2015年8月20~22日の3日間,東京ビッグサイトにてYAPC::Asia Tokyo 2015が開催されました。
YAPC::Asia Tokyo 2015
http://yapcasia.org/2015/
詳細は公式サイトやgihyo.jpのレポート等々にお任せするとして,今回で10回目,そして,まずはYAPC::Asia Tokyoの形として最後ということもあって,個人ブログで初めて書いてみます。
ちなみにこれまではmixi日記でずっとログだけ残していたので,今回はそこから写真を使いつつ,写真で振り返るスタイルで。
■2015
会場はビッグサイト。
メインの国際会議場は1,000名の収容人数。
ほかにもいろいろなセッションが。
通路に座り見が出る満席セッションもあり。
無限コーヒー。このカップ,2種類のコードがあったそうです。
2,130名の参加者。
関係者・Perl Mongersの皆さんと記念写真も撮ってもらいました。ほんとはもっといろんなヒトと写真撮りたかった!
YAPCあるある直後の宮川さん,竹迫さん,和田さん,櫛井さんと。
牧さんと。
naoyaさんと。
ということで,2015,濃い3日間でした。
詳しくはgihyo.jpにて。
YAPC::Asia Tokyo 2015 スペシャルレポート
ではここから過去に遡っていきます。
■2014
会場は2年連続慶応義塾大学協生館にて。
クロージングキーノートは@typesterこと村瀬さんでした。
YAPC::Asia Tokyo 2014 スペシャルレポート
■2013
この年の会場はYAPCとして初めてとなる慶応義塾大学協生館での開催。
YAPC::Asia Tokyo 2013 スペシャルレポート
■2012
この年の会場は東大伊藤国際学術研究センター。
ちなみに,この年(2012年)は個人的には一番印象が強いかなー。10回のYAPC::Asia Tokyoの中で唯一,プレスの立場ではなく,名前が出るスピーカーの立場で参加させていただきました(モデレータとしてはこのあとに書く2010年で出たことがあり)。櫛井さんと事前MTGで話して生まれた企画でした。
Perl 今昔物語
http://yapcasia.org/2012/talk/show/ea24040c-db90-11e1-8a64-4c8f6aeab6a4
パネリストは,宮川達彦(@miyagawa)さん,小林篤(@nekokak)さん, 松野徳大(@tokuhirom)さん,伊藤直也(@naoya_ito)さん。モデレーターとしての参加でした。
YAPC::Asia Tokyo 2012 スペシャルレポート
■2011
この年の会場はYAPCでは最後となった東工大。今年のYAPCあるあるでも触れられていましたが,たしかに東工大の会場は広かったw
YAPC::Asia Tokyo 2011 スペシャルレポート
■2010
会場は前年に続いて東工大。
先ほど2012年が一番印象が強いと書きましたが,この年(2010年)はイベント全体としてすごく印象に残っているのと,自分としても思い出深い年だったと思います。
まずは2日目の宮川さんのキーノート。これまでたくさんのイベント取材してトークを聴いてきた中でも,自分の中でMVP的な内容じゃないかと思ってます(偉そうにすみませんw)。
なかでもこの一言のインパクトがすごい。
「Perl glues people together」。
すごいカッコ良い,すばらしいトークでした。終わった後の拍手の数がそれを物語っていたように思います。
あとは自分として初心者向けセッション「地方PMトークセッション」の司会進行をさせてもらったこと。
北海道,横浜,名古屋,関西,岡山,福岡,それぞれのPMから6名のパネリストの方とともに,地方PMならではの特色,悩みなどについて展開しました。どういう形でも,中に入れるっていうのはとても嬉しいです。
YAPC::Asia Tokyo 2010 スペシャルレポート
■2009
この年も会場は東工大。
2009年は運営がJPAに引き継がれたこともあって,仕事的にもいろいろなコラボがスタートした回でもありました。このとき牧さんからいろいろ提案をいただいてメディア的にも主体的なことができるようになった気がします(アウトプットはgihyo.jpのそれぞれの記事にて)。
たとえば,こちらの事前企画。
YAPC::Asia Tokyo×gihyo.jp presents―まもなく開催!アジア最大のPerl開発者の祭典,YAPC::Asia Tokyo 2009
2009年と言えば,第2次Twitterブーム(Facebookブームはまだ)というタイミングでもあって,tsudaるなんていう言葉もうまれたころだったので,gihyo.jpで始めた速報レポートはかなり斬新だったんじゃないかなーと。
YAPC::Asia Tokyo 2009 スペシャルレポート
■2008
会場はこの年から東工大。2008~2011の計4回のYAPC::Asia Tokyo会場となりました。この間,大岡山の駅の近辺はいろいろ変わった気がします(うろ覚え)。
弊社も出店していました :-)
■2007
2007年,2回目のYAPC::Asia Tokyoの会場は代々木にある津田ホール。
今年3月末で閉館してしまったイベントスペースです。
で,僕自信,10回のYAPC::Asia Tokyoの中で唯一参加できなかった回。なぜかチケットだけは持っていたんだけども。
このあとにも出てくるんだけど,なんでチケットを持っているのかなーと思い出してみると,このころの技術系イベントって洗練されているものも洗練されていないものもあって,プレス対応自体ができるもの・できないものがあったような気がしていて(そういう意味で,回数をか重ねる意味ってすごく大きい)。
なのでプレス・メディアとして取材する場合でも確実にイベント会場に入るにはチケットを持っていたほうが良いってことで,事前に購入していた気がします。あと,チケットを持っているとグッズがもらえたりもするし :-)
■2006
振り返り最後。最初のYAPC::Asia Tokyoです。
この時のことはけっこう覚えていて,とくに蒲田のPiOで開催して,懇親会の你好のカオス感が楽しかった思い出。
チケット。そういえば,今でこそオンラインチケットサービスが多数あるからこの手のイベントでリアルチケットを使うことは減ったけど,このころは丁度そういうサービスが出る直前で,かつ,運営サイドの収支を安定させるための事前支払いにリアルチケットサービスを使う,技術系カンファレンスがチラホラあったなー。
蒲田の会場。
そして你好での2次会。自分のmixi日記に残っていた写真がこの2枚でした。
LarryさんとDamianさん。
バタラさんと畑さん。
※当初,畑さんのお名前表記を誤っておりました。すみませんでした!
ちなみにご覧のとおり,この時の写真は画質が粗いw たしかガラケーで撮ったものでサイズも352×288とかそのぐらいを拡大しているので仕方なし。これも時間の流れですね。
こうして振り返ってみると10年ってあっという間のようでやっぱり長く。その中でPerlのコミュニティ,イベントが続いていることはすばらしいと思います。
僕はPerlプログラマーではないですが,メディアとしてプレスとして参加者として,その場に少しでも居て参加できたことは大きな財産です。
そして,今年の最後,牧さんがおっしゃっていましたがYAPC::Asia Tokyoがまずは一区切り。でも,YAPC::Asiaは誰でも使って良い名前でありイベントでもあるとのこと。
次の10年,20年にまた新しいイベントだったりコミュニティが生まれてきたらいいなと思います。
あらためましてありがとうございました。
YAPC::Asia Tokyo 2015
http://yapcasia.org/2015/
詳細は公式サイトやgihyo.jpのレポート等々にお任せするとして,今回で10回目,そして,まずはYAPC::Asia Tokyoの形として最後ということもあって,個人ブログで初めて書いてみます。
ちなみにこれまではmixi日記でずっとログだけ残していたので,今回はそこから写真を使いつつ,写真で振り返るスタイルで。
■2015
会場はビッグサイト。
メインの国際会議場は1,000名の収容人数。
ほかにもいろいろなセッションが。
通路に座り見が出る満席セッションもあり。
無限コーヒー。このカップ,2種類のコードがあったそうです。
2,130名の参加者。
関係者・Perl Mongersの皆さんと記念写真も撮ってもらいました。ほんとはもっといろんなヒトと写真撮りたかった!
YAPCあるある直後の宮川さん,竹迫さん,和田さん,櫛井さんと。
牧さんと。
naoyaさんと。
ということで,2015,濃い3日間でした。
詳しくはgihyo.jpにて。
YAPC::Asia Tokyo 2015 スペシャルレポート
ではここから過去に遡っていきます。
■2014
会場は2年連続慶応義塾大学協生館にて。
クロージングキーノートは@typesterこと村瀬さんでした。
YAPC::Asia Tokyo 2014 スペシャルレポート
■2013
この年の会場はYAPCとして初めてとなる慶応義塾大学協生館での開催。
YAPC::Asia Tokyo 2013 スペシャルレポート
■2012
この年の会場は東大伊藤国際学術研究センター。
ちなみに,この年(2012年)は個人的には一番印象が強いかなー。10回のYAPC::Asia Tokyoの中で唯一,プレスの立場ではなく,名前が出るスピーカーの立場で参加させていただきました(モデレータとしてはこのあとに書く2010年で出たことがあり)。櫛井さんと事前MTGで話して生まれた企画でした。
Perl 今昔物語
http://yapcasia.org/2012/talk/show/ea24040c-db90-11e1-8a64-4c8f6aeab6a4
パネリストは,宮川達彦(@miyagawa)さん,小林篤(@nekokak)さん, 松野徳大(@tokuhirom)さん,伊藤直也(@naoya_ito)さん。モデレーターとしての参加でした。
YAPC::Asia Tokyo 2012 スペシャルレポート
■2011
この年の会場はYAPCでは最後となった東工大。今年のYAPCあるあるでも触れられていましたが,たしかに東工大の会場は広かったw
YAPC::Asia Tokyo 2011 スペシャルレポート
■2010
会場は前年に続いて東工大。
先ほど2012年が一番印象が強いと書きましたが,この年(2010年)はイベント全体としてすごく印象に残っているのと,自分としても思い出深い年だったと思います。
まずは2日目の宮川さんのキーノート。これまでたくさんのイベント取材してトークを聴いてきた中でも,自分の中でMVP的な内容じゃないかと思ってます(偉そうにすみませんw)。
なかでもこの一言のインパクトがすごい。
「Perl glues people together」。
すごいカッコ良い,すばらしいトークでした。終わった後の拍手の数がそれを物語っていたように思います。
あとは自分として初心者向けセッション「地方PMトークセッション」の司会進行をさせてもらったこと。
北海道,横浜,名古屋,関西,岡山,福岡,それぞれのPMから6名のパネリストの方とともに,地方PMならではの特色,悩みなどについて展開しました。どういう形でも,中に入れるっていうのはとても嬉しいです。
YAPC::Asia Tokyo 2010 スペシャルレポート
■2009
この年も会場は東工大。
2009年は運営がJPAに引き継がれたこともあって,仕事的にもいろいろなコラボがスタートした回でもありました。このとき牧さんからいろいろ提案をいただいてメディア的にも主体的なことができるようになった気がします(アウトプットはgihyo.jpのそれぞれの記事にて)。
たとえば,こちらの事前企画。
YAPC::Asia Tokyo×gihyo.jp presents―まもなく開催!アジア最大のPerl開発者の祭典,YAPC::Asia Tokyo 2009
2009年と言えば,第2次Twitterブーム(Facebookブームはまだ)というタイミングでもあって,tsudaるなんていう言葉もうまれたころだったので,gihyo.jpで始めた速報レポートはかなり斬新だったんじゃないかなーと。
YAPC::Asia Tokyo 2009 スペシャルレポート
■2008
会場はこの年から東工大。2008~2011の計4回のYAPC::Asia Tokyo会場となりました。この間,大岡山の駅の近辺はいろいろ変わった気がします(うろ覚え)。
弊社も出店していました :-)
■2007
2007年,2回目のYAPC::Asia Tokyoの会場は代々木にある津田ホール。
今年3月末で閉館してしまったイベントスペースです。
で,僕自信,10回のYAPC::Asia Tokyoの中で唯一参加できなかった回。なぜかチケットだけは持っていたんだけども。
このあとにも出てくるんだけど,なんでチケットを持っているのかなーと思い出してみると,このころの技術系イベントって洗練されているものも洗練されていないものもあって,プレス対応自体ができるもの・できないものがあったような気がしていて(そういう意味で,回数をか重ねる意味ってすごく大きい)。
なのでプレス・メディアとして取材する場合でも確実にイベント会場に入るにはチケットを持っていたほうが良いってことで,事前に購入していた気がします。あと,チケットを持っているとグッズがもらえたりもするし :-)
■2006
振り返り最後。最初のYAPC::Asia Tokyoです。
この時のことはけっこう覚えていて,とくに蒲田のPiOで開催して,懇親会の你好のカオス感が楽しかった思い出。
チケット。そういえば,今でこそオンラインチケットサービスが多数あるからこの手のイベントでリアルチケットを使うことは減ったけど,このころは丁度そういうサービスが出る直前で,かつ,運営サイドの収支を安定させるための事前支払いにリアルチケットサービスを使う,技術系カンファレンスがチラホラあったなー。
蒲田の会場。
そして你好での2次会。自分のmixi日記に残っていた写真がこの2枚でした。
LarryさんとDamianさん。
バタラさんと畑さん。
※当初,畑さんのお名前表記を誤っておりました。すみませんでした!
ちなみにご覧のとおり,この時の写真は画質が粗いw たしかガラケーで撮ったものでサイズも352×288とかそのぐらいを拡大しているので仕方なし。これも時間の流れですね。
こうして振り返ってみると10年ってあっという間のようでやっぱり長く。その中でPerlのコミュニティ,イベントが続いていることはすばらしいと思います。
僕はPerlプログラマーではないですが,メディアとしてプレスとして参加者として,その場に少しでも居て参加できたことは大きな財産です。
そして,今年の最後,牧さんがおっしゃっていましたがYAPC::Asia Tokyoがまずは一区切り。でも,YAPC::Asiaは誰でも使って良い名前でありイベントでもあるとのこと。
次の10年,20年にまた新しいイベントだったりコミュニティが生まれてきたらいいなと思います。
あらためましてありがとうございました。