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2014-10-01 08:59:37

アラがゾロゾロ 竹田恒㤗氏 26.10.01

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●先日から危ぶまれていた、昔から家族ぐるみで付き合いのあったN氏が亡くなり、昨夜通夜が営まれました。

腎臓病患者の社会復帰のために尽くしてきたN氏はあまり健康的とはいえない生活者の寅七よりも一つ若いにもかかわらず彼岸へ先立ちました。

お通夜には、北九州ではかなり大きな会場でしたが入りきれない参列者の波でした。花も200基以上あったかと思われました。花よりも、とノリキオ画白が描いてくれた絵を斎場に飾ってもらいました。

今日はお葬式でもうすぐ出かけなければなりません。


●先回の続きです。多利思北孤王の最初の遣使について、竹田恒泰氏は次のように書きます。

  【推古八年の遣隋使は『日本書紀』には記されていない。『日本書紀』の編集者は『隋書』を参照しているのだからこの『隋書』の記事を知らないはずはない。意識的に記述しなかったものと思われる。

  『隋書』によると、倭からの使者は「倭王は天を兄とし、日を弟とする」などと語り、隋の皇帝は「はなはだ義理がない」と軽くあしらったという。使者が無冠だったことも一つの原因だと考えられる。当時、倭には位階の制度がなかった。

  そこで推古十一年(六〇三)、聖徳太子により冠位十二階が制定され、わが国において個人を功労によって昇進させる制度がはじめて成立した。】


しかしこの『隋書』の記事の紹介は甚だ不完全です。


① 天を兄として云々の後に、「王の妻は雞弥と号する。後宮に女が六、七百人いる。太子を名づけて利歌弥多弗利となす。」と続いているのですけれど、なぜか竹田さんはこの肝心の当時の天皇の係累を示す貴重な資料を取り上げていません。


② この竹田さんの説明では、使者に冠位が無かった、という説明ですが、「太子を利歌弥多弗利となす。」に続いて、【内官に十二等ある。大徳、次は小徳、次は大仁、次は小仁、次は大義、次は小義、次は大礼、次は小礼、次は大智、次は小智、次は大信、次は小信、員に定数はない。軍尼一百二十人あり、なお中国の牧宰のごとし。八十戸に一伊尼翼を置く。今の里長の如きである。十伊尼翼は一軍尼に属す。】とあり、俀国には冠位もあり官僚組織も備わっていたと見られるのです。


隋との国交開始で冠位制度が整えられ、その後の説明が『隋書』の【内官に十二等云々】の記事になったと竹田さんは仰りたいのかもしれません。


しかし、小野妹子が持参した国書と竹田さんが云う「日出づる処の天子云々」の事件の前に、この「内官十二等」の記事があるのですから、どう考えても俀国に冠位制度がなかったというのは無理筋で、『日本書紀』の冠位制度創設の記事に合わせるための、強弁的説明です。


③竹田恒泰氏は次のように天皇の姓について述べます。

  【中国から冊封を受ける国の王は、中国皇帝から姓を与えられる。倭の大王もかって「倭」という姓を与えられていたとみられる。倭は律令国家を成立させる過程で中国の制度を積極的に取り入れていくも、倭が冊封体制を抜け出したことにより、大王は自ら姓をもたず、氏姓を与える存在になった。そして現在に至るまで天皇家には姓がない。】と。


しかし、『隋書』には、俀王多利思北孤は「姓は阿毎」と記しています。素直に読めば、俀王は「アメ」又は「アマイ」という姓があったということになります。それなのに「天皇には姓がない」という結論と結び付くのでしょうか。

【倭(やまと)は中国から貰った姓だから、中国の冊封体制を抜けた以降は姓がない】、と竹田さんがいうことは、日本側の記録を観ると???です。『日本書紀』『続日本紀』には連綿として、「天・倭・日本(やまと)」という和風謚号が用いられていることについて、天皇家の末裔に繋がる竹田さんはどう説明できるのでしょうか。


天皇家と多利思北孤王とは関係が無い、とか、『隋書』にある「姓」は名字であり、天皇の姓は「カバネ」の意味である、などなにかの説明をされる必要があるでしょう。


[和風謚号](皇極天皇以降)

皇極(天豊財重日足姫)、孝徳(天万豊日)、天智(天命開別)、天武(天渟中原瀛真人)、持統(大倭根子天之廣野日女尊)、文武(倭根子豊祖父)、元明(日本根子天津御代豊国成姫)・・・以下日本根子・・・、天・・・の和風謚号が続く。


ともかく、竹田恒泰氏の論述は、ちょっと調べるとアラがゾロゾロと出てきます。『奴国がわかれば「邪馬台国」が見える』の方は大丈夫か、といわれそうですが。

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2014-09-26 19:33:30

竹田恒㤗氏の天皇の歴史観 26.09.27

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●やっと秋らしい聞こうとなりました。台風16号も温帯低気圧に衰弱し、ということで木曜日は、強風高潮注意違法は出ていましたが、ゴルフ可能の日和になってくれました。

火曜日の3クラブ対抗では最後に11打を打つ大崩れを演じましたが、今日はその轍を踏むまい、と心してのスタートでした。

が、やはり体力不足なのでしょう、最終ホール、ここまでティーショットに大きな乱れはなかったのですが、左ドッグレッグに合わせる形のドロースイングは不得意なのに、ついドローボール陽のスイングになってしまい、ボールは初OBとなり林に消えました。

狙ったベスグロ優勝は逃しましたが、準優勝で賞品に、孫娘に送ってやれる立派なケーキを貰えました。


●まだまだ、本についての礼状を書かなければならない先が残っています。このところ恒例になった朝の仕事です。

いろいろな本、ご自身の著作やペーパー、また、自分が気に入った本を読むようにと勧めて下さったり、はたまた、ご自分の邪馬台国論を文章にまとめ開陳される方など、返信するにも目を通さなければならず、結構一通の礼状書くにも手間取ります。まあ時間はありますけれど。


●本業の古代史本批評の方まで手が回りません。武光誠氏の本の批評も中途半端になっています。

たかじんのそこまで言って委員会のメンバーとしてマスコミに注目される発言をしている、竹田恒㤗氏が古代史に着いてかなりの本を出しています。

古事記についてもかなり面白い見かたをしていて、批評の食指は動いたのですが、竹田さんの基本が不確かのようですので、見送っていました。

しかし、復古調の世の中に水を得たのか、『旧皇族が語る天皇の日本史』という本を出されるようにまでなりました。

日本古代史の大きな謎、「多利思北孤王は何天皇なのか」について、旧皇族は自分の祖先の謎にどう迫っているのか、どのように理解しているのか、興味を持って読んでみているところです。

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2014-09-21 23:18:38

古代の穿孔技術 26.09.21

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●先週の3クラブ競技役員対抗戦は心配していた練習不足に寄るドライバーショットの乱れは幸い出ませんでした。しかし、アプローチやパットの小技が前半は全くコントロールが利きませんでした。出だしのホールでアプローチミスと4パットをやらかしてしまいました。

このところ慣れない礼状書きや本の正誤表などについてのお詫びなどの文章を書くことが多く、右手首から上腕がしびれる感じで、球をうまくコントロールできずズルズルとヒッコずって前半を終えました。

後半は手首の調子も戻り、普段のスコアにまとまり、トータルでネット3アンダーで終えることが出来ました。ただ皆さんの調子もよく62名参加で14位という章にありつけませんでしたが、久しびりのグリーンで気分よい一日でした。


昔からの知り合いN氏を見舞いに末娘が千葉から来てくれました。

四十日前息子が見舞った時にくらべ、病床での状態は一段と厳しくなっているようにみえました。もう本は読めませんとのことで、チラシを見せ、次ぎの本を書きますか待っていてください、と言ったら微かに頷き手を差し伸べてくれました。


●末娘に家内が、餃子ならあそこ、回転寿司ならあの店、ピザは、やはりあそこまで行かなければ、などでB級グルメ回りの運転手役の5日間でした。家内にとっては何よりもの楽しい時間だったことてしょう。先程空港迄送ってきました、Nちゃんありがとうございました。


●本が届いた、と沢山のかたからいろいろとご意見を頂いています。本の内容についてのご意見、多くは寅七の知識の浅さからくるものですが、その事については「生後評」で納まらない分については改めてまとめなければならないか、思っています。ただ論述の論理についての指摘がないことについてはホッとしているところです。


●ご意見というかご自分の古代史に関する経験や意見について述べられていることのなかには、次のような興味ある事柄もありました。


・志賀島出土の金印の五文字のうち、漢の字だけが特に大きい。その意味も解説して欲しかった。

小豆島 は別名大野手比売と古事記にある。小豆島には大銅鐸が出土している。「野」=「奴」であれば、大野手は大ヌデ(銅鐸)ではないか。奴国がヌ国であれば、銅鐸の国という意味もあるのではないか。

古代の技術レベルは現代人の想像を超える。玉に穴を開ける技術の証拠を示す出土品を持っ

ている。玉の両側から孔を開ける作業をしてその孔が食い違っているいわば失敗作と思われるもの。

改めて志水史夫『古代日本の超技術』を引っ張り出して、古代の穿孔技術について読み直し、現物を見せてもらえないかと頼んでいるところです。











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2014-09-14 19:32:03

古田先生の電話でホッとしました。26.09.14

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●やっと梅雨が明け、夏がいつの間にか過ぎて、秋冷の候となっています。

献呈本の送付先名簿の不備による返送本の処置や、校正作業の不備による正誤表の取りまとめ、販売促進のための作業などで手ん手古舞いの半月でした。


特に「校正畏るべし」という警句は明治時代に福地桜痴が言った言葉だそうですが、今回特に肝に銘じているところです。正誤表をさてどのように届けるか、今から販売する分については出版社に任せるとしても献呈本の送り先については当方が責任を持たなければならないでしょう。


●その間、沢山の方々から励ましのメールや便りをいただきました。ご自分の著作や作品を恵送いただいたり、お祝いなども頂きその対応にこの三連休をあてようとしているところです。


先日、ある古代史の会で本のPRをしていまして、「古田先生から叱られるのではないか」、と真顔で忠告を受けたりしました。「本を読んでいただくとそのような心配は無用ということが分ると思います」とこたえましたが、心の隅では古田先生の反応は気にしていました。

今夕古田先生から電話がありました。「読み終わったよ。筋が通っている論述だ、皆さんにPRしてあげようと思っています」という趣旨でした。


●これで今夜から安んじて眠れます。明日は久し振りのゴルフです。この1カ月、本の出版に伴うデスクワークでしたので久し振りにゴルフクラブを手にします。

所属コースに関係する3クラブのクラブ役員の対抗戦です。ゴルフクラブの役員は、勿論ゴルフ好きの集団の選りすぐりですから、どうなることか、古田先生の電話で張り切り過ぎるかも知れませんが、それが吉と出るか凶とでるか?



2014-09-08 19:51:42

福永伸哉氏の三角縁神獣鏡卑弥呼への特鋳説 26.09.08

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●世の中は錦織選手一色です。明日また勝てばどうなることでしょう。なんだか勝つような気もします。

60年前、日本にオーストラリアのプレイヤーが日本に興業でやって来ました。どこで見たのか田園コロシアムだったと思いますが、オーストラリアのローズウォールとセグラがメインでした。

ローズウォールの華麗なプレースタイルよりも、パンチョ・セグラの俊敏な動くに目を見張りました。これだったら日本人でもやれるスポーツではないか、と思ったことでした。見よう見まねでバックハンドの両手打ちを真似したりもしました。


錦織選手がたとえ明日負けたとしても、テニスが日本人でもデカイ外国人に対しても十分対等にやれるスポーツだということの証明を、錦織選手がやっと実現してくれました。(60年前、熊本というテニス後進地での硬式テニス揺籃時代を過ごした寅七の感慨です。)


●昨夜は地域の花火大会でした。現地の浜辺まで1キロくらいなのに、マンションの廊下から眺める、というズボラな花火見物でした。

マンション居住者の方々も同様な考えの方が多かったようで、最上階は賑わっていました。小さなマンションですが、お付き合いで本を買って下さった方も世帯数比でいくと10%強ですから、これで本の売れ行きを占えればよいのですが・・・。


ベランダから見る花火

●三角縁獣神鏡の研究で、対外的に発信している研究者としてはNO1と思われる福永伸哉さんの最近の講演内容を読みました。(学士会U7誌VOL57)


三角縁神獣鏡は卑弥呼への下賜鏡という説が、王仲殊氏の「中国産ではない、中国では全く出土していない、日本製であろう、呉の工人が日本に行って造ったものであろう」という説で滅びかけた説を盛り返すための力説のようです。


国内製ではなく、魏が卑弥呼のために特別にあつらえた鏡である証拠を、鏡の鋳造時の鈕孔の形状から、国内で発掘される三角縁神獣鏡の鈕孔の形状は、呉鏡と共通点はなく、魏鏡との共通点がある、だから王氏がいう呉の工人作製説は間違っている、やはり魏朝が卑弥呼に特鋳した鏡だ、ということのようです。


三角縁神獣鏡もその紀年解釈に問題があることは棚に上げられて論じられています。それに、王氏の立論は、①三角縁神獣鏡は中国では全く出土していない。②それなのに、未開の地の日本に三角縁神獣鏡という鏡が存在する。③だとすれば中国から(呉から)工人が日本へ渡って作製したのであろう。④呉の関与を示唆する鏡面の文字も存在するから「呉の工人」説となったのでしょう。


鈕孔の研究から呉の系統の製造工程に合わない、といって、王氏がいう「三角縁神獣鏡が中国から全く出ないから中国で製造されたものでない」という立論を覆せるものではないのでは、と思います。

日本における弥生時代のもう一つの青銅器「銅鐸」の製造技術を持っていた畿内の鋳造技術者の関与についての見解も福永氏の見解を聞きたいものです。


●やはりというべきか今回は無いだろうと思っていた校正ミスが、読者の方々のご指摘で6か所になりました。

出版社と相談して正誤表を付けるようにして、献呈先にはメールで送ろうか、と思っていたら、熱心な読者K氏が、「正誤表作製はもう一晩待って。今夜最終チェックをしてあげるから」と言ってくれますので、今夜の正誤表の送付作業は中止しました。


2014-08-31 18:54:47

本が出来あがりました、販売協力お願いいたします。 26.08.31

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●本ができあがりました。

出来あがった本


早くも知人から、出版おめでとう、Amazonに早速注文しました、と今朝メールが入りました。びっくりしてAmazonをチェックしてみましたら予約を受け付けていました。


別のブログ読者の方からも注文が入りました。献呈本の送付作業に注力していましたが、販売の方もうかうかできません。


著作者が販売する責任部数の事もありますので、出来れば当方に直接申し込んでいただきたいものです。Amazonのようにスピーディに処理はできないと思いますが、著者特権で値段は下げることが出来ます。(Amazonですと1600円+税で1748円です)


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            記

口座名: ゆうちょ銀行  口座記号 01720ー8ー  口座番号 68662(右詰め)
加入者名: 中村通敏出版会
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お振り込みいただいたら、ほぼ7~10日ではお手元に届くと思います。よろしくお願い致します。

2014-08-27 18:37:12

本のチラシが出来ました 26.08.27

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●孫は来て良し、帰って良し、とはよく言ったものです。1週間の滞在が終わって昨夜最終便で帰京しました。明日から台湾の大学での若者の討論イベントに参加しなければならないというのに、ババジジと温泉巡りをして、部屋に落書きを残していったりそんな若者の特権うらやましい限りです。

帰った後ノリキオがいた部屋を片付けていたら、ふすまの片隅に西瓜の鉛筆で落書きなどして帰っていました。他所でしたら大変だなあ、と笑っておれるのは孫に対して甘やかし過ぎかもしれません。


西瓜の落書き 落書き


●山歩塾塾長のブログが終了となったようです。体力的に山登りが出来なくなったので、ということが理由というように最後の出稿で述べられていました。

山についての思い出話など書いてもらえれば良いのに、と思いますが75歳過ぎても頑張ってこられたのですから、ご苦労さまでしたとしか言いようがありません。本当にご苦労さまでした。


●『奴国がわかれば「邪馬台国」が見える』が9月1日に発売ということになりました。

出版社から「宣伝チラシ」が送って来ました。

今回の出版には海鳥社もかなりリスクがあるのを社長さんが無理して下さったので、少しでも売り上げに協力しなければ、と旧友K氏の骨折りで大学生協回りなど、青少年向けの売り込み先などの営業活動を始めているところです。


本の宣伝チラシ クリックすると拡大します。

26年夏豪雨災害で世の中は大変のようで、なんとなく申し訳ないように思ったりしています。そういえば、『鏡王女物語』の出版時も311東日本大地震の直後で、3ヶ月ほど遅らせ、その間義援金集めの活動をしたことも思い出します。


2014-08-20 08:23:46

タイトル付けの難しさ 26.08.20

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●息子とその愛犬二頭が台風と同じように東に向いて去って行きましたが、入れ違いに孫ノリキオが祖母の病気見舞いと称して下ってきました。


この春、高知に教育実習で父方の祖母としばらく同居していたのですが、その間にビール好きの高知の祖母から違う方面の教育実習も受けたようで、「ボクビールが飲めるようになったよ」と言います。

久山のトンカツ屋でノリキオと初めて乾杯をしました。

初 初めての乾杯

コップ半分で顔が赤くなり、「飲めるようにはなったけれど、なにがおいしいのかわからない」と言っていました。


●『奴国がわかれば「邪馬台国」が見える』の校正作業が終わり、表紙と帯の検討に入っています。

タイトルについては、出版社の意向がつよく、邪馬壹国案は潰れました。

【奴国〈なこく〉が奴国〈ぬこく〉であることが分れば、邪馬台国(やまたいこく〉が邪馬壹国〈やまいちこく〉である、ということが見えてくる】というこちらの意図を果たして分ってもらえるかなあ、と心配はしています。

その分、サブタイトル的に帯でカバーしたい、と思ってはいますが。


●ノリキオの希望で、雄大な阿蘇の景色がみたいという希望もあり、ゆこゆこネットで宿をさがして出かけることにしました。


2014-08-13 19:10:16

世の中は盆休みですが 26.08.13

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●中学の傘寿祝いの会、熊本のデパートの会場を30人位、という話で予約していて、先月末では17名の参加希望で、困ったなあ、場所を変えなければいけないかなあ、と心配していましたが、今月に入ると参加希望者が増えて25人になったのでまあ、ひと安心しているところです。


ですが、今度は、まだ3カ月先なので、体調不良でキャンセルする人が出ることも考えておかなければならないだろう、などと考えたりすることはやめないと精神衛生上良くないようです。好き好んで幹事役にシャシャリ出た自分が悪いのですが。


●息子が老父母の見舞いに来てくれました。それも愛犬、鳥猟犬2頭連れです。朝夕のトイレを兼ねての散歩が当方にも結構良い運動になりました。


台風に逆らって九州入りし、3日滞在して、各地の犬仲間のところに挨拶しながら、盆休みの帰省ラッシュに逆らって帰京という考えのようです。結構無茶な旅程を組んだり、一体、誰のDNAを継承しているのだろうか、など思ってしまいます。


香椎浜の散歩 香椎浜の散歩

●『奴国がわかれば「邪馬台国」が見える』の最終校正稿が届き、世の中盆休みで何処に行ってもお子さん連れで賑あっているでしょうし、ゆっくりと家に籠って校正作業をしています。


三回目なのにまだ見落ちがあることには我ながら苦笑いするしかありません。また、参考図書からの引用文が果たして正しいのか、と参考図書から該当箇所を探し、チェックするのに結構手間取っています。そのような箇所には、参考図書の000ページとか書いておかないといけないかなあ、など考えたりしていると結構時間がかかるものです。


●今度の日曜は久し振りにグリーンに出る予定ですが、台風一過夏が戻るというのではなく、丸で秋雨前線が早めにくるみたいな笠マーク続きの天気予報です。まあ、気温は高いし多少の雨なら我慢できるかな、雷様さえ来なければ、と願っているところです。


2014-08-06 08:56:11

若き日の寅七 26.08.06

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●エアコンをかけ過ぎたのか夏風邪を引いてしまいました。クリニックに行き薬を貰って、ビールも2日間我慢したらやっと風邪の神様も立ち退いてくれました。山歩塾のブログも更新されていてホッとしましたが、当方の方が遅れ気味になっています。


●昔の仲間のU氏が県を相手にダム工事への公費支出反対訴訟の第一審に勝訴した、とK氏が知らせてくれました。

県が控訴し福岡高裁で第二審が始まる、というので昔の誼で高裁に出かけて初めて裁判というのを傍聴しました。初回というので、訴状の内容の確認的なものだけで、次回の日程を決めて15分ほどであっけなく終わりました。

このような調子なら何年もかかるのは無理ないようです。その熊本県の天草の路木ダムは、裁判には勝ったけれどダムは既に今春出来あがっているのです。法曹の世界の時間の流れは別世界のもののようです。

ともかく55年ぶりに見るU氏は、白髪になって姿も前かがみになっていましたが、意気軒昂としていました。


路木ダム集会1 福岡高裁前の支援者集会


●その集会に旧知のK氏も来ていました。彼は昔マスコミ人でした。帰りに近くの喫茶店で雑談していて小保方さんの話になり、わたしの勘では白、というのに対し、彼は灰色という意見でした。昨日、彼女の指導者笹井氏の自死によってますます混とんとしてきているようです。


●昨日の朝日新聞は、従軍慰安婦の記事の検証結果、吉田清治氏の記事を取り消す、と発表していました。それにしても、20年以上経っています、なぜ、検証できなかったのか、という朝日の社内体制について検証する必要があるのではないか、と思いますが。


●ノリキオ画伯からの誕生祝いのメールに、寅七の若き日の姿的なポンチ絵が描いてありました。居酒屋の片隅で、首にタオルを掛け、本を片手に塩の小皿の塩をなめながら、銚子を前にしている姿です。このような姿をイメージするタネをどこから仕入れたのか、不思議です。

happy birthday!


●海鳥社から『奴国がわかれば「邪馬台国」が見える』の出版予定日8月25日という連絡がありました。チラシが出来たら宣伝にかからなければ、と思っています。

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