~新認定基準に当てはめた「出来事別の支給決定件数」 第3位「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」から読み取れる、ハラスメント対策の重要性~
引き続き、昨年12月に策定された「心理的負荷による精神障害の認定基準」に当てはめた「出来事別の支給決定件数」について見ていくことにしましょう。
前回は、第1位の「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」という点に着目し、長時間労働と支給決定件数、および自殺率についての関連性について、述べました。
今回は、第3位の「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた(40件)」について、注目したいと思います。
先般の「新認定基準」別表の「業務による心理的負荷評価表」を見てみると、以下のような「具体例」が挙げられています。
ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた
【心理負荷の強度が「強」である例】
部下に対する上司の言動が、業務指導の範囲を逸脱しており、その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ、かつ、これが執拗に行われた
同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた
治療を要する程度の暴行を受けた
上記の例から、この出来事はいわゆる「ハラスメント」であると考えることができます。
(※セクシュアルハラスメントは、別途集計がなされているため、ここには含まれません)
ところで、この「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」は、「出来事別の支給決定数」の上位3つのうち、唯一、「平均的な心理的負荷の強度」が「III」とされています。
(※別表では、この強度を強い方から、「III」、「II」、「I」と示しています)
一方、支給決定数 第1位の「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」および第2位の「悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」は、いずれも強度「II」とされているのです。
ここで疑問が生じるのは、心理的負荷「III」とされている出来事が、支給決定件数において、第3位となっている点です。
そこで、データをグラフにして、見てみることにしましょう。
こうしてみると、実は第1位については、そもそもの決定件数(業務上又は業務外いずれかの決定を行った件数のこと。つまり処理した件数)が群を抜いて多いことが分かります。このことから、請求件数自体も、同様の傾向にあることが推測されます。
では、上記のデータをもとに、支給決定率を算出してみましょう。
次のグラフをご覧ください。
このように、支給決定率でみると、全く順位が逆転してしまうことが分かります。
これらのデータから、労災の支給決定については、やはり新認定基準の「具体的な出来事の心理的負荷の強度」が、少なからず影響を与えていると言えるのではないでしょうか。
翻ってみると、新認定基準の具体例に留意し、それに当てはまることのないような対処を行なっていれば、労災認定されるような事案が起こることを、ある程度予防することが可能であるという考えもできるでしょう。
特に、今般の新認定基準の特徴として、いじめやセクシュアルハラスメントのように、出来事が繰り返されるものについては、開始時からのすべての行為を評価の対象にするとしており、行政のハラスメントに対する意識の高さが伺えます。
ハラスメントの中でも、特にパワーハラスメントは、本人が自覚のないまま行なってしまっているケースも少なくありません。
また、会社の組織風土となっていて、恒常的に行われているケースもあります。
出来事のうち、「上司とのトラブルがあった」支給決定件数は16件と少ないものの、決定件数は202件と、群を抜いて1位になっています。
この中には、ハラスメントは含まれてはいないものの、上司と部下との人間関係が良好でない場合は、労災請求される可能性が高まるという点では、重要視すべきものと考えます。
こうした状況を防ぐには、やはり社内の意識改革から始めることでしょう。
特に経営トップの方がハラスメントについて「わが社は、こういった行為を許さない」という決意表明を行うことで、トップダウンで意識を浸透させていくことが肝要ではないでしょうか。
もちろん、それにプラスして、ハラスメントに関する社内教育等を行ない、正しい情報や知識を身に着け、意識を高めていくことも有効です。
以上、3回にわたり、精神障害の労災補償状況について見てきました。
いずれにせよ、一番大切なのは、精神障害の労災を出さないこと、つまり、「仕事が原因で精神疾患にかかるような状況を作りださないこと」です。
3年連続で労災請求件数が増えており、先般の新認定基準の策定の影響もあり、今後も請求件数は増えることが予想されます。
しかしながら、個人的には、精神障害はもちろん、すべての労災が1件でも少なくなり、会社も社員もお互いが幸せになれる社会になっていくことを願ってやみませんし、私の仕事が微力ながらその一助になれればこんな幸せなことはありません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました