジティブな引き寄せの恩恵にあずかっていますが、
やっぱり恐怖とか心配というものだって、日々生まれてしまうことはある。
それは誰だってそうです。
ネガティブはいけないとか、ふたをするのものでもないし、ただ気付くサインをくれているだけ。
気付いたら、ただ癒していけばいいだけのことなのです。
私も、レイキはもちろん、たくさんの人との関わりや会話を通じて、
小さいけれどそこにあった「恐れ」というものが癒されていったのを感じています。
癒しというのは「ヒーリングを受ける」「セッションを受ける」という形には限りません。
すべてはエネルギーだから。
私は会話もエネルギーワークだと思っていつも人と会っていますし、
食事も、仕事で生み出したものも、キスやセックスも、ぜーんぶエネルギー。
たまたま町で目にした看板や、人との会話、すべてにメッセージが含まれています。
癒しはさまざまなときに起こるし、メッセージはあらゆるところから流れ込んでいます。
私にとって、会社での人間関係で傷ついた経験もあって、恐怖が生まれたのもしかたないことでした。
でも、それは極端な形で「見せてもらっていた」ということでもあるのでしょう。
(傷ついたといっても、それは私の中にある地雷が反応しているだけ。
私が端から見ていて勝手に恐怖を感じただけで、傷つけられたわけではないのですけどもね)
また、以前の会社がネットサービスも提供していたため、ネットに名前や写真を出すことの
メリットもデメリットもかなり見てきていた、というのも大きかったです。
でも、それはもう完全に過去のこと。
昨年の退社以降、その会社と仕事をすることはあっても、私と会社の関係性は全く変わっています。
いい部分だけ、愛だけで繋がっている。
それは、どうにでもなれるたくさんの可能性の中から、そういう現実を私が採用したから。
ありがたいことですのう。
今日も、毎瞬毎瞬、すてきな現実を選択して採用していきましょう♪
今朝書いた、
ハワイのバースストーンで受け取ったメッセージともリンクしていて面白い。
*****
レイキセミナー、随時開催しています!詳しくは
こちら