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2016-05-23 15:35:01

石母田さんの本はくたびれる 28.5.23

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●先週金曜日、昔の会社の九州支店のOBの懇親会に、本社からも幹部が大勢見えて八幡のホテルで行われました。
丁度、九州支店の新社屋の竣工ということで、本社から社長さん以下が見える、というのでOBも呼んでいただいた、という次第のようです。
総勢百名以上で、社友代表で挨拶を、といわれ、いい加減な挨拶をして、2時間近く立ちっぱなしでのパーティでした。40年前の上司だったH氏はじめ、お年寄りの方々は早めに引き上げられていました。
社長・副社長・専務などと肩書はたいそうなものですが、20年前には部下だった面々なので、腰の痛みも気にならず、気楽に終わりまで歓談できました。

●土曜日、久しぶりに豊前方面に道の駅巡礼に出かけました。宇島に新しい漁協の直販店ができる、と聞いて出かけたのですが、来月7日に開店だそうでした。漁師あつくる食事の店は営業していましたので昼食。甲イカずくしの定職を食べた奥様の評価は、新鮮で味は良いけれど値段が博多並み、もう少し安ければ、ということでした。ちなみに寅七が食べたイカ刺丼1300円はリーズナブルと思いましたが。


来月移転し新装開店する漁協直営「うのしま豊築丸」賑あっていた漁協直営店

●そのあと、豊前自由市場という直販店を訪ねました。10年ほど前に買ったすり身の天ぷらが今も同じ味で同じ70円だ、と、10枚も買っていました。ずいぶん前の値段を記憶しているわが奥様の記憶力に改めての驚きでした。

●このところ好天続きですが、どうやら下り坂です。折角段取りした高校同期のコンペが雨天中止にならなければよいが、とこればかりは神頼みです。

●石母田正さんの唯物史観について、『歴史と民族の発見』という著書を見つけ読んでみました。読んでみた、といってもちょっとくたびれる本で、津田左右吉の史観を批判しているところなども含め、観念論的なというか議論のための議論の感じの本です。
60年以上前に学寮でこのような議論をした時代もあったなあ、と昔を思い出させる本ではありました。

●昨日の古代史の会で『卑弥呼は福岡市付近にいた』という本の著者萱島伊都男氏の講演を聞きました。
有田遺跡出土の絹が本邦最古の絹、という本の内容ということもあり、「有田町おこしの会」の方々も多数見えて、いつもの倍くらいの出席者でした。
布田順郎・古田武彦・山田宗睦などの意見をまとめたもので、特に目新しい知見が入っている本ではありませんが、著者が地元修猷館高校出身ということもあり、地元町おこしグッズとしては使えるように思いました。
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2016-05-19 07:06:11

久々のベスグロ 28.5.19

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●運転免許証切り替え時期が近づき、高齢者講習を一昨日受けました。
幸い認知テストでは三年前よりも成績が向上している、と褒められました。テストは前回と同じパターンなので慣れたのでしょう。しかし3年後にはどうかな、もう免許証が不要になっている可能性の方が大でしょうね。

●昨日は大学同学科OBのゴルフコンペでした。年2回あっているのですが、昨年から最長老になってしまいました。
65歳以上の23人が太宰府に集まり、天気も良く汗ばむ気温で、腰が動いてくれたのか、去年は取れなかったベスグロ賞をいただけました。ただ同スコアが3人いて、年長者に譲って貰った賞でした。上がりホールで40センチのパットをしくじっていなければ悠々のベスグロだったのですが。

●一昨日JR駅ビルの本屋で、佐藤優氏の日本史、という惹句に目を留め、立ち読みしました。古代史関係のところだけ読んだだけですが、まあ、教科書と同じような定説で、誰かというと家永三郎の検定不合格教科書に似ていました。

タリシヒコは全く出ていず、『隋書』の記事も参照の項にもどこにもなく、「日出ずる処の天子」の国書は小野妹子が持参した、ということだけです。

「タリシヒコの謎」どころか、「消えていくタリシヒコ」の感がしきり、です。

●終戦後の民主化運動で、「タリシヒコ」の謎ときが進んだか、とみれば、歴史は民衆の歴史の発掘の方に向けられ、支配層関係の謎の方には向かなかったようです。
当時の民科歴史研究の旗手、石母田正の本ももう少し読んでみようか、と思っているところです。


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2016-05-14 07:19:47

錦織選手ちょっとはらはらさせられました 28.5.14

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●孫が帰って老夫婦二人の生活に戻りました。

●東京都知事の公私混同の無駄使いんどがマスコミの良い餌食になっています。北九州市の出身だそうですが、北九州市長選挙に出たらきっと通らなかった、と良い評判が聞かれない方が、遠い東京の都知事選挙に通ったことが不思議で、責められるべきは選挙民でしょう。

●ローマオープンでの錦織選手の調子は良いようです。準々決勝の試合を早起きして、期待して観戦しました。相手はフェデラーを倒して出てきた伸び盛りのティエム選手22歳です。
第二セットの途中、ブレークポイントの一打をアウトのコールでしたが、ボール跡を確認した主審がインと訂正したのですが、ポイントとはならず、プレー再開で、けっこくそのゲームを取れなかったのですが、錦織選手はこれにクサらず、勝てたのはさすがです。次の相手はジョコビッチです。お互いの体力勝負となるのではないかな。

●昨日は、「タリシヒコの謎」第三部の原稿にかからなければ、と終戦前後の、歴史研究に関係ある出来事を改めてチェックしています。
敗戦後は「ポツダム宣言」に盛られた政策が実施されたのですが、その宣言を読んだ記憶がなかったことに自身驚きました。
公職追放された方々をチェックしていて、原田大六氏が、戦時中の憲兵だったことから、中学校教職の職を解かれ、「考古学者」として生きる決心をされたことも知りました。
ついでに、原田大六氏が、調査結果をまとめ『日本国家の起源』を東大出版会から出した時の妨害などのネット記事を興味深く読んだりで、原稿書きは後回しになりました。

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2016-05-09 19:41:29

チャリティゴルフに参加しました 28.5.11

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●北朝鮮の党大会で、金正恩氏を党委員長においう議案が承認された、とTVが伝えています。あれっ今まで誰が党委員長だったのかな、今でも金王朝の御曹司でトップだったでしょうに、???です。

●熊本地震チャリティと銘打って、糸島のゴルフ場で熊本のしにせ高校、S高とK高の対抗戦が行われました。
天気予報が4時間ほどずれて、雨上がりの予定が霧雨最中で、前夜来の雨でコースがグチョグチョのコンディションでのコンペとなりました。
S高の最長老は4歳年長ですが結構足腰達者でよく飛ばされるのには感心しました。K高の最長老寅七もOBが出ないように気を付け、グロスで2位ダブルペリアハンディ戦で4位とK高のために一応貢献したのですが、残念ながら対抗戦はS高の4連勝という結果で終わりました。
熊本からの参加者もあり、皆さんの被災関係の報告から、被災地の大変さを改めて思い知らされました。
寅七のドラコン賞も含め「賞」はすべて、総額約8万円が被災地への義援金となりました。

●孫ノリキオが11日間我が家に滞在して、PC関係の修復や、なんだかだと老夫婦の連休中の無聊を慰めていくれました。またいつでも来るよ、と言い残して羽田行きの飛行機で帰りました。
また、PCを故障させて来させようか、と独り言を言ったら、どこからかそうしてね、と声が聞こえたように思います。

●タリシヒコの謎に、三省堂の日本史教科書が文部省の検定に通らず、それに対して『検定不合格教科書』として出版された、家永三郎氏の著書から、タリシヒコ関係の記事を探そうとしています。
現在までのところ、家永先生が「タリシヒコ」に直接言及したところを見ることができていませんし、第一、『検定不合格教科書』の中にも「タリシヒコ」の文字はありませんし、史料として『魏志』や『宋書』はあげられていますが、『隋書』や『旧唐書』はあげられていません。
やはり、この「家永教科書」は内容的に不合格だったのではないでしょうか。

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2016-05-08 07:04:27

錦織選手頑張りましたが残念 28.5.08

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●このところ連夜、錦織圭選手の応援で睡眠不足君です。昨夜というか今朝というかジョコヴィっチ相手に善戦しましたが、これで明日からしばらくじっくり眠れます。




●一昨日は、温水器の故障でシャワーも風呂もダメだし、山鹿の「つるばら」のピザを食べて「さくら湯」に入りにいくことにしました。




連休の谷間で道路もスイスイと行けました。顔なじみの西瓜やのおばさんは、「まだ時期が早いから値段も高いし月末ごろまで待ったら」と言います。「孫が東京に帰るので」、と言いますと、「住所を教えなさい、そこに送って上げる」と言ってくれノリキオは感激してました。


さくら湯は300円でその安さと内の広さにノリキオは驚いていました。背中を流しあったりで至福の時を過ごせました。





帰ったら、ノリキオ母から、母の日のプレゼントの花がノリキオ祖母に届いていました。




母の日贈り物






●石母田さんは、中国の史書の記事について???と思われる解釈をされます。石母田正氏が日出づる処の天子、と自称したことについて次のように述べています。





【(第二回の遣使で)倭王が従来の「大王」以外に、国際的に通用する新しい称号を設定しようとして試みたことが、これによって知られる。


同じ時代に、中国北方の雄蕃たる突厥の王が、「従天大突厥天下賢聖天子」という「天子」号を用いたことの結果として、ついに「大隋天子」の「奴」とされたのにたいして、倭王の国書問題が重大化しなかったのは、この段階における倭国の特殊な地位によるものである。


突厥は隋に対立する強大な雄蕃であったのにたいして、煬帝はこの時期に海東諸国、たとえば「流求」(今の台湾)をも招撫しようとしており、倭国にたいしても同様であったと見られるからである。】(同書42頁)


まずはこのように、流求国=台湾説をあたかも定説の如く、文注も付けずに叙述しています。





そして、『魏志』倭人伝に関して、卑弥呼の女王国は、狗邪韓国に始まって9国が書かれ、旁国として21国計30ヵ国とあるのですが、次のように29国と書かれています。





(卑弥呼はシャーマン的な面と)【もう一つの顔は、「親魏倭王」として外部を向いている顔である。後者は、第一に女王の統属下にある二八ヵ国の諸王にたいする対外関係によって、第二にそれらの諸国を代表して中国に対する国際関係によって規定されていた。】





寅七案ずるに、前者は、古代から王国が存在し高度の文明を築いていた琉球王国を侵略したのではない、これは蕃族居住地台湾のことだ、という説に飛びつき人民民主主義中国におもねったものでしょう。


後者は、半島南部に存在したと書かれている「狗邪韓国」が、倭国の一国である筈がない、というマルキストとしての朝鮮半島の方々におもねった意見かと思われますが。





●石母田さんの本を読んで、中国の史書の史料を勝手に読みかえるし、『日本書紀』と中国史書との齟齬についての言及もありません。文注に見えることの多い、井上光貞・直木孝次郎・坂本太郎等の史観にあわせているようである。





戦前のクビキから解放された、とは言いますが、石母田史観は既に大和一元王朝という戦前のクビキの中で培われていたようです。神話時代の『記・紀』が語る歴史は6世紀ごろ創作されたもの、という新味が加わっただけの史観が、石母田氏の中では成立してしまっているように思えます。





おまけに近年の政治国際情勢におもねったマルキストとしての判断が加わっているのは、果たして科学的歴史研究者と言えるのでしょうか。





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2016-05-06 07:15:31

神様の贈り物 28.5.06

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●孫ノリキオがGWなので寅七の要請にこたえて、PCの設定の応援に来てくれました。


やはり、最近のPC設定やホームページ移設などは若い人でも結構手間取るようです。まあ、慌てることもないし、と福博の珍味を堪能させようとしても、何やら自分の制作のことで頭はいっぱいの様子。PC関係だけでなく、進んで部屋の掃除をしてくれたり、老夫婦のGWにとって神様からの贈り物です。





●一昨日の夕方、階下のNさんがドアを叩き、「うちの玄関の照明


のところからしずくが垂れてくる、お宅でどこか水漏れは?」ということです。


キッチントイレ洗面所浴室、どこも水漏れの形跡はありません。ともかく管理会社に連絡をして原因を突き止めよう、ということで管理会社に幸い連絡がついて来てくれることになりました。





そうだもう一か所あった、と電気温水器の設置個所の扉を開いたら、1~2ミリ水がたまっているところがありました。雑巾で絞りとりNさんにそのことを知らせ管理会社から派遣された検査員が見え、温水器の底部からわずかな水漏れが発生していたことが判明。たしか20年近く使っているので経年劣化によるものか、今回の熊本地震の揺れによるものかわかりませんが。




●昨日は宗像のSさん宅でBBQパーティお呼ばれがあり、ノリキオもサービス係の役を務めていました。




BBQ


帰りには、寅七では飲酒運転になるし、相棒は夜の運転、最近自信がないという老夫婦を車で連れて帰ってくれるなど、もったいない神様の贈り物Ⅱです。



●井上光貞先生の「タリシヒコ」関係の叙述を一応まとめて、さて次はというところです。


井上先生の師坂本太郎さんを上げるのが流れとしては良いように思ったのですが、そうすると、タリシヒコの謎は完結の方向に向かってしまいます。


やはりここでは戦後のマルキシズム史観ではタリシヒコはどのように取り扱われていたのか、を見ておく必要があると思い、石母田正先生の意見も見なくては、と石母田先生の『古代国家の成立』岩波書店1971年を開いています。





今ではお目にかかれないと思いますが、本の中にところどころに、いわゆる「文注」が入っています。その「注」には、普通は自分の著書や著名な定説的な方の書物名の参照個所が挙げられています。





この石母田先生の著書には、数えてみましたら文注として、井上光貞21、直木幸次郎13、坂本太郎8、にマルクス・レーニン23のの文注が挙げられていました。


当時の雰囲気を示しているのでしょうが、半世紀たった現在の目には、ちょっと信じられません。




肝心の石母田正し先生の「タリシヒコ論」を探したのですが、隋に使者を派遣したのは推古朝であり、聖徳太子が送ったのは自明のこととされるのか、タリシヒコは誰、ということについての論議は全くありません。あるのは、天を兄にして日を弟にする、という俀王の考え方についての論議です。




石母田先生は、支配階級の結集の仕方、権力の集中についての段階の説明があり、天皇号の成立に関して、書紀にみえる朝鮮三国への詔にある「明神御宇日本天皇」という称号についての見解を述べた後、次のように述べています。





【倭国王の称号が問題になるもう一つの場は、隋との国交である。百済・新羅の上表にたいしては必ずしもつねに文書の形式での対応は必要でないが、隋との国交は、諸蕃の王としての朝貢関係にはいるのであるから、かっての倭王武の上表文のように、表をたずさえてゆくことが必要条件となってくるからである。





前記のように、隋の皇帝にたいして、「大国」たるの地位を承認させ、それを新羅にたいする外交上の圧力とすることが国交の基本的目的とすれば、称号の問題もそれの重要な一環であったのは当然である。





それは三回にわたる遣隋使派遣のなかで次第に具体化されてきた問題である。第一回の場合は、「倭王アリ、姓ハ阿毎〈アメ〉、字は多利思比孤〈タリシヒコ〉、阿輩雞弥〈オオキミ〉ト号ス」とあるから、倭王はこの時はまだ隋にたいして五世紀以来の「大王〈オオキミ〉」を称号としていたはずである。





問題は、倭王が自己を「天」と関連させた独特の仕方にある。隋帝が「此レ大イニ義理ナシ」といったのは、「天」と関連させたそのことにたいしてではなくして、自己の「姓」をアメ=天とし、あるいは天を「兄」とし、日を「弟」とするようなプリミティヴな、日本的な仕方にたいしてであったとみられる。中国では漢代以来、一種の自然哲学またはコスモロジーとしての「天」の観念が完成されていたから、その「天」と王を姓や血縁で結び付ける倭王の素朴な仕方が、「義理ナシ」と考えられるのは当然であった。





このとき、隋帝が「是ニ於イテ訓エテ之ヲ改メシム」とあるのは興味ある事実であって、十七条憲法の第三者における「天」と王権との関連のさせ方は、純粋な中国の思想であって、右の日本的仕方の痕跡さえみえないのは、それが中国に通用しないことを隋帝によって知らされた結果であろう。 





第二回の場合は、有名な「日出ヅル処ノ天子、書ヲ日没スル処ノ天子ニ致ス。恙無キヤ云々」の国書であって、隋帝をして「蛮夷ノ書、無礼ナル者有リ、復タ以テ聞スル勿レ」といわしめたものである。煬帝を怒らせたのはいうまでもなく倭王が「天子」の称号を用いたからであって、おそらく中国の「天子」の称号が、諸蕃国や四夷の上に君臨する世界帝国の君主の独特の地位をしめすものであることを知らなかったことからくるミスであったか、または「大国」の王としての気負いからきた勇み足であろう。】





この発言の中で自己の姓をアメ=天としたのが問題と言っていますが、『隋書』にはそのように阿毎=天というように、和語の阿毎を漢語の「天」で解釈するのは基本的に誤っていると思います。


その間違った解釈に基づく天兄日弟の論議は八百代言的なものとなっています。大いに義理ナシと思われます。





普通、隋との国交に関連して『隋書本紀』の流求国侵攻について触れる歴史家は少ないのですが、石母田先生は若干ふれられています。(長くなりますので次回まわしとします)

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2016-05-01 19:49:00

28.5.01 安全第一の引きこもりのつもりでしたが

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●ゴールデンウイークに入り、一番困るのが医療機関がお休みになることです。まあ重大事にならないように気を付けてGWをやり過ごすことを第一にしましょう。幸い明日はGWの中休みで普通の月曜日のようでホットとしています。


●PCの設定で、MicrosoftOfficeの2007版が必要になり、探してみたのですが見当たりません。記憶をたどって、昔誰かに貸したような夢を見た気がして、友人達にメールをしまくっているところです、面倒をおかけしている我が友よ、申し訳ありません。

●GW中の外出は控えよう、とは言いながら、料理にコメコウジが欲しい、と家内が以前買った記憶を呼び起こして、三瀬村のロッジにコウジが売っている事を確認して、出かけてみました。

曲がり田の里~ふく福の里~七山鮎の里~から三瀬へ。

三瀬の一番大きな産直物産店松ちゃんは新装開店で、人人人でした。どうせ混んでいるだろうからと有料三瀬トンネルを通らず、山越えで有料道路料金を節約して無事帰り着きました。


●タリシヒコノ謎について井上光貞氏の解釈を探しているうちに、金錫亨氏の『古代朝日関係史』と古田武彦氏の『失われた九州王朝』を併せて井上先生が批判されているところがあるのに改めて気付きました。

金錫亨氏のその本を読んでみました。


井上先生は、『宋書』等にある倭国王への叙爵記事についても、雄略天皇の実在が確かめられたので、金氏が言うような、「六国軍事云々の国々は半島から移住してきた人々の日本列島内の小国のことだ」というようなことはあり得ない、ときめつけます。

確かに、中国皇帝が、そのような朝鮮半島諸国それぞれの日本列島内の分国の支配権を与えた、それも百済を除外して、というのは無理があります。


金氏の民族精神的な判断力が先行した推論と思われますが、現実にこのような、古代の日本列島には朝鮮民族が進出して各地に王国を造ったという論、が現在の韓国高校教科書には記載されています。民族意識というものは難しいものです。


ただ、金氏のこの本を読んで、「ヤマトタケル・クマソタケル・イズモタケルの神話で、ヤマトタケルが勝利するが、これは、大和朝廷が熊蘇朝廷、出雲朝廷に勝利した話である。


大和朝廷一元論者の日本の歴史学者は「大和朝廷」のみを認めて、熊襲・出雲には朝廷を付けないのはおかしい」、というのは正論だと思われました。

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2016-04-29 07:25:25

春雨じゃ濡れて行こうは死語?28.4.29

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●昨日は、なんとか天気も「春雨じゃ濡れて行こう」(これももう死語?)程度で、雨の予報で欠席通知があった4名を除いて16名になりましたが時に小雨が降るなかで、昔の会社OBのコンペができました。

濡れてもよいように手袋を4枚持っていったおかげか、グリップが緩まず、スコアもまあまあで、3等賞をゲットし家へのお土産ができました。


やはり熊本に、会社でも元同僚親戚知人がいる参加者がほとんどで、話は「運不運」の話になります。まだ避難所暮らしを余儀なくされている友人、とか、家に赤紙が貼られ車上生活を余儀なくされている方などの話が沢山聞かれました。


日本列島という火山帯や地震帯が通り、台風の通り道という処にに住んでいるのですから、災害に遭わずに一生を過ごせたら、それだけで幸せと思わなければならないでしょう。


●新しいPC、結局初期化しました。とりあえず古いPCのファイルなどを移す作業は終わりました。ただ、メール設定が結構面倒で試行錯誤しています。このゴールデンウイークは暇つぶしの種は尽きません。

明日は孫ノリキオがPC回復助っ人に来てくれます。家内は早速どこに何御食べさせようか、とその方に集中しています。



●戦後の「タリシヒコ」論を誰から始めようか、ともかく戦後の古代史をリードしたとされる東大文学部国史科の井上光貞先生だろうと、井上先生の『日本の歴史1 神話から歴史へ』中公文庫と、『飛鳥の朝廷』講談社学術文庫に改めて目を通しました。


井上先生はホームページの「槍玉」に上がって貰っていません。井上先生のずっと後輩の大津透先生も槍玉にあがって貰ったし、井上先生何するものぞ!とこのところ時間があれば読んでいました。


『日本の歴史』の方は、7世紀初めまでで、「神話時代」が主です。しかし、「はじめに」のところで、明治時代の明治憲法がいかに歴史研究を束縛し、敗戦によりいかに自由に研究をされるようになったのか、を述べられていて参考になりました。


『飛鳥の朝廷』は6,7世紀を中心にして述べられるのです。いろいろと改めて勉強させられています。例えば、


【『隋書』によると開皇20年(600年)にアメタラシヒコが洛陽の朝廷に訪れたという】(243ページ)とありります。

30ページ程読み進むと、【推古朝の15年(607)(中略)妹子は隋都長安にたどりついたが云々】(269ページ)とあるのです。


推古15年は、大業3年では煬帝の時代で、隋都は長安(当時の地名で大興)だったはずなのに、と思って調べると、文帝の時代に大興城が計画され煬帝が完成させ、洛陽は東都とされたことがわかりました。井上先生は間違っていず隋都=長安と早呑込みをしていた寅七が間違っていたことを知りました。

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2016-04-24 18:44:13

熊本に行ってみました 28.4.24

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●最初の地震から10日。もうだいぶ落ち着いているのではないか、母の墓がどうなっているのかも確認したい、と出かけました。

出かけるにあたっては、可児から無理なことは止めて、と懇願されたのですが、もう落ち着いていると思う、みんなが活動始める前に出かけるから午前中には帰ってくる、と5時半に出かけました。


●高速道路はガラガラでした。菊水ICの近くの菊水GCまではいつも1時間10分ほどかかるのですが、1時間で和水町に入りました。国道3号は混むかも、と思い、玉名から有明海沿いを走り、熊本市南区の飽田町に7時過ぎに入れました。


●この道程で、民家の瓦屋根が落ちているところを見かけることもなく、ところどころ路面の亀裂を応急補修をしたであろう処は見えましたが、墓地の墓石の倒壊を見るまでは、被災地ということを忘れるところでした。

本家の墓は墓石が散乱していましたが、分家の当方の墓は新しいからでしょうか、全く無傷でした。

新しいからという理由ではないかもしれません、ただ運が良かったのでしょう、隣に最近建てられた真新しいお墓の墓碑銘板は飛び出していましたので。


●帰り道、キャンセルしようかと思っているゴルフ場の様子を見に寄ってみました。

時々小雨がパラッとくる天気でしたが、ゴルフ場は普段のように営業していました。

幸いゴルフ場は被害もなく、メンバーのみなさんも震災復旧に努められて、一段落したのかこの週末はご覧のようにプレイする方も普段に戻っています、ということでした。


●山鹿の安い給油所で106円で給油し、山鹿の物産店などを訪ねてみましたが普段の週末のように、というか朝早いのに結構混みあっていました。

イキナリダンゴ・カラシレンコンに植木西瓜も一個買って我が家に帰りついたのは11時前、5時間強の駆け足旅行でした。

帰りの高速道は支援の帰路なのか自衛隊の車列が続いていて若干渋滞気味でしたが、普段の週末程ではありませんでした。


●ブログ読者のK・Tさんから、HPに上げた「タリシヒコの謎」第二部についての講評と、恐れていた、変換ミスなどのご指摘が10ヵ所ほどありました。

熊本に出かける前に慌てて修正してHPに上げましたので、また、再度のミスが発生していないか、今チェックしているところです。


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2016-04-21 13:08:57

タリシヒコ考第二部HPに出稿 28.4.21

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●昨日朝のTBS系のテレビに30数年前に一緒の職場にいたすっかり年老いてはいるものの懐かしい顔が、南阿蘇村で元気にしている姿を見ることができました。


1980年代後半当時のグループバンド、CCBの人気は大したものでした。ドラマー兼ヴォーカルの笠クンを息子に持つ笠さんは、雀が鷹を産んだようなものだと同僚一同から大いにうらやましがられたものでした。


今回の大地震で幸い自宅は無事だった(かなり立派な住宅でした)、棚から器物が落ちていくらか被害が出た、と現在は農作業にいそしんでいるという笠一家とのインタビューの映像がずいぶん長く流されていました。


●パソコンは買い換えたものの、設定ミスというか、パスワードの入力(記憶)ミスで、どうやら初期化をしなければならないようです。

前回ホームページの設定をした作業がすべて初期化されてしまいます。もう一度最初からやりなおす、というので前回の手順を覚えているノリキオクンに再度来てもらうことにしました。

まあ、とりあえずは古いパソコンで用は足りていますので、のんびり構えています。


●「タリシヒコの謎」について、一応明治維新から太平洋戦争敗戦時までの分を第二部としてホームページにアップしました。

URLは次です。クリックしてみてください。変換ミスは充分チェックしたつもりですが・・・http://www.torashichi.sakura.ne.jp/tarishihikokou2.html  


明治憲法のもとでは、万世一系の天皇が大八洲を神代から統治していた、というくびきからはみ出ることが難しかった、ということがよくわかりました


ずいぶん昔、このブログで取り上げた本居宣長が天照大神が世界を照らすというのに、世界地図を見てみればそんなことはあり得ないことがすぐわかる、と反論した上田秋成との論争についても、明治時代の神国日本の堅苦しさと対比させるために改めて取り上げました。

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