イスラエルのある村に一人の青年がいた。


青年は病気を癒す不思議な力を持っていた。


ある安息日に、彼は一人の病人を見かけた。


そこで彼がその病人を癒そうとしていたところ、ある律法学者たちがそれを見咎めて言った。


「律法によれば、安息日に働くことは許されていない。」


すると青年は反問した。


「私の話を聞きなさい。


あるところにひとりの医者がいた。


彼はとても優秀な医者だった。


ある夜遅く、街の大金持ちの召使が彼のところにやって来て、言った。


『先生、助けてください。


うちの主人が急病で苦しんでいます。


どうか、治療をしてください。』


医者は夜遅いので断わろうとした。


すると召使はこう言って、再度頼み込んだ。


『夜遅いのは存じ上げております。


しかし、今すぐお越しいただければ、1000デナリお支払いいたします。』


(1デナリは約1日分の給与に当たる額である。)


それを聞いて、医者は夜遅くであるのにも関わらず出かけて行くことにした。


ところで、その道中、彼らは病気で倒れている人を見かけた。


貧しそうな身なりで、お金もほとんど持っていないようだった。


そのとき、医者は考えた。


『この者は、今助けなければ、明日の朝には死んでしまうだろう。


しかし、今、私が、この者を助けたところで、私には1デナリの稼ぎにもなるまい。』


そこで、この医者はこの行き倒れている人を見捨てて、金持ちのもとへ急いだ。


さて、ここでお前たちに問う。


この医者はこの行き倒れている人を見捨てることで、損をしたか、得をしたか。」


すると律法学者は答えた。


「得をしました。」


「いくらか。」


「999デナリです。」


「そうだ。


つまり、この医者は病人を助けるのではなく、見捨てることによって、999デナリの収入を得たというわけだ。


では、ふたたび、お前たちに問う。


病人を助けることが労働に当たるのであれば、病人を見捨てることもまた労働に当たるのではないか。


人間は、困っている人を見捨てることで、暗黙のうちに収入を得ているのではないか。


であれば、安息日に、目の前にいる病人を助けようが、見捨てようが、結局は律法に触れるのではないか。」


律法学者たちは何も言い返すことが出来なかった。


青年は病人を癒して立ち去った。



2007 (c) toraji.com All Right Reserved.