オレが自分は夢遊病なんじゃあないか、と疑うようになったきっかけは、
歴史の教科書だった。




そう、歴史の教科書といえば落書き。落書きといえば歴史の教科書。




他の男子生徒のそれと同様に、オレの教科書の聖徳太子やらペリーやら板垣退助らは、
全て豪眉で、眼球は垂れ落ち、額には「肉」「米」「中」の文字が刻まれていた。


他にも、教科書の隅っこにはパラパラ(マンガの方)ドラえ○んが細胞分裂しているイラストや、
原哲夫風のサザエさん等、数々の名作が残されていたが、





ある日その中から、絶対に自分では書かないものが、発見されたのだ。






①難解な数学の数式・・・



前にも書いたが、オレは頭が悪い。その中でも特に理系の教科が大の苦手なのだ。
そんなオレの教科書に、(しかも歴史の教科書に)見たこともない、難解な数式が書かれていた。



それも一つや二つではない。ページの隙間にギッシリと。
パッと見るとそれは、まるで小さい虫が無数にはっているようにも見える。
初めてページを開いた時は、授業中にも関わらず、ゾッとして思わず声を上げた。


オレは、日常から変人扱いを受けているから、周囲はなんとも思わなかっただろうけど。



②周囲に対する、誹謗・中傷。


オレは周囲から「気持悪い」と思われている。暗いし、友達もいない。
「出来るだけ関わりたくないヤツ」ランキングで校内一位の男だ。


それは認める。しかし、オレは周囲のヤツらを憎いと思った事はないし、
何か具体的に制裁を加えようなどどは、思った事もない。


いや、いい人ぶるつもりは毛頭無い。そんなんじゃない。


「面倒くさい」のだ、単純に。

人と関わるのが面倒くさい。一人で結構。誰も近づいてこない事こそが快適。
どうぞこのまま放っといてくれ。と、思っている。


だが、教科書の落書きに現れた文章は

「全員殺してしまえ」

だの

「校庭の隅の焼却炉に、ガソリンのポリタンクを入れておいたら火事になるかな」

だの

「屋上で遊んでるやつなんて、簡単に突き落とせるだろ」


だの・・・・陰湿で、何かの憎悪に満ちている。



なにより、具体的だ。




これも初めて発見したときはゾッとした。誰かが勝手に教科書に書いているのだとおもった。
でも犯人の目星はつかない。筆跡からみても、オレが書いたとしか思えない。


オレじゃない。つまり「もう一人のオレ」が・・・・


そして、二学期最後の日、つまり今日。
その「もう一人のオレ」はこう書き記していた。


「今日、いよいよ決行する。」


今まではページの隅に書かれていた言葉。しかし今日は違った。
教科書の背表紙に、大きく書き付けてあった。


間違いなく、もう一人のオレが、オレに、何かを伝えようとしたのだ。




そして、退屈な終業式の最中に、いつものように眠りに落ちた俺が目覚めると、
そこは誰もいない教室。オレの机の中には・・・・・・





女子用のスクール水着が。持ち主はいわずもがな。
谷村さやか。







昨日のホームルームで盗難があった事が伝えられ、
クラス中が騒然となった原因の、あの水着だ。


決行って・・・・女子の水着盗む事かよ。
もう一人のオレの、犯行の小ささに安心はしたが、
我ながら情けなくもあった。





そして、オレの中には確信が生まれた。








オレは夢遊病か、それに近い病気だ。

今までは「変態」と、周囲に言われるだけで、

本人に自覚はなかった。

後ろめたい行為も、した事はない。

しかし、このまま行けば・・・このままでは、いつかもっと大きな事件が起きる。

すぐに手を打たなければならない。











よし、死のう。

ちょうどいいタイミングだ。

もう生きてる事そのものが、面倒くさくなってきていたところだ。

何より、オレは恋をしてしまっているのだ。



相手はよりによって我が校のスーパーアイドル、

全校男子の憧れの的、谷村さやかに。



想いは叶うことは無い。
というか伝わる事が先ず無い。
自分でもよくわかる。



相手にされるはずが無いのだ。






例えば仮に、オレが谷村に告白なんてものをしたとする。


結果は明白だ。




相手は、谷村さやかは、気持悪がって、
どのように対応したらいいか分からなるだろう。


つまり「引く」だろう。


周囲だって黙っちゃいない。俺に制裁を加える谷村ファンは
当然いるだろう。だがそれは小さいことだ。

大きな問題は、彼女自身の経歴に傷がつくということだろう。


「山田和夫に告白された」というのは、


女子にとって最も不名誉なことなのだ。間違いなく。







オレはもう、勉強や日常生活の全てが面倒くさい。

この先の人生に、何か希望があるわけでもない。

なりたいものはない。やりたい事もない。

オレごときがいなくなったって、

この世界が困る事なんて一つもない。


うん、死ぬための条件は揃っている。







だが、最後に一つ・・・・

やり残した事が一つだけある。




そしてオレは、池田伸樹を呼び出した。





というわけだ。