「ヤマモトさん、ちょっとまっすぐ走っても意味がないんですよ」

と、新人のコナカ(紳士服のコナカのCMに出てきそうなくらい爽やかなので)は言う。僕はフーチャンプルーを食べながら、久米仙を飲む。


「50m、100mの直線をまっすぐ走ってもそれは『まっすぐ』とは言わない。まっすぐっていうのはずっとずっとまっすぐ走ってこそ、初めて『まっすぐ』なんです!」


と、コナカは言って、フーチャンプルーを食べながら、久米仙を飲む。


20歳の子にこんなことをこんなふうに語られる齢になったか俺は、と思う。


帰りにコンビニに寄って、カレーパンを一つ買った。無性にカレーパンが食べたかった。それをもぐもぐと食べていると、家の前が大騒ぎになっていることに気付いた。消防車の赤いライトが踊っている。火事かな、と思ったけど、火の手は見えない。煙の匂いもしない。


消防団員を素通りして家に戻ろうとすると、ぎゅっと腕を摑まれ、「危ない、さがって!!」を言われた。





硫化水素自殺だった。





残り一口になったカレーパンを押し込んだ。そして近くの自動販売機で缶コーヒーを飲んだ。


近くのファミリーレストランに避難する近隣住人たちと一緒にぐだぐだする気分になれなかった。かと言って、飲む気にもなれない。きまった道をきまったように歩くこの街を僕はうろうろした。


2時間経って、戻ってみるとやはりまだ閉鎖中だった。仕方なく、ファミリーレストランに入って、空気が浄化されるのを待った。夜中の3時だ。それから1時間経って、家に戻った。1時間半後に出勤した。


さすがに辛くて、19時上がった。家に帰って、うたばんを観ながら寝た。強烈な寒気と共に2時に目が覚めた。絶望的な倦怠感を抱えながら、出勤。けれど、耐えられず、定時の16時半に退勤。38度はあるなこれは、と感じながら病院で体温を測ると39.2。そしてまたすぐに寝た。


翌日出勤し、夜渋谷で飲んだ。その翌日は友人と代々木公園でタイフェス。その後、月島に行ってもんじゃを食べた。


そして、一昨日と昨日、一生懸命働いた。昨日の夜、遅くから映画を観たせいで、起きたのは15時。16時から下

北沢をぶらついた。



昨日の夜観た映画は友人から勧められた『恋愛適齢期』。ジャック・ニコルソンとダイアン・キートンとキアヌ・リーブスが出演してる。勧めてくれた彼女は「こんな映画なんて、と思ったけど暇だから観たらこれがほんとよくて、二回も観ちゃった」と言っていた。「こんな映画なんて、と思う映画を貴重な週末に観るなんて、東京で暇人選手権が開催されたらけっこう上位にいくと思うよ」とコメントを述べたが、確かにいい映画だった。恋愛において今の国会みたいに泥沼化しているのは僕と彼女だけではないだろう。泥沼化しているあなた、きっと前向きな気持ちになれるのでぜひ。






これが僕のこの一週間。その間にミャンマーで数万人の命が落ち、四川省で数万人の命が落ちた。そして、僕の隣のアパートで一つの命が自ら落ちた。


硫化水素自殺に巻き込まれるというのは想像以上に大変なことだった。しかし、僕たちが過ごした数時間は「このマンションや近隣の住民ら80人が近くのファミリーレストランに避難した」とだけ報道された。僕たちが摑まされる情報はほんとうにほんの一部だ。





その日、僕が住む街の夜明けがどれだけ勇ましかったか、それを知っているのもほんとうにほんの一部だ。