さて、社労士受験生にとっては超難関の判例とも言える「フォーカスシステムズ事件(最高裁判所大法廷判決平成27年3月4日)」ですが、実はこれ、「労働判例」というよりは「民法判例」の範疇に入るものです。

 

最近の社労士試験においては、「憲法判例」とも「民法判例」とも言えるような最高裁判例が出題されますので、社労士試験を侮ることはできません。

 

この「フォーカスシステムズ事件(最大判平成27年3月4日)」は、おそらく司法試験の労働法に出題されたとしても超難解な判例ですから、前編と後編に分けて解説したいと思います。

 

第1審、第2審(原審)は次のようになっています。

・第1審判決:東京地裁平成23年3月7日

・第2審判決:東京高裁平成24年3月22日

※最高裁判決で「原審」と呼ぶのは、一般的には第2審の「控訴審(高等裁判所)」における審理及び判決等のことをいいます。

 

そして、最高裁判所では「大法廷」に回付していますので、合憲・違憲の判断が必要な重大なものであるか、あるいは過去に最高裁判所自身が下した小法廷判決等を変更する重大なものであるか、いずれかであることを知っておいてください(そのような重大なものでなければ、第1小法廷、第2小法廷、第3小法廷のいずれかで判決等を下すことになっています)。

 

さて、最高裁大法廷による判決を解説する前に、この《前編》においては、「事案の概要」について確認していきます。どのような事案内容であったかを知らないと、最高裁判決の判示している内容が十分には理解できなくなってしまいますからね。

 

【事案の概要】

ソフトウェアの開発等を業とするY社にシステムエンジニア(SE)として雇用されていたA(労働者)は、長時間にわたる時間外労働や配置転換による業務内容の変化等(過重業務等による心理的負荷の蓄積)により精神障害(うつ病及び解離性とん走)を発症し、埼玉県さいたま市に所在する自宅を出た後、無断欠勤をして京都市内に赴き、鴨川の河川敷のベンチでウイスキー等をラッパ飲みするなど大量に飲酒する行為に及び、急性心不全等の疑いにより死亡したものである(死亡当時25歳)。

 

Aの死亡前1か月間における時間外労働時間数は約112時間、その前は105時間であった。

 

Aの死亡について、所轄労働基準監督署においては業務災害と認定され、Aの遺族であるその両親(Aの死亡による相続人は両親のみ)に対して、労災保険法による遺族補償年金及び葬祭料(以下「本件給付金」)として、合計1,020万円余が支給され、及び支給されることが確定していた。

 

Aの遺族であるその両親(原告ら、被控訴人ら、上告人ら、以下「Xら」という)は、子である労働者Aの死亡は、長時間労働や配置転換に伴う業務内容の高度化・業務量の増大等を原因として精神障害を発症し、正常な判断ができなくなった状態で大量の飲酒をしたことによるものであり、Aの業務を軽減する措置等を怠ったY社には安全配慮義務違反があるとして、不法行為(民法715条による使用者責任)に基づき、損害賠償請求を行った。

 

※ただし、死亡した労働者Aにも過失があったものとされ、「過失相殺」をするに当たってのAの過失割合は3割とされた。

 

Xらの主張内容は、Xら各々に対し約5,000万円余の損害賠償金(逸失利益及び慰謝料等)と遅延利息(遅延損害金)を支払え、というものであった。

 

(1) 第1審東京地方裁判所は、Yに安全配慮義務違反ないし注意義務違反の責任を肯定しつつも、「損益相殺(損益相殺的な調整)」として、本件給付金の額を遅延損害金に充当し、控除した額の損害賠償を命じた。

 

※ここで「損益相殺(損益相殺的な調整)」とは、既にXらが受け取った労災保険給付額(遺族補償年金及び葬祭料)に相当する額は、損害賠償金又は遅延損害金の額から差し引いて算定することができるというもので、法的には問題なく認められている。なぜなら、損益相殺をしないままXらの主張する損害賠償金等の額をそのまま認めてしまうと、Xらは、損害賠償額等の100%全額と労災保険給付の100%全額とを二重に(200%)受け取れることとなり、「二重填補(重複填補)」という不合理な結果となってしまうからである。

 

なお、「損益相殺」とは、不法行為などの被害者が、損害賠償額の算定に関し、損害を被った原因と同一の原因によって利益(保険金等)を受けた場合に、その利益の金額を損害賠償額から控除することをいいますが、不法行為について規定している民法において「損益相殺」が明確に規定されているわけではないので、裁判例においては「損益相殺的な調整」と呼ぶのが普通である。

 

(2) 第2審東京高等裁判所は、責任の成否については第1審の判断を維持し、Yの安全配慮義務違反及び注意義務違反を認めたが、「本件給付金」については、遅延損害金への充当ではなく、「逸失利益及び慰謝料等の元本との間で損益相殺的な調整を行うべき」であるとした。

そこで、Xらは最高裁判所に上告した。

 

 

【最高裁での大きな問題】

裁判所が損害賠償額を算定するに当たり、既に支給され又は支給されることが確定している労災保険給付の額について、損害賠償金又は遅延利息(遅延損害金)から控除できることに争いはない。

この点については、労災保険給付と損害賠償金等は「同一の性質(同質性)」を有するから、と言い換えることも可能である。

 

しかし、損害賠償金の元本から控除すべきなのか、それとも遅延利息(遅延損害金)から控除すべきなのかは、最高裁判所の小法廷判決そのものが分かれていた。

 

つまり、①遅延利息である遅延損害金から控除すべきとした最高裁小法廷判決(最2小判平成16年12月20日)と、②損害賠償金の元本から控除すべきとした最高裁小法廷判決(最2小判平成22年10月15日)とに分かれていた。

 

この裁判が審理されていた当時の民法における民事法定利率が「年5分」と高かったため(令和6年現在の民事法定利率は「年3分」)、遅延利息から控除するか元本から控除するかで、支払額に大きな差が生じていたのである。

 

死亡した労働者Aの両親Xらからすれば、遅延利息たる遅延損害金から労災保険給付分を控除してもらったほうが、受け取れる損害賠償金等の額が高くなるというものであった。

 

《後編》の最高裁大法廷判決の解説に進む前に、結論だけ述べておくと、死亡した労働者の両親Xらの上告は棄却された(上告棄却)。

 

つまり、既支給の労災保険給付に相当する額については、損害賠償(逸失利益及び慰謝料等)の元本から控除すべきとされたのである

 

最高裁判所大法廷は、上記2件の過去の小法廷判決のうち、①の最高裁小法廷判決(最2小判平成16年12月20日)のほうを判例変更したことになる。

 

とにかく現時点においては、「高田建設従業員事件(最3小判平成元年4月11日」を理解しておかないと、「フォーカスシステムズ事件(最大判平成27年3月4日)」を理解するのは難しそうだなと思っていただければ十分です。

 

いつ更新できるか、明確には言えませんが…

~後編に続く~