世界選手権2023、村元哉中&高橋大輔組「オペラ座の怪人」。


演じ始めすぐ、衝撃を受ける。かなだいの表現は、それまでのカップルとは段違いだった。

とても演劇的だと思う。


ちなみに私がいう「演劇的」というのはどういうことか。私の好きな俳優相島一之さんの言葉を引こう。


「演劇とは何かと考える。今この瞬間、人(観客)の目の前で『自分ではない何者か』を演じること。」


そう。かなだいの二人は、自分ではない何者かになっていると私は感じた。「オペラ座の怪人」について多少の知識がある人間は、クリスティーヌとファントムだ、とすぐに思っただろう。

しかしそういう知識がない人間でも、そこにしっかりしたキャラクターがいて、その二人が絡み合うことでなんらかの世界が生まれていくことは感じ取っていたと思う。



私がいたのはさいたまスーパーアリーナの400レベルである。ここからだと顔の表情はあまり分からない。

例えばあるカップルはピエロを演じて、頬に黒い涙をメイクで描いていた。が、スクリーンにキス&クライの様子が大写しで映されるまで、私はそのメイクに気が付かなかったのである(実はデニス・テンメモリアルでこのカップルの演技を観ているのだが、メイクのことはすっかり忘れてた)

私が観て楽しんだのはあくまで、体を大きく使う動きから伝わる感情表現だった。そしてかなだいの二人の表現の密度と完成度は、繰り返すが第二グループまでのそれまでのカップルとは段違いだったのだ。

あっという間に二人の世界に引き込まれた。




と、いうことで私、例によって鑑賞屋の自分の方が顔を出し、実はそれほど応援モードではなかったという。むろん惹き込まれて観てたんだから、これもまた一つのファンの在り方だとは思ってる。ただ涙とかは出なかったし、大輔さん哉中さん良かったねーと思ったのは、演技終わってそこそこの時間が経って二人が挨拶を始めたくらいからである。

とにかく、かなだいが表現する世界と、それに反応する観客を含めた会場全体の雰囲気、それを感じ取り、すごいすごいと感嘆する方に自分のエネルギーを使っていた。

って、脱線したな。そういう自分の話を書きたいわけじゃないのだ、この記事は。




第三グループの最初の演技。

正直、かなだいの演技を観た後では、「ジャッジに評価される要素を披露する」だけの演技に近いと感じる。世界観が伝わるというより、プレゼンテーションを観てる感が強いというか。とはいえ、フィギュアスケートはスポーツである。評価される要素を提示して点を取る、それでいいのだ。

選手が他者になったと感じるくらいの密度の感情表現をしたところで、ジャッジが評価して得点になるのは、演技構成点のおそらく数点くらいなのではないか?

ならば、感情表現に必要以上にこだわることはない。

ただ、このカップルの演技よりかなだいの演技の方がいい、と私は思った。しかしそのカップルの最終得点はかなだいより上。

かなだいの目標は10位以内だったから、ここより上に行って欲しかった気持ちはあったけれど、でも「ま、スポーツなんだから、評価されない部分がいくら良くても点にはならないのはしょうがないよね」と思えたのである。

(とはいえ後で知る。フリーダンスの得点だけならかなだいの方がこのカップルより上だった。そっか、なんとなく物足りなかったのはそのせいもあるのか。)




で、その次のカップル、チェコの兄妹のフリーダンスが私の好みだった。えらく気に入ったもんで、ま、かなだいがこのカップルに勝てなくてもしょうがないかと思った。となると、この組より上のカップルがかなだいより下に下がるなんてのは大きなトラブルが起きない限りあり得ないわけで。

そういう不幸な演技は見たくないから、ま、かなだいの目標達成は諦めるしかないね〜などと思い、ある意味気楽にその後の演技は観られたのだ。




そして、再び衝撃。

最終グループを観て、ちょっと待てと思う。

世界選手権の最終グループである。かなだいとは技術水準が段違いの選手達である。私はアイスダンスをそんなに知ってるわけじゃないけど、それでも演技のダイナミックさとスムーズさを観てれば、レベルが違うのが分かる。


しかしである。

こと、「体を使っての感情表現を使い世界観を観客に伝える」ということだけは、かなだいの二人は最終グループに匹敵するのでは?と私は感じてしまったのである。

最終グループのカップルの、身体表現の見事さ、密度の濃さ。数年観て、アイスダンスに目が慣れてきたからこそ素晴らしさがより分かるようになった。けれど、かなだいの演技もそれに劣らないと思った。

むろんそれぞれの要素の技術の高さ、そしてそれを披露する洗練された様子、そして隙のなさについては最終グループのカップルの方が格段に上なんだけれど。

それでも、キャラクターを作り、その人物の感情を通して世界観を表現し、それを観客に伝えるということだけは、かなだいは最終グループに近いレベルにいる。


異数のカップルだよなあ、ジャッジの方々も大変だよなあ、なんて思ってしまった。

そして、ふと思う。「大輔さん、実際より5年くらい前にアイスダンス始めてたら、ひょっとしたら今最終グループにいたかも」と。

37歳という年齢で、ワールド11位まで来たのだ。体がもっと動く年齢から技術を積み上げていたら、可能性はあったんじゃないか?


とはいえ、2020年アイスダンススタートの5年前となると、2015年。

2014−15シーズンに哉中さんは野口さんと組んでアイスダンスを始めて、解散して、そして6月にクリス・リード選手とカップルを結成している。そんな時期だ。

大輔さんはシングルを引退していたからやろうと思えばできただろうけど…私、哉中さんとクリスの「戦場のメリークリスマス」気に入ってるから、それが観られないのはやだな。

…とアホなことを考える。というか、大輔さんの「ラクリモーサ」だってLOTFだって氷艶破沙羅だって観られない。あの頃の大輔さんにはカップル競技しながらそれ以外の世界を一人で追求するなんて思考はなかっただろう。それは困る。

まあともかく、アイスダンスでキャリアを積んだ哉中さんだからこそ歳上の先輩に声をかけることができたわけで、キャリアなしで無謀なお誘いは無理だったろう。




とりあえず。

競技のトップ選手達は観客を捉える力まで含めて、すべての面でその能力を磨き上げ、見事な花を咲かせていることはよく分かった。

そして、私たちのかなだいは、キャリアが浅く、まだ磨き上げられてない技術がある一方、一つの面だけは突出した能力を発揮している。

そういうことを感じた世界選手権だった。