吉田修一の「ランドマーク」を読む! | 三太・ケンチク・日記

吉田修一の「ランドマーク」を読む!


吉田修一の作品は、以前「パーク・ライフ」を読み、このブログにも書きました。さて、次はなにを読むかなと考えていたら、T大建築学科のN教授が「ランドマーク」を読んだというので、次はそれにしようと思ったわけです。本屋で新刊を買うつもりで出かけましたが、その前にブックオフへ寄ってみたらあるではありませんか、この本が。ということで吉田修一の最高傑作長編小説「ランドマーク」は、ブックオフで市価の半額で購入したものです。


O-miya スパイラル」、重箱を少しずつずらして積み上げたような35階建ての高層ビル、この画期的な外観のビルが出来上がれば、各方面から注目を浴びることは間違いないと、犬飼は自負しています。このプロジェクトは犬飼が本格的に任された仕事である、ということですが、ここが僕にはわからない。コンペの準備期間から3年の歳月、施工が始まってからでも1年が過ぎています。犬飼は、基礎工事が始まってからは、1週間の半分近くは大宮駅前のホテルに泊まり込んでいます。妻の紀子はそういう生活に疑念を持っていないようにみえます。これ幸いと犬飼は週末は愛人の菜穂子の部屋で過ごします。都心の高層ホテルで、お互いにコールガールとボーイを呼んで、隣のベッドでセックスすることを提案されたりもします。「そう、本気の遊び。そうじゃないと、私、ちょっと苦しいんだよね」と菜穂子は言います。


九州から上京し、東北出身者が大半の組に入って、鉄筋工として大宮で働くようになった隼人。寮や現場で「キューシュー」と呼ばれているうちに、いつのまにか東北訛りが身に付いてしまいます。しかし東北訛に囲まれた職場になじめず、現場と寮の往復の日々に嫌気がさし、何か刺激が欲しいと思い、歌舞伎町のライブハウスで週末のほとんどを過ごすようになって2年が経ちます。英国製の男性用貞操帯をネットで購入し、装着しているが誰にも気付かれません。その貞操帯の鍵を大量に作って、「O-miya スパイラル」の各階ごとに埋め込んだりもしています。中華料理屋の店員、こずえと仲良くなり、こずえの実家にも出入りしています。結婚を申し込むがこずえからはいい返事が返ってきません。鉄筋工の同僚がホストクラブに出ていたりもします。


「ほら、設計士の人たちって、たまに、働きすぎておかしくなるからねぇ」と事務の安達が言うところがあります。だから犬飼は「設計士」ということになるんでしょうか。自分の職業、あるいは職能が、世間でどう理解されているのか?「設計屋さん」とか、「設計士さん」、「建築士さん」、等々、さまざまに呼ばれます。さすがに「建築家さん」とは呼ばれませんが、「建築家の先生」とは呼ばれたりもします。その中で唯一「建築士」というのは国家資格ですが、取らなければ気持ちが悪いし取っても食えないので、「足の裏についたご飯粒」と言われています。


犬飼は、モデルルームインテリアショップの店内のような、コンクリート打ち放しの壁のデザインマンションに住んでいます。妻の紀子とインテリアショップを廻り、CIBONEでラグマットを買い、IDEE SHOPで椅子を揃え、カッシーナで高価なソファを購入しています。自慢のコンクリート打ち放しの壁に堪えられなくなったのか、妻の紀子はヤフーで購入した毛皮で覆ってしまいます。「一日中、そのコンクリートの壁に囲まれてると、なんだか、一生そこから出られないような気がしてくるもん」と言って、体調の不良を理由に実家に帰ったままです。


「O-miya スパイラル」の建設現場で交差する「設計士」の犬飼と「鉄筋工」の隼人の二人。立場上、直接会話があるわけではありません。微妙な距離感ですれ違うこの二人、不安定な状態でかろうじて均衡を保っています。しかし、「破断したボルトは、まるで弾丸のように飛ぶ。そう、まるで弾丸のように飛ぶ。」「まるで巨人が大地に膝をつくように、ゆっくりとしたねじれが起こるのだ。そう、ゆっくりとしたねじれが起きるのだ。」「そう、ゆっくりと、ねじれ自滅していくしかない。」と、積み重ねられた不安定なねじれがやがて限界点を超えることを暗示します。こうして物語は読者に投げ出されたままで、突然終息をむかえます。「倒壊の陰にある希望、裏切りと同義語の救済。閉塞と共存する開放、虚構に身を隠す現実。」本の帯には村上龍氏絶賛!とあります。