あるところにAさんという探検家がいた。


Aさんは世界中のあちこちを探検しては、それまで知られていなかった様々な遺跡を発見していた。


また、別のあるところにBさんという考古学者がいた。


Bさんは世界中のあちこちの遺跡を本格的に発掘調査して、様々な研究成果を上げていた。


さて、Bさんは以前からAさんの仕事の成果に興味を抱いていた。


というのは、AさんはBさんの研究対象であるような遺跡を次々と発見していたからである。


実際、Bさんは、Aさんがある遺跡を発見したという知らせを聞くと、いち早くそこへ駆けつけ、本格的な発掘調査を行っていた。


そして、Bさんはそこから様々な未発掘の遺品を探し出しては、何度も大きな考古学的な成果を上げていたのである。



さて、あるとき、Aさんがまた新たな遺跡を発見したというニュースが流れたので、Bさんはさっそくその遺跡に駆けつけた。


すると、Aさんはすでにそこを立った後であった。


そこで、BさんがAさんの発見した遺跡を発掘調査すると、そこからは、例によって未発掘の遺品が次から次へと出てきた。


そこはまるで行儀の悪い人が食い散らかしたパーティー会場の跡のようであった。


そこで、以前から、Aさんの仕事のいい加減さを嘆いていたBさんはAさんに抗議の手紙を書いた。



「拝啓、Aさん。


あなたは、いつも、素晴らしい遺跡を発掘されており、私はいつもその仕事振りに敬服しています。


しかし、本日は、そのあなたに一言申し上げたいことがあり、この手紙を差し上げました。


率直に申し上げますが、あなたの発掘調査のやり方はあまりにもずさんであります。


実際、あなたは、私があなたが発見した遺跡から様々な遺品を発掘し、大きな考古学的な成果を上げていることはご存知かと思います。


どうして、あなたはもうちょっと丁寧な仕事をされないのでしょうか。


ご自分で最後までお調べになれば、完全な発掘をすることが出来るでしょうに。


そうすれば、他人に良い仕事を横取りされることもありませんし、手柄はすべてあなたのものになるでしょうに。


私は、同業者として、見ていて、本当にもったいない気がいたします。


また、あなたが中途半端に知らせた遺跡に、私のような良心的な考古学者より先に、盗掘屋のような者が駆けつけて、未発掘の遺品を盗み出さないとも限りません。


そういう意味でも、今後は、ぜひとも完全な発掘をお願いしたい次第です。


今日は、それを言いたくて、筆を執りました。


乱筆、乱文、あしからずご了承ください。


あなたの友人、Bより。」



すると、Aさんから、返事が来た。


その手紙には、以下のように書かれていた。



「我が友、Bさん、こんにちは。


お手紙ありがとう。


いただいたお手紙に対して感謝すると共に、あなたが誤解されている2,3のことについて説明させていただこうと思います。



まず、第一の誤解ですが、あなたは私のことをご自分の同業者とおっしゃっています。


しかし、それは大きな間違いです。私はあなたの同業者ではありません。


あなたは考古学者ですが、私は探検家です。


つまり、私はあなたと同じ立場で同じ仕事をしているわけではありません。



次に、第二の誤解ですが、あなたは私に今後完全な発掘調査を行うようにと進言されています。


しかし、それも大きな間違いです。何故なら、完全な発掘は私の仕事ではないからです。


探険家の仕事は、世界各地を探検することによって、世に知られていなかった様々な遺跡を誰よりも早く発見し、世に知らせることです。


そのために必要な発掘作業を行うこともありますが、遺跡全体の完全な発掘調査は、必ずしも私の業務ではありません。


その作業は私がやらなくても、あなたのような優秀な考古学者の方にやっていただけることであろうと思っています。


つまり、私の仕事は『発見』であって、『発掘』ではありません。


私は発掘には何の興味もありません。



もう少し正確に言うならば、発掘というのは2種類あります。


ひとつは『発見でもある発掘』であり、もうひとつは『発見ではない発掘』です。


『発見でもある発掘』とは、それがどうすれば見つかるのか、見当も付かないようなものを発掘することです。


それに対して、『発見ではない発掘』とは、それがそこから見つかることが十分に分かっているところから発掘することです。


前者の例が、未発見の遺跡を発見するための発掘であり、後者の例が、発見済みの遺跡を隅々まで追跡調査するための発掘です。


例えて言うならば、前者は海に潜って幻の怪魚を捕獲する行為に似ています。


それに対して、後者はある小さな池の水を抜いて、そこにいる水生物をすべて捕獲する行為に似ています。


前者の仕事を成し遂げるのは至難の業ですが、後者の仕事を成し遂げるのは実際のところ金次第です。


そうすることによって、仮に小さな池の底から幻の怪魚を獲たとしても、そこに探険家として、何の栄誉があるでしょうか。


ですから、私は、一人の探検家として、『発見でもある発掘』には興味がありますが、『発見ではない発掘』には何の興味もないのです。


そういった仕事は、あなたのような分析上手な考古学者の方にお任せしたいと思います。



第三の誤解として、あなたは私が発見した遺跡を私自身が完全に発掘しなければ、盗掘屋によって遺品が盗み出されることを心配しておられることです。


確かに、無骨な盗掘者が貴重な遺品を手荒いやり方で傷付けたりすることはあるかもしれません。


しかし、あなたがおっしゃるような個人的な功績に限定して言うならば、私は、自分の残りの仕事を誰がやるのかについては、特に興味はありません。


何故ならば、一度発見された遺跡からすべての遺品を発掘するのは、結局のところ、誰がやろうとその功績については大差ないからです。


私自身はそういう『誰が得てもよい栄誉』には何の興味もありません。


ゲーテも言っているではありませんか。


「太陽が輝けば、塵も輝く」と。


偉大な仕事がなされたあとであれば、その恩恵によって、剽窃家のような連中が輝くこともあるでしょう。


それよりも、私はひとつでも多くの遺跡を発見し、世界中の人たちにそれを知らしめたいのです。


それこそが、私の一生の仕事であると思っています。



では、ごきげんよう。


あなたの友、Aより。」



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