【経済学者ごときは哲学者やなんかの下等動物と同じ穴のムジナで満足すべき】
ナシーム・ニコラス・タレブ著『ブラック・スワン(下)』(ダイヤモンド社)より。
この記述から、「自然科学>>>>>経済学>哲学」という見解を看守できる。

少し説明を。物理学における「3体問題(知らない人はググってね)」を見ればわかる通り、計算式の初期の値のほんの小さな誤差が、遠い将来には莫大な差を産む。

これはバタフライ効果を見ても、カオス論を見てもわかることで、最初にポアンカレが示した。たった3つの物体の古典力学の問題ですら、遠い将来については、全然予測ができないのだ。

現実の世界には、たった3つの物体しかないわけではない。超複雑だ。1年後の天気を予想するなら、遥か100億光年先の全ての素粒子の状態が完全に把握できていなければいけない。結果に有意な誤差を与えるからだ。

それなのに、計量経済学なんかは何本も微分方程式を立てて、遠い未来の経済予測をやろうとしている。こんなのは学問でも何でもない。ただの占いに過ぎない、ということである。哲学レベルだとはそういうこと。

実際の例。ノーベル経済学賞受賞者たちが作った投資機関「LTCM」は、必死に過去の株価変動のデータ等を計算し、「絶対に儲かる」投資を行っていた。数年の後、LTCMは完全に破産した。なぜか? 数学に頼っていたからだ。
株価動向の予想を含む経済の主要な分野では、先を読むことなど原理的に不可能なのだ。
(おれが「株式投資なんて運だ」といつも言っているのはこのためだ)

この「遠い未来については、誰も、どのような方法に拠っても原理的に予測ができない」という学問的事実について、われわれは充分に自覚的であるべきだ。
以上は基礎的な教養だが、知らないと大恥をかくことになるから留意すべし。

※おっと、「水の中に、重い物質を沈めた。地震等の外的要因がない限り、この物質は浮き上がらない」は、数十年後までも予測が可能だ。統計力学的に、各水分子の動きが特定の方向(重い物質を下から上に上げる方向)にたまたま向く確率は、大数の法則から考えて「ほぼ無限に小さい」ためだ。われわれは、部屋の中の酸素分子が「たまたま」偏って部屋の隅に集まってしまい(数学的にはあり得ることだ。ごく小さな確率だけど)、二酸化炭素中毒で窒息死する脅威に晒されてはいない。世の中には、確率的な問題により、予測が充分に可能なものもあることは追記しておく。

※ちなみに、テツガクとやらの論文には数式が出てくることがあるが、これがことごとく低レベルな間違いをしている。理系で大学1年の物理学を学んでいれば、すぐに間違いが指摘できるレベルだ。そういった論文が、世界的に権威のある哲学誌に普通に登場する(詳細は『知の欺瞞』参照)。テツガクは学問ではない。