藤原道長
藤原道長

平安時代中期、道長が権勢をふるった頃、藤原氏全盛期を迎える。藤原氏が外戚(下に注釈)として摂政・関白を独占し国政を左右した政治、いわゆる摂関政治の全盛である。道長の詳しくはあとで略歴で説明するとして、注目すべきは道長の全盛期に詠んだ今や小学校の教科書でも教える有名な歌である。

『この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば』

威子の立后の日に、道長の邸宅で諸公卿を集めて祝宴が開かれ、道長は右大臣藤原実資に向かって、詠った即興の句である。文語調であっても、大体の意味は考えるに足りる。要は月が欠けていくことを除けば全て我の思い通りになるということだ。これの歌に返歌を求められた藤原実資は、その場での返歌を留まり、後に自身の『小右記』で記述した。そりゃ、同じ公卿として何と答えたらよいか、わからなかったのだろう、当然その中に憤りもあったに違いない。平安時代に、もうひとつ似たことを言った人物がいる。平安時代末になると、藤原氏も衰退し朝廷の力が強くなり、いわゆる院政期(下に注釈)に突入すると今度は白河上皇がこんなことを言う

『天下の三不如意―賀茂川(鴨川)の水(鴨川の流れとそれによる水害)・双六の賽(賭博の手段としての、さいころの目)・山法師(比叡山の僧兵)だけはどうしようもない』と嘆いたという。しかし裏を返せば彼がそれ以外のものであれば思い通りにならない事はないという絶大な権力を誇っていたことを示している。

早々に今回のブログの焦点

『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。』いみじくも摂関政治→院政→平清盛と続く平安時代終末を飾る平氏を語った平家物語の冒頭であるが、若干の年代の違いはあるが、いつの世も同じことである

口語訳【祇園精舎の(無常堂の)鐘の音は、諸行無常(万物は刻々と変化していくもの)の響きがある。(釈迦入滅の時に白色に変ったという)沙羅双樹の花の色は、盛んな者もいつか必ず衰えるという道理をあらわしている。権勢を誇っている人も、永久には続かない。それは春の夜の夢のようなものだ。勇猛な者も最後には滅びてしまう。それは全く風の前の塵と同じだ。


(平安時代は、400年近い歴史はあるが前中後期と支配体系に変遷があり、あくまでも国政の中心が平安京にあったということで平安時代である)


余談
一条天皇の中宮彰子は道長の娘で道長に外戚関係に利用された一人、この彰子に仕えたのが、かの有名な“紫式部”である。源氏物語の主人公“光源氏”は、道長がモデルと言われる。ちなみに兄道隆が外戚に利用した娘、一条天皇の皇后定子に仕えたのが“清少納言”である。紫式部と清少納言はライバルと称されるが、道隆の死後、当然定子より道長の娘彰子の方が重要な位置にあり、力関係は先々歴然となっていく。

道長については上記に記した『小右記』の他、『栄華物語』『紫式部日記』『愚管抄』他多数の著書に述べられている。


注釈

※院政(天皇譲位後、院号を得て上皇または法皇となり、院庁ににあって国務を執行する政治形態)

※外戚(普通、母方の親戚をいう。藤原氏は娘を天皇の后妃に入れ、生まれた外孫にあたる皇子を天皇にたて、自ら外祖父(母方の祖父)として権力を握り、摂政・関白の地位を独占した。)


略歴

藤原 道長(ふじわらみちなが966 -1028年平安時代中期の公卿。藤原兼家の五男母は摂津守藤原中正の娘・時姫。同母の兄姉に道隆・道兼・超子・詮子らがいる。異腹の兄弟姉妹として、道綱・僧正兼俊および綏子(三条天皇東宮妃)らがいる。父の兼家が摂政になり権力を握ると栄達するが、五男であり、道隆、道兼という有力な兄がいたため、さほど目立たない存在だったが、兼家の死後に摂関となった道隆、道兼が相次いで病没して権力に近づく。道隆の嫡子伊周との政争に勝って左大臣となり朝政のトップとなった。一条天皇に長女の彰子を入内させ中宮となす。次の三条天皇には次女の妍子を入れて中宮となす。 だが道長は三条天皇とは深刻な対立を生じ、天皇の眼病を理由に退位に追い込み、彰子の生んだ後一条天皇の即位を実現して摂政となる。1年ほどで摂政を嫡子の頼通に譲り後継体制を固める。後一条天皇には三女の威子を入れて中宮となし、「一家立三后」と驚嘆された。太政大臣 となり位人臣を極めた後に出家するが、頼通を後見し続けた。晩年は壮大な法成寺造営に精力を傾けている。


平等院鳳凰堂











H19・7・1

宇治平等院鳳凰堂にて…

家族を引き連れて

取材旅行です。





道長の息子、頼通のあまりにも有名な

建造物!!!しかし、現物は何と言うか

思ったより小さく、細く、イメージよりかなりボロい

が、しかし歴史の重みは凄く凄く感じる

平安時代の一室に足を踏み入れた気がした