失礼な関わりが

足早に通り過ぎる頃




船着場の暗闇にようやく灯りが灯る




少女は

夕餉の支度の手を休めて

澄んだ空気を吸い込む




潮の香りがして


蒸気船の音が一瞬蘇る




その音は朝のまどろみの中にあって

一層の眠りに引きずり込む


はるかな時を経て

聞こえる蒸気船の音



夕刻の闇に似合わぬ音を

少女は思い出し



姉や兄や父や母の

弔いの情景に泪を流す



ただ時間を遡り

現れては消える幻の入れ替えと


降り出した雨音に

現実に戻る



それぞれの

場面が入れ替わって





繰り返す場面に

泪を流す



泪をためて海に流す



望まない



失礼な関わりが

行き過ぎるまで

身を伏せて



灯りが消え行く前に 

通り過ぎよと希う      

夜アルバイトをしていることは、会社のみんなには内緒だった。

美穂子の勤める会社は、残業は殆どなかった。

もちろん営業にでている男子社員たちは、出先からそのまま帰る人間もいたし、自分の仕事の都合で少し会社に残る人もいた。

でも、大体は定時でみんな帰ることが多かった。

その日は、会社のみんなで飲みに行こうと営業の佐山が言い出した。

美穂子は夜のバイトがあったから、行きたくないと返事した。

ところがもう一人の事務員の横田あいりが、一人での参加はいやだから一緒に出てほしいと美穂子に懇願するのだった。

「私、悪いけど用事があるのよね。姉に頼まれていることがあるのよ。」

「だって営業の人達かわいそうじゃない?せっかく誘ってくれたんだもの。会社の数少ない女性社員が不参加って言うのは寂しいと思うの。ね、お願い。」

あいりがそういうのも訳があった。

あいりは、商品管理の猪俣に気があった。

他の男性社員たちは気付かないかも知れないが美穂子には、あいりの日頃の素振りを見ていてそれが解っていた。

出張などで、営業の人がお土産などを買ってくると、あまった分を猪俣にそっと、手渡したりしているのを美穂子は知っていた。

猪俣は、そんなあいりの心を知ってか知らずか、つれない態度をとっているように見えた。

それでも男と女のことは傍から見ているだけでは本当のところはわからないものだ。

あばたもえくぼとはよく言ったものだと美穂子は思う。

猪俣は、かなりのにきびの痕が顔に残っていた。

美穂子から見てそんなに素敵には思えないのだが、あいりにとっては愛しい人なんだろうと思う。

恋の虜とはこのようなことをいうのだろう。

あいりは酒の席で、猪俣の近くに座れるかも知れない好機を逃したくはないのだろう。

「仕方ないわねぇ。あいりさん、じゃ2時間だけね。7時まで。。。あとはほんとうに用事があるんだから。。。」

「ありがとう。うれしい。でも、美穂子、用事って言っても、彼氏とかいないんでしょ?」

「何言ってるの?そんなこというと行くのやめるよ。彼氏じゃなくて、姉の用事って言ったよ。」

「ごめん。そうだった。お年頃の女性が用事って言ったら、すぐ彼氏って思う私ってどうよ?」

美穂子は苦笑いした。

あいりはそういうが、美穂子だって人の事は言えなかった。

美穂子は、毎日アルバイト先に行くのが楽しみだった。

あの青年が来たときは、ウキウキした気持になったし、期待に反してこない時はこの世の終わりのように悲しかった。

そういう感情は、ある日突然気付くものであり、そのことを思うだけでこの世はばら色に輝きだすのだった。

きっとあいりもそんな気持ちに違いないと美穂子は思ってあいりの顔を見ていた。

会社のみんなで、飲みに行こうなどと言う話が持ち上がるのはきわめて珍しいことだったから、あいりはどうしても行きたいのだろうと察しがついた。

「もう片付けようか。後5分で終わりだしね。」

「じゃ、手分けしてやっちゃおう。あいりさん、茶碗洗って。」

5時になるとみんなは待ってましたとばかりに、会社の外に出た。まだ、外は明るかった。

「なんだかこんな明るいうちからお酒って言うのも気が引けるなぁ」

猪俣が大きな声で言った。

猪俣の言葉は美穂子に言っているような気がしたが聞こえないふりをしていた。

きっと猪俣と親しげに話したら、あいりが嫌な思いをするだろうと気を遣ったつもりだった。

「あいりさん、姉にちょっと電話するから。すぐ追いつくから、先に行っててね。」

美穂子はそう言って立ち止まり、スナックに電話をかけた。

ママが出た。

「ごめんなさい。2時間半くらい…はい、会社の用事で遅れます。」




今日はここまで 続く

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おはようございます。。。


滅多にないことと、この26日に記事にしたブログペットの頂上決戦です…あろうことか3日連続で選ばれてしまいました。

今日も実は載っております。

     

     ↓↓↓↓↓↓↓↓


こんにちは、BlogPet運営事務局です。

ききみみさんの「goma」が詠んだ俳句が
みんなの投票の結果、本日(2008/01/28)の俳句頂上決戦に選出されました。
ぜひ応援してあげてください。

俳句頂上決戦はBlogPetしんぶんから閲覧できます。
http://www.blogpet.net/tabloid



なんですが、どうして3日も選ばれているか不思議です。 結果は2位でした。


そしてご報告ですが、26日はおかげさまで1位の栄冠(?)にかがやきました。

子の今ご覧のブログの右側に『 goma』の詠んだ『句』載っていますね。

そのうえに王冠がありますが、王冠の一つがです。隣りはです。。。。


皆様の投票のおかげです。。。


お遊びなのになんだかウレシイ…


ご協力ありがとうございました。。。。



これは。。。29日の分…どうしたんでしょう?

こんにちは、BlogPet運営事務局です。

ききみみさんの「goma」が詠んだ俳句が
みんなの投票の結果、本日(2008/01/29)の俳句頂上決戦に選出されました。
ぜひ応援してあげてください。

俳句頂上決戦はBlogPetしんぶんから閲覧できます。
http://www.blogpet.net/tabloid


こちらです。。。


追加です。

こんにちは、BlogPet運営事務局です。

ききみみさんの「goma」が詠んだ俳句が
みんなの投票の結果、本日(2008/01/30)の俳句頂上決戦に選出されました。
ぜひ応援してあげてください。

俳句頂上決戦はBlogPetしんぶんから閲覧できます。
http://www.blogpet.net/tabloid


今日は再開の模様ですので、連続は今日で終わりだと思います。

ご協力ありがとうございました。。。

『こうき』は『好機』なんですが、ひらがなだと、なんだかわかりませんね。。。


ところが。。。マタ続きました?どうしてでしょうかねェ

こんにちは、BlogPet運営事務局です。

ききみみさんの「goma」が詠んだ俳句が
みんなの投票の結果、本日(2008/01/31)の俳句頂上決戦に選出されました。
ぜひ応援してあげてください。

俳句頂上決戦はBlogPetしんぶんから閲覧できます。
http://www.blogpet.net/tabloid



また、今夜も続きです。

こんにちは、BlogPet運営事務局です。

ききみみさんの「goma」が詠んだ俳句が
みんなの投票の結果、本日(2008/02/01)の俳句頂上決戦に選出されました。
ぜひ応援してあげてください。

俳句頂上決戦はBlogPetしんぶんから閲覧できます。
http://www.blogpet.net/tabloid



3日間低空飛行なのに、何で選ばれるんでしょう???

美穂子はこの頃、楽しかった。

夜のアルバイトを始めてまだ1ヶ月も経っていなかったが、大体の仕事の流れはつかめたつもりでいた。

美穂子は日中は、繊維業界の中の小さな会社で事務執(と)っていた。

セールスの男性が4人くらいいて、美穂子と、もう一人の事務員に伝票を回してよこす。

美穂子の毎日は彼らに茶を入れてやったり、電話で注文を聞いたりの仕事内容だった。ミスさえしなければ居心地の悪くはない会社だと思っていた。小さい会社だが給料だってそこそこだと思ってはいた。

でも、何かつまらない。

今年、入社1年目だがこのまま何の変哲もない会社での生活を送っていってそれでいいのだろうかと美穂子は疑問を持ち始めたのだった。

セールスの男性たちは、家庭持ちが殆どだった。

美穂子から言わせるとセールスの男性も、なかなか大変なんだろうなと思う。

実績が上がらない、数字が目標までいかなかったと専務にハッパをかけられて、お得意様にしかられたと、美穂子たち事務員に愚痴を聞いてもらう。

美穂子は何時も愚痴の聞き役に徹していたが、虚しいというのが本音だった。

家庭に帰って奥さんなどに愚痴を聞いてはもらえないのだろうかと不思議に思う。

そういう男性たちを職場でいつも見ていた。男性は大変なんだなぁと心から思っていた。

そうは思っても、なんだか夢も何もないように思えた。

夢も何もない男性と結婚してどうなるんだろう。

結婚したとして何も資格もない美穂子は社会から隔離されてしまうのだろう。

先が見えているような気がして、結婚そのものにさえ魅力を感じてはいなかった。

そんなことになるのはいやだと漠然と考えていた。

そんなとき、姉の友人がやっているスナックの手伝いをしてみないかと、誘われた。

少しお金を貯めて、手に職をつけるのもいいのではないかと姉は言った。

美穂子は、夜お客の相手をするのは、あまりいい気持ちがしなかったから初めのうちは断っていた。

しかし、どうしても人手が足りない、遅くても23時まではうちに帰すという約束で手伝うことに決めた。

初めはイヤイヤだったのに、一週間もすると意外とその仕事は自分に合っているのではないかと思い始めた。

美穂子は昼、会社にいると殆ど目立たない女性だった。

自分を出さないことが、みんなとうまくやる秘訣だくらいに思っていた。

だから、会社の人間は美穂子は、物静かな控えめな女性だと認識していたはずだ。

たった一ヶ月しか経っていないのに、美穂子が目当てで来る客も、2,3いるくらいだった。

美穂子の雇い人は夫婦者だった。姉の大学時代の同級生夫婦だった。

そのせいか親友の妹と言うことで、かわいがられ大切に扱われた。

美穂子は調理場にも入る。

簡単な料理は出来たし、つまみは乾き物などを盛り付けるなど単純なものも多かったから、何でもやった。

その仕事一つ一つも楽しかったが、お客との会話も、楽しく感じるのだった。

客筋もよく、酔って、よからぬことをしようとする不届き者もいなかった。

美穂子はこの頃たのしみなことがあった。

ここ2週間ばかり、何度か一人でやってくるお客がいた。

その人が始めて店に来た頃はかなり遅い時間…美穂子が帰る23時に近い頃に来ることが多かった。

それが、この頃は21時くらいには店に現れるようになった。

初めは、何か話しかけても短い返事しか返ってこなかった。

冷たく見える横顔は、何か人生に冷めているようにも感じる。

酒を呑みに来るわけではないようだ。

夕食なのだろう。“ご飯と、おかずを見繕って”と頼む。

それにしても遅い食事だ。

「お客さん。この頃早いですね。」

美穂子は聞いてみた。

「あぁ・・・今までずっと仕事がつまっていたからね。いま、ようやく落ち着いてきましたよ。この時間に食事できるなんて夢のようですよ。」

この客にしては今日はなかなか饒舌だった。

「会社が近いんですか?それとも。」

ママの由佳が横槍を入れる。

「美穂ちゃん、失礼ですよ。そんなに根ほり葉ほり…」

「あ、いやいいんですよ。僕のうちが近いんですよ。」

この客に関心が大有りの美穂子はこんなささやかな会話でも、天にものぼる気持だった。

(この近くなんだ。)

美穂子は、うれしかった。

つまらなかった人生に、色づきが見えたような気がした。

その色は薄いピンクなのかも知れない。或いは、若草色のイメージか。

この話を持ってきた姉に感謝するべきなのかも知れないと美穂子は思った。

自然と、美穂子は丁寧に丁寧に食器を洗っていた。

この私が洗った食器を、この人がまた使うかも知れないなどと考えながら。



今日はここまで 続く

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きっと覗き見はしない






興味がないのだ きっと


私ごとや秘め事に




いやいや

違うかもしれない


見えただけのそのまんまの

限られたものはつまらない


拡がる

みえないものの

イメージこそが大切





山盛りの

いい香りの

ご馳走が




気をくすぐり

手招いても

手出しはしない









空想がごちそう


朝に夕べに                    朝=「アシタ」と読んで



愛の言葉をうけとり

心情を思い


想いを受けとめ

暖めてかえす


自然が投げかける

ラブコールを受け入れて


美しいその外観に

惹かれたのではないと

強く伝える





時がゆっくりと熟成を遂げて

かえす応えをみつめて



空想がご馳走


ふたりは同じ



無口の時は

熟成の時


成熟して

そして 限りなく


限りなく ふたりは終わらない


ふたりは一緒

限りなく イメージは終わらない







あしたには 連載を継続の予定です。

少しゆっくりと…私はうるおいました。ご馳走のおかげです。。。。




実はわたしが詠んだんじゃありません。

ブログペット…です。


勝手に選ばれたわけなんですが、滅多にないことと。。。

↓↓↓↓↓↓


無理強いはしませんが、せっかくの事ですし記事にしました。。。




こんにちは、BlogPet運営事務局です。

ききみみさんの「大虎」が詠んだ俳句が
みんなの投票の結果、本日(2008/01/26)の俳句頂上決戦に選出されました。
ぜひ応援してあげてください。

俳句頂上決戦はBlogPetしんぶんから閲覧できます。
http://www.blogpet.net/tabloid




宜しく…と小声で言ってみました。。。


結果は28%で、多分私のものが1位でした。。。

皆様ご協力ありがとうございました。

ところがですね、引き続き多分26日の分に皆様が投票した数が多かったのか、また選ばれたようです。


こんにちは、BlogPet運営事務局です。

ききみみさんの「大虎」が詠んだ俳句が
みんなの投票の結果、本日(2008/01/27)の俳句頂上決戦に選出されました。
ぜひ応援してあげてください。

俳句頂上決戦はBlogPetしんぶんから閲覧できます。



http://www.blogpet.net/tabloid




でも、大虎から今夜はいつもの『goma』にもどします。。。

さて用意はととのった


松はボックリをつけて


こっそりボックリをつけて

精一杯のおしゃれをして




つんと立った 雄花は

誇らしげで



みあげて

待つ


ボックリは

営みを待つ





春風が吹いて

粉々をさらって


空中が黄色に染まって

創る風模様



風をみる





風をよむ




たがわず 結ぶ

営みを よむ




やわらかい陽ざしが

斜めに影を作るころ

いつだって感じる


ささやかな営み




やどりぎ




やどりぎのしたで

やどりぎのしたで



秘密の儀式

わたしはほしい





むけて落ちる


赤い実



凍って流れる


赤い実




いっそういっそう


不思議

やどりぎ




あした

その下に わたし



空をなぞって              「 くう 」 って読んでね        

あなたの かたちに

空をなぞって




秘密の儀式

あなたとほしい



くい込むほどに

抱き合って



やどりぎのしたで

やどりぎのしたで














スレチガイ



一日2本のバス

待つ時間は

横殴り


雪は横っ飛び

風が体温を奪う


助けてと

寒いと

話しかけてみるも。。。



ほっと


乗り込んだバスの暖かさに

あなたのことばが届く


テレパシー



バスを待つあなた

バスが来ないとあなた


あなたは 急に

おでかけ 不在





すれ違い


バスは離れる


次はいつ

近づくのはいつ?



気持ちが重なる

きっと重なる


風が 泣くのをやめる頃

雪が 降るのをやめる頃






麻友は、初めてわが子を抱いた。

教えて貰って手をそえて…そっと抱き上げた。

軽かった。取り落としそうで怖かった。

間違って落として、壊してしまいそうな気がした。

教わったとおりに抱いておっぱいに近づけた。

まるでままごとの人形のように抱いた。その手がぎこちなくて、赤ん坊に申し訳ないような気がした。

赤ん坊は、言葉で教えたわけでもないのに、麻友の乳首に吸い付いた。

力強く吸われると、気持が良かった。

朝方、麻友の胸は、岩のようにコチコチに硬くなっていた。

おっぱいが張りすぎて、痛かった。

看護師は、麻友のおっぱいを容赦なくもみほぐした。

お乳が出るまで、かなり揉みほぐさなければならなかった。

麻友はその痛さにうなり声を上げた。

「はい、赤ちゃんのためなんだから、我慢してね。みんな、頑張ってそうしてお乳が出るようになるのよ。がんばってね。」

そういいながら看護師は笑った。

そんな思いをして、麻友のおっぱいはようやく赤ん坊が吸えるくらいになった。

あんなに張って痛かったおっぱいが、赤ん坊が吸ってくれたことによってたちまち楽になった。

その発見が麻友をおおいに感激させた。

命ってすごいなぁと思った。

こんなふうにして命が繋がっていくなんて。

麻友はそう考えて、ふと母がこの子を見たらどんなに喜んだことだろうと思った。

辛い思いをして、赤ん坊を産んだことを母に褒めてもらいたい衝動に駆られていた。

しかし、麻友が初めて母を必要だと、自分から感じたとき母はもうこの世にはいなかった。

母も、麻友を産んでこんなふうに自分の母親に思いを馳せたのだろうか。。。

麻友はそこまで考えて、ふとあることに気付いた。

麻友は、ほんとうにあの線路を枕にして死んでしまった父の子だったのだろうか?

麻友のようにかつての母も好きな男の子を身ごもったのではなかったのか?

一度そう考えてしまうと、それがまるで真実のことのように、頭から離れなくなった。

いろいろなことが、それが真実だったかもしれないと思わせるのだった。

いつの間にか、赤ん坊の吸っていた口から力が抜けていた。

見ると、すやすやと眠っているように見えた。

看護師が笑いながら言う。

「まだね、あかちゃんもなれていないから、すぐ、お腹もいっぱいになってしまうのよ。眠い気持ちのほうが勝ってしまったのかな?ゲップさせてね。そうそう、そうして背中をトントン…ね?そうそう。うん、じょうずじょうず。」

麻友はいい大人なのになんだか生徒になったような気分だった。

それでも、上手と褒められると悪い気はしなかった。

麻友は、赤ん坊をそっと寝かせた。

「私はとうとう赤ちゃんを産んだんだ。」

赤ん坊は、すやすや眠っていた。

今は、オムツ交換も沐浴も、病院でやってくれていた。

家に帰ると何から何まで自分でしなければならない。

明日から、そのための実技があるという。

この子は、私がすべてなんだ。

私がいなきゃ生きていけないんだと思った。

そう考えると、安心しきって眠っているわが子に限りない愛おしさが湧いてくるのだった。


今日はここまで 続く

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甲高い蝉のような泣き声を聞いた。

麻友の暗黒を通り抜けて、その赤子はやって来た。

下半身にビンと巨大なものが詰まっていた。

麻友は、云われるままにあらん限りの力を振り絞っていきみ、云われるままに、力を抜いた。

我を忘れるようなワラワラとした荒々しい痛み、それでも額には汗が玉のように噴き出したのを麻友は感覚でわかっていた。

「7月21日13時01分。はい、おかあさん、女の子ですよ。元気です。いい泣き声ですね。」

麻友は急に体が楽になったような気がしたが、されるがままに処置を受けたが、何をどうされているのかよく解らなかった。

大仕事を終えて、麻友は誇らしげな気分でいっぱいだった。

(女の子だったんだ。女の子って言った。そうなんだ。私、おかあさんなんだ。私のあかちゃん。)

麻友は自然に笑みがこぼれて仕方なかった。

さっき産んだ直後に見せてもらったが、麻友は顔を見ただけでは性別はにわかに判別はできなかった。

麻友は、こんな痛い思いをするのなら2度と出産なんかするものかなどと思ったりした。

麻友は、病室に戻った。

赤ん坊は新生児室にいるのでその間寝るといいと言われたが、初めのうちは興奮していて眠気なかなかやって来なかった。

泰敏は、「ごくろうさん。がんばったね。」と声をかけた。

麻友はそんな泰敏に心の隅で申し訳ないとはおもいながら、無事大役を果たした、健気な妻になりきっていた。

「見ました?あかちゃん。女の子だったのよ。」

麻友は思わずそう話しかけた。

泰敏は大きく頷き優しい笑みを浮かべた。

「僕はね、女の子がよかったよ。麻友、ありがとう。。。」

麻友はありがとうと言われて、急に赤ん坊が泰敏の子でないことを思いだした。

泰敏が、いつか本当の事を知る日が来るのだろうかと思うと急に不安になった。

それにしても、泰敏がこんなに優しい表情をするのを麻友は初めて見る気がした。

こんな一面が泰敏にはあったのだ。

麻友が泰敏を見ようとしなかったのか、泰敏が麻友にそんな面を見せようとしなかったのか麻友にはわからなかった。

泰敏はよその女にはそんな面を見せていたのではあるまいか。

麻友はそんなふうに感じた。

麻友の出産の際にいた看護師が部屋に入って来た。

「明日になれば大部屋に移ることになるので、今のうちに眠っておいてくださいね。そうでないと疲れるよ。赤ちゃんは、母乳を飲むから初めのうちは、おっぱいの出が悪かったりするとすぐお腹すかしてまた飲ませることになるのよ。何時間も寝ないうちに起こされるのよ。だから、今のうちにいっぱい寝ておきなさい。いっぱい食べて一杯寝て、母乳の出がいいようにね。明日から忙しいわよ。。。」

「解りました。じゃ、眠るようにします。」

麻友はそういって泰敏のほうを見た。

泰敏は麻友の視線を受けとめて静かに頷くと、気を遣ったのか、「ゆっくりお休み」と言って部屋を出て行った。

麻友は、目をつむった。

瞼の裏に良一の笑顔が浮かんでは消える。

良一の麻友への愛は今でも変わらなく麻友の方を向いているのだろうか。

麻友は自信がなかった。

このところ、良一にあまり逢わなくなってしまったことも一因ではあるのだろう。

でも、そればかりではないような気がした。

良一は変わってしまったような気がした。

間もなく麻友は深い眠りに落ちていった。

思ったよりも、麻友の体は疲れ果てていたようだ。

次に目覚めた時は、真夜中らしく部屋は消灯のため真っ暗だった。

僅かに、廊下から漏れる灯りで麻友は時間を確認した。

時計の針は午前3時を指していた。

おっぱいが張り始めていた。

後1時間もすれば、空はしらみ始めるのだろう。

麻友の産んだ赤子が初めて迎える夜明けだった。

生まれたばかりの赤子の目が見えるのかどうか麻友は知らない。

しかし、光は感じることができるだろう。

生まれてきたことを後悔させるようにはしたくないと麻友は思った。

麻友は、もう立派な母だった。




今日はここまで 続く

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