ちよっくら旅に出る。
と言っても、頭の中での話だ。
挑戦を諦める時のその時が難しい時である、今という「時」なのだ。
わたしの話だ。
やりたいことをやればいいのだろう。
そして、やりたいことをやれないというのは、何なんだろう。
それは合図なのか?
他にもやれることはあるぞ! という、合図なのか?
例えば、山手線で「中目黒」には行けない。
「目黒」までは行けるのだか、
似たような名前の駅にしろ、山手線の「線路」が繋がっていないので行けないのである。
しかし、山手線の「目黒」から次の駅の「恵比寿」まで乗り、
その恵比寿から日比谷線に乗り換えると、
とたんに、一駅で「中目黒」に行ける。
とたんに・・・と言ったものの、乗り換えなければ行けない。
違う線路に乗り換えなければ、行けない。
わたしは、山手線でどうにかして、「中目黒」に行こうとしている気がする。
つまり、無理なのだ。諦めるしかないのだ。
諦めるというよりは、乗り換えればいいだけのことでもあるのだ。
ただ、掴めていない。
どうやって日比谷線の乗り場に行くのかの、「道」がわからずにいる。
よく見渡せば、ありがたい「表示」があるはずなのだ。
よくしたもので、乗り場までの道を尋ねたら、ありがたくも人は「教えてくれている」ものだ。
しかし、わたしは混乱しているのだろう。
見渡せずにいる。
人の言葉が耳に届かずにいる。
汗をかいて、疲れて、眠って、朝がきて、
また山手線に乗るのだ。
「中目黒」を目指して。
しかも、山手線はぐるぐる周る。「終着駅」がないのだ。
わたしは、それに乗っている・・・気がする。
目標や計画や予定が定まらない。
重なって厄介だ。
ただ、気づいてはいる。
山手線で「中目黒」には行けないことを。
気づけたなら、近い。
混乱を整頓できれば、近い。
「中目黒」は近い!!!
ゆぐ