1969 | No Surprises

1969

ご無沙汰しております。

1960年~2009年まで一巡しましたので、次どうしようか悩んでおりました、、、

とりあえす、タイトル※だけ変えて、二巡目に突入しようと思います。

※そう言えば あの時このうた~洋楽編 から 刻一刻:しだいに時間が経過する様 に変更





7月20日 - アポロ11号が人類初の月面有人着陸を果たす。

アポロ計画ではこれが五度目の有人宇宙飛行で、アポロ8号、アポロ10号に続く3度目の月飛行になる。また搭乗員すべてがいずれも過去に宇宙飛行の経験を持っているのは、宇宙開発史上これが2度目のことであった。

1969年7月16日、ニール・アームストロング船長、マイケル・コリンズ司令船操縦士、エドウィン・ユージーン・バズ・オルドリンJr.月着陸船操縦士を乗せたサターンV 型ロケットはケネディ宇宙センター第39複合発射施設から発射され、7月20日、アームストロングとオルドリンは人類として初めて月面に降り立った。コリンズ飛行士は、その間司令船で月軌道上を周回していた。

またこの飛行により、ジョン・F・ケネディ大統領が1961年5月25日の合同議会の演説で表明した「1960年代の終わりまでに人類を月面に到達させる」という公約(下記)が実現された(1963年11月22日に没したケネディは、この公約実現に立ち会えていない)。

"I believe that this nation should commit itself to achieving the goal, before this decade is out, of landing a man on the Moon and returning him safely to the Earth."

「私は我が国が、この10年間(60年代)が終わるまでに人間を月面に到達させ、なおかつ安全に地球に帰還させることを約束する。」






アビイ・ロード
(Abbey Road)は、イギリスにおいて1969年9月26日に発売された、ビートルズの12作目のオリジナル・アルバムである

本作の特色は、B面の大部分を占めるメドレーである。このB面のメドレーについて、ポールとリンゴは「B面のメドレーは僕らの最高傑作のひとつ」と発言しているが、ジョンは「A面は良いけどB面はちょっとね。あれはジャンク(ガラクタ)を集めただけだと思うよ」と些か否定的である



Abbey Road
Abbey Road





クリムゾン・キングの宮殿
(In The Court Of The Crimson King)は、1969年に発表されたキング・クリムゾンのファースト・アルバム。プログレッシブ・ロックというジャンルを確立した記念碑的な作品で、その後のロック史にも多大な影響を与えた。キング・クリムゾンというバンド名は、このアルバムのタイトル曲から取られた。

このアルバムが発表される以前にも、ムーディー・ブルースやピンク・フロイドなど独創的な音楽を追求する先進的バンドはいたが、本作によってプログレッシブ・ロックの扉は大きく開かれた。クラシックやジャズの要素を巧みに取り入れ、深遠なロックの世界を構築した。また、作詞専門のメンバーであるピート・シンフィールドの歌詞は、抽象的・神秘的な世界観を見せており、特に「エピタフ」での、「“混乱”こそ我が墓碑銘」というフレーズはロック史に残るものである。曲作りや演奏の面では、ロバート・フリップではなく、イアン・マクドナルドが主導権を取っており、スタジオで一番長い間作業していたのも彼であった。

「21世紀の精神異常者」ではギターのリフを前面に押し出したヘヴィなサウンドを、「風に語りて」や「エピタフ」「ムーンチャイルド」ではメロトロンやフルートを駆使した幻想的なサウンドが聴かれる。印象的なアルバム・ジャケットを手掛けたのは、画家のバリー・ゴッドバーで、鏡を覗きながら描かれた自身の自画像を発展させたもの。

「ビートルズの『アビイ・ロード』をチャート1位から蹴落としたアルバム」として紹介されることが多かったが、これは英国音楽誌「DISC」誌1969年11月8日号のデヴィッド・シューズの記事「遂にデビューアルバムが『アビイ・ロード』をトップから引きずり降ろした」を紹介したものと言われる。全英NMEでは最高5位(全米チャートは28位)というのが通説となっている。また、このアルバムの発売当時の広告に寄せられたザ・フーのピート・タウンゼントのレビューには「恐ろしいほどの傑作」と評されていた。



クリムゾン・キングの宮殿
クリムゾン・キングの宮殿





その他














(文章はWikipedia等から引用)