「よし、できたぁっ」


キッチンの一角で興奮冷めやらぬといったテンションで何やら叫ぶ少女が一人。

目の前に並べた出来立ての生チョコトリュフを見ながらガッツポーズをする。

その場でぴょんぴょんと跳ね、トレードマークでもあるリボンで縛った緑髪をピョコピョコさせる。

そうして出来立てのチョコを見て2828しているのは、”超時空シンデレラ”ことランカ・リーその人であった。


この1週間、来るべき”ある日”の為にチョコ製作を試行錯誤し、何回も失敗を重ねてきた。

それでもようやくコツを掴み、今、自分が持てる技術をすべて注ぎ込んだ

満足のいく一品が出来たのだ。


やったよ、アルト君。

ランカ・リー特製スペシャル突撃ラブハートキラッ☆チョコトリュフの完成だよ・・・。

「どれ、念の為にちょっと味見を」

ランカは余分に作っておいたトリュフを1粒手に取り自分の口に放り込んだ。

「・・・超ヤバイ、、これマジで美味しいかも」

口の中でほろりと溶ける生チョコレート、そこにカリっとしたナッツの感触が

アクセントになっててとってもいい感じだ。

自慢じゃないけど、我ながらこれはお店で売ってるチョコにも負けないクオリティだと思う。


ココアパウダーを塗したもの、砕いたナッツを塗したもの、

ホワイトチョコでコーティングしたもの、洋酒を隠し味に混ぜたもの。

あ、洋酒のやつはナナちゃんに教えて貰ったんだ。

オトナの味って感じで、すっごく上品だ、ランカの事をいつも何かと子ども扱いする

アルト君にいい意味でインパクトを与えれそうだ、フフフフ。

あ、後でナナちゃんにお礼も言っておかないと。

そんな事を考えつつランカはトリュフを一粒一粒丁寧に箱に並べて、ラッピングも済ませると、

うんうんヨシ、完璧と満足そうに頷いた。


「これならアルト君もきっと喜んでくれるよね」


ランカが何故、ここまで一生懸命チョコを作っているかと言えば、

明日は2月14日、バレンタインデー。

いわずと知れた、それは恋する乙女達の壮絶な戦いの日だ。


普段、好意を伝えれなくても、こういうイベントに便乗して想いを伝える機会があるのはいい事だと思う。

その気持ちが相手に伝わるかどうかはわからないけど、想いを込めて渡すという行為が重要なんだ。


だから、私も渡すんだ、そっと想いを込めて。

大切な人にこのチョコを。



そしてついにきたバレンタイン当日。

ランカは逸る気持ちを抑えつつ学校に登校した。

教室に入るとクラスの雰囲気はやっぱりいつもとは違っていて・・・。

女子の方をみる男子の目つきがなんか、鬼気迫るものがあるというか、

そわそわしてるし、チョコちょーだいオーラが出ててなんか怖い。

女子は女子で、お目当ての男子に誰が渡すかをお互いが牽制しあっている感じ。

とりあえず、明らかな義理チョコをクラス中の男子にバラ撒いている子もいるが、

当然本命はまだだろう。


そりゃクラスメートが見てる目の前で本命を渡すなんて度胸のある子なんているはずがないのだ。

・・・クラスメートが見てる前で?

って、あぁあああああああああああああああああああああああああ。


チョコを作るのに夢中で肝心な渡すシチュエーションの事全然考えてなかったよ・・・。

アルト君だって当然教室にいるわけで、、どうしよう・・・。

そのまま私が渡しに行ったとしたら先輩の教室に行くわけだし、当然、チョコを渡すって

バレバレになっちゃうわけで。

人が大勢いる中で渡したくはないかなぁ・・・。

二人で話もしたいし、ムードってものがあるし、シチュは大事だよね。

二人きりなら・・・。


「アルトくぅん、これ・・受け取って」

「ありがとう、ランカ・・・嬉しいよ、好きだ!お前を愛してる!!」

「ええ!?そんな・・急に言われても困るよぉ」

「ダメだ、もう我慢できない!!お前を俺の女にする、文句は言わせないぜ!」

「あぁ、こんなとこでダメだょ、アルトくぅぅうん」


なんて、なんて事になっちゃうかもしれないし!



・・・妄想はほどほどにして、現実に戻ろう。

そうだ、ナナちゃんに呼び出して貰おうかな。

アルト君と同じクラスだし。

そうしよう。


ランカはまたも親友のナナセを頼る事にした。

ひとまずナナセと連絡を取る為にアルト達がいる上級生のクラスに向かった。

廊下を足早に歩き、ナナセ達のクラスの前に着くと何やら教室が騒がしい。

何かあったのかなとランカは教室の中を覗き込む、教室をざっと見る限り

アルト君もシェリルさんも居ないみたい。


でも、ざわ・・・ざわ・・・とまるで何か衝撃的な事が起きた後のような雰囲気だ。

そうした雰囲気の中、廊下側のドアのすぐ傍でクラスの人が会話しているのが聞こえた。

今は情報を集めるのが重要、盗み聞きは本当は悪い事だけど、今はごめんなさい。

そうランカは心の中で誤り、そっと聞き耳を立てる。


「シェリルさんも大胆ねぇ」

「でも、やっぱりって感じだよね」

「うんうん、前からシェリルさんアルト君の事お気に入りっぽかったし」

「だよね、アルト姫とシェリルさんか、美形同士のビッグカップル誕生か」

「あーん、私のアルト姫が・・・でもシェリルさんとなら仕方ないか・・・お似合いだもんね」

「だね」

「にしても、さっきのアレにはマジでビックリしたね」

「完全に二人の世界だったもんね」


うーん・・。

この会話だけじゃイマイチ事態がまだ飲み込めないけど、ランカは雑談している人達から

聞いた情報を整理してみる。

まずシェリルさんとアルト君の話である事、そしてそれが何かとっても驚くような内容だったという事。

アルト君にシェリルさんが何かしたらしいこと。

確実に判明するのはこの3点だ。

なんか・・・胸がざわつく、、シェリルさんとアルト君、そして今日がバレンタインという日である事、

それに ”大胆” ”やっぱり” ”お似合い” というキーワード。


シェリルさんがアルト君に対して何らかのアクションを起したのは明らかだ。

それが・・・考えたくはないけど、”告白”だとしたら・・・。

前に恋も歌もライバル発言をして以来、二人とも特にアルト君に対してアクションを起したりは

してなかったんだけど、まさかバレンタインというイベントでシェリルさんが動いてくるなんて。


まぁ、そう言うランカも気合を入れまくった本命チョコを渡すつもりだったんだから

人の事は言えないのだけれど。

でも冷静に考えればバレンタインに自分と同じようにシェリルさんが動く事も当然予想出来たはず・・・

でもチョコ製作に舞い上がっててそんな事には全然頭が回らなかった。

どうしよう。

もしシェリルさんが告白したとしたなら・・・アルト君はおkを出すのではないだろうか・・・。

シェリルさんは美人だし、オトナっぽいし、スタイルもいいし、、

何より”女王様”なんて、派手な外見や発言から言われてるけど

本当はとっても繊細で優しい人、人を痛みを理解し、支えて励まし包み込んでくれる人。

当然アルト君はシェリルさんの外見だけじゃな本当のシェリルさん、

彼女の内面も知っているのだ。


・・・今ちょっと考えただけでもシェリルさんは魅力的な女性である。

外見的には勿論、内面も・・。

ダメだ、勝てる所が見当たらないよ・・・。


って、欝になってる場合じゃない。


まだシェリルさんがどんな行動をとったかわからないわけだし、

とりあえずどんな事がおきたのかを正確に把握する事が先決だ。


気を取り直したランカは教室の中を覗き込み、ナナセの姿を探す。

ナナちゃん、ナナちゃん、ナナちゃんは・・・。

居ない・・・。

どこ行っちゃったんだろ。

あたりをキョロキョロ見回していると、教室の中に居た上級生から声を掛けられた。


「どうしたの?ランカさん、誰か探してるの?」

「あ、はい・・・松浦ナナセさんを」

「ああ、やっぱり」

「やっぱり?」

「さっき、松浦さんがランカさんを探しにいくって出て行ったのよ」

「え、そうなんですか?」

「うん、どうも会ったって雰囲気じゃないからすれ違いになっちゃったんだね、多分」


「そうですか・・・、それじゃ1回私自分の教室に戻ってみます、ナナちゃ・・じゃなくて、

もし松浦さんが来たらそう伝えて頂けますか?」

「わかった ”がんばってね” 私はランカさん派だから!」

「は、はい・・がんばります!」

「素直な所がまた可愛い!流石超時空シンデレラ!じゃ、私は戻るね」

上級生はそう言ってカラカラと豪快に笑うと教室の中に戻っていった。


あれ?普通に答えちゃったけど、何を頑張ればいいんだろ?

まぁいいか、それよりナナちゃんを探しに行こう。

一度、自分の教室に戻ってみよう。

そう考えたランカが自分の教室に向けて廊下を移動しようとしたまさにその瞬間、

後ろから声を掛けられた。


「あっ!ランカさん!!やっと見つけました!大変です!!はぁはぁ・・・」

振り向いてみると今までずっと走ってきたのだろう、

ナナセが息を切らせながらこちらに向かってくる。


「ナナちゃん、どうしたの?そんなに慌てて」

「ど、どうしたもこうしたもありません、大変なんです!はぁ・・はぁ」

「お、落ち着いてよ、ナナちゃん、何がどう大変なのかちゃんと説明してっ」

「そうでした、、シェリルさんが早乙女君にその・・大胆な事を・・・」

「大胆な事?」

「ああ、どうしよう、何から話せばいいのやら、、」

「シェリルさんが何をしたの?」

「えっと、まずは朝から起きた出来事を順に話しますね」


そう言ってナナちゃんは今朝教室で起きた出来事を詳しく話しはじめた。


シェリルさんはいつも朝はギリギリに教室に来るタイプなのに、今日は私より早く来ててビックリしました。

なんかソワソワしてて、らしくないなぁなんて思いながら私見てたんです。

今にして思うと早乙女君が来るより早く来て、準備してたのかななんて思いますけど。


それからちょっとして、早乙女君が登校してきました。

早乙女君の様子?いえ、別に普通でしたよ。

早乙女君が席についたら、シェリルさんそれを待ってたかのようにすぐに早乙女君の所に行きました。


「アルト、おはよう」

「ああ、おはようシェリル」

「ア、アルト」

「ん?」

「今日は何の日か知ってるわよね?」

「ああ・・・バレンタインだろ、なんだよ、もしかしてお前俺にチョコでもくれるのか?」

「ふぅーん、やっぱりチョコ、欲しいんだ?」

「ったく、質問に質問で返すなよ・・・」

「心配しないでもあげるわよ、あんたじゃ貰えそうもないものね、1つも貰えないんじゃ可哀想だもの」

そんなシェリルさんの言葉を聞いて早乙女君は何か紙袋をシェリルさんに見せました。


「ナニよ、この紙袋?」

「中見てみろ」

シェリルさんが紙袋を除いて中のものを確認すると、ビックリしてました。

「なっ、これ全部チョコレート!?」

「そうだ、朝、下駄箱空けたら突っ込んであった奴だよ・・・

まったく参るよ」

「という事でシェリル、お前も俺にくれる気があるなら今渡してくれよ、袋に”ついで”に入れちゃうからさ」

早乙女君はそう言いました・・・。


「ほ、本当にそう言ったの?アルト君」

「ええ・・・」

「最低だよ・・・アルト君」

「私も早乙女君を見損ないました・・・本人には悪気はないんでしょうが、デリカシーがなさ杉です。」

「シェ、シェリルさんのリアクションは?」

「普通の女の子なら泣いちゃう所なんでしょうけど・・・」

「・・・」

「なんとシェリルさんその袋を早乙女君から取り上げると二コリと笑ったんです」

そして早乙女君に言いました。


「アルト?私がチョコあげるからコレは要らないわよね?」


ランカは少し想像してその時のシェリルの顔を思い浮かべてみた。

「・・・それは怖い」

「ええ、私も笑顔にあんなに戦慄したのは初めてです」

早乙女君も慌てたみたいで、ただ黙って頷いて紙袋をシェリルさんに渡してました。


シェリルさんは満足したように頷いて、自分が持ってきたチョコを早乙女君に渡しました。


「はい、アルト、手作りなんだからね、感謝なさい」

「あ、ありがとうシェリル」

「食べてみて」

「へっ?今ここでか?」

「うん、そのために作ってきたんだから今すぐ食べてみてよ、、それとも・・・イヤなの?」

「そんな事ないよ、しょ、しょうがねぇなぁ」


「凄い会話だね・・」

ランカは溜息を吐く。

「ええ、なんかそこだけ空気が違いました。」

ナナちゃんは小さく首を降ってやれやれという仕草をした。


早乙女君が包みを開けて、シェリルさんのチョコレートを食べようとしました。

そしたらシェリルさんは何か思いついたような顔して

「あ、ちょっとまちなさいアルト」って早乙女君を制止しました。


「なんだよ、シェリル、食えといったり待てといったり」

「どうせなら食べさせてあ・げ・る」

「はぁ!?」

「はい、あーん」

「食えるかぁっ」

「なんでよ?ああ、そっか」

「ん?」

「口移しじゃないとイヤなのね?仕方ないわね・・・」

「違ぁう!お前状況を考えろ、こんなギャラリーの中、恥ずかしいわ!」


シェリルさんはそう言われて、教室の中を見回すと、やっと自分達がクラス中の視線を集めてたのに

気付いたみたいです。

顔を少し赤らめると1つ咳払いをして

「アルト、屋上にいくわよ、そこなら邪魔は入らないわ」

ってそう言って早乙女君の制服のネクタイを引っ張ると無理やり連れて言っちゃったんですよ!

それが私がさっき目撃したすべてです。


「回想終わり?」

「終わりです、それで私はこの事を伝えなきゃってランカさんを探しに・・」

「アルト君達は屋上ね・・・わかった、ナナちゃんありがとう。」

「ええ、早乙女君このままじゃシェリルさんに・・・、ランカさん、絶対阻止ですよ」

「うん、わかってる、私だってこのまま黙ってるつもりはないよ」

「その意気です」

「それじゃ、私行って来るね」


ランカはナナセに別れを告げると、自分のチョコを片手に屋上に向かって全力疾走した。

「先を越された、先を越された、先を越された、先を越されたぁ」って何回もつぶやきながら。


ランカは屋上へ続く扉をバーンと開けて辺りを見回す。


・・・居た。


シェリルさんとアルト君だって・・・シェリルさんは何やら自分の顔をアルトくんの顔に近づけて・・・

アレ、シェリルさんなんか咥えてる。

あれは・・・チョコ?

すぐにランカは理解した。


シェリルさんは口移しでチョコをアルト君に食べさせようとしてるのだ。

なんてうらやま・・・いや、大胆なんだ、でもそれはさせないよ、シェリルさん!


「ダメぇええええええええええええええええええええええええええええええ、ゼッタイ!!」

ランカは悲鳴にも近い絶叫を屋上に響かせた。


その声にアルト君は体をビクっとさせこっちを向く。

同時にシェリルさんがチッて顔したのを私は見逃さなかった。


シェリルさん、やっぱり本気でやるつもりだったんだ、

これは宣戦布告だよね・・・。

ここからは女の戦いだよ、一歩も引けない!


「あら、ランカちゃん、何か御用?」

「シェリルさん、今アルト君に何しようとしてたんですか?」

「何って、ちょっとアルトにチョコの味見をして貰おうとしただけよ」

「口移しで、ですか?」

「ちょっとしたサービスよ、こんなサービス滅多にしないんだからね。

いや、正確にはアルト以外にはしない、かな」

「ふーん、そうですか、でも余りアルト君を困らせないで下さいね?」

「アルトが困る?」

「だって、そうでしょ?いきなり”お友達”に口移しでなんて迷惑だよね、アルト君?」

「なっ、迷惑?この私がしてあげるってのにそんな訳ないわよね、アルト?」


「えっ?いや、まぁ、そのぉ、アレだ」


「いいんだよ、アルト君、ハッキリ言っても?」

「アルト、いいのよ、素直に嬉しいって言っても」


「いや、その、、嬉しいといえば嬉しいというか」

やっぱり嬉しいのかアルト君、当然だよね・・・でも私だって!


「口移しされると嬉しいんだ、アルト君?」

「やっぱり嬉しいんじゃない」

シェリルさんが勝ち誇る。

でも負けない、今日は私は一歩も引かないよ、シェリルさん。


「そうなんだぁ、じゃ、私もしてあげる」

「へ?」

アルト君とシェリルさんが同時に、綺麗にハモって声をあげた。

ランカの予想外の答えにビックリしたようだ。


「だって、アルト君はそういうの好きなんでしょ?それじゃ私もしてあげる」

「それとも、シェリルさんならよくて、私じゃ・・・ダメなの?」

私は目をウルウルさせて、上目遣いでジっとアルト君を見つめた。


「いや、ダメじゃないというかむしろ、凄く嬉しいというか」

「はぁ!?ちょっとアルト?どういうコ」

何か抗議するシェリルさんの言葉を遮ってランカは会話に割り込んだ。


「だよね、アルトくぅん、よかった

私も手作りのチョコ作ってきたんだ、今、食べさせてあげ・・・る」

ランカが自分が持ってきたチョコの包装を開けようとした刹那、

体が急に重くなり、頭から血の気が引いていくのを感じた。

目の前がぐるぐる回り、ひどい眩暈がする。

アレ?さっき寝不足でだるかったのに急に全力疾走したのがいけなかったのかな・・・。

自分の体を支えていられなくなり、フラフラとその場にペタンと座り込んでしまった。


「あれ?おかしいな・・・なんか、、体が・・」

「ランカ!?」

「ランカちゃん!?」

私の様子がおかしい事を察した二人が声を掛けてくる。


「へへっ、転んじゃった・・・アルト君、シェリルさん心配しない・・・で」

私はそう言おうとした所で完全に倒れこんでしまった。

あれ、やっぱりなんかおかしい、体が思うように動かない・・。

遠くでなんか声が聞こえる・・・。


「ランカちゃん?聞こえる?大丈夫?」

「おい、ランカ、しっかりしろ、ランカ!」

「大変・・・、アルトっ、すぐに保健室に運ぶわよっ」

「わかった!」


「そんなに心配しないでも大丈夫だよ、少し気分が悪くなっただけだから」

そう言おうと思ったけど、言葉にならなかった。

その数秒後、世界が完全に暗転しランカは完全に意識を失った。



・・・・ランカが目を開けるとそこには見知らぬ天井があり、そこは消毒液の独特のにおいがした。

あれ?私・・・寝かされてる?

ああ、そうだ、私なんか気分が悪くなって・・・

周りを見回すとカーテンで仕切られた病室みたいな部屋にどうやら寝かされてるみたい。

落ち着いて見れば、この周りの景色には見覚えがある。

ここは多分、学校の保健室だ。


人が起きた気配を察したのだろうか、仕切りとして使われているカーテンがシャッと開けられて

保険医の女の先生が顔を出した。



「あ、やっぱり起きてた、ランカ・リーさん、今気分はどう?まだ気持ち悪かったり、眩暈とかする?」

「いえ、、今は大丈夫です」

「そう、よかった、症状からして典型的な貧血だったから様子見してたんだけどね

多分、過労や睡眠不足からくるものだと思うんだけど、心当たりある?」

「・・・ちょっと、最近寝不足気味だったかもしれません、チョコとか夜遅くまで作ってたりしてたので」

「ああ・・・、バレンタインだものね、、頑張るのはいいけど、本番の日に倒れちゃうような無理は

関心できないわね」

「はい、すみません・・・」

「でも気持ちはすっごくわかる、先生も一応女だからね」

そう言って30後半くらいの先生は微笑んだ。


「でもやっぱりダメです、肝心なとこで失敗しちゃいました・・・」

「そうかなぁ?まだ挽回できるチャンスはあると思うけど・・・」

先生はそう言ってベッドの反対側を指差した。


「???」

私は意味がわからず、指差された方を見る・・・すると。


「アルトくん・・・」

そこにはアルト君がベッドに寄りかかるようにして眠っていた。


「さっきまでシェリルさんも居たのよ」

「シェリルさんも?」

「ええ、つい30分前にどうしてもはずせない仕事があるって芸能事務所って言うのかしら、

そこの社長さん自ら駆け込んできて渋々帰ったけどね」

「そうなんですか」

「うん、それまで二人とも心配でたまらないって感じであなたにずっとつきっきりだったのよ」

「え?それじゃ授業は・・・」

「勿論、サボりよ、私がいくら行きなさいって言ってもランカさんが目を覚ますまで

傍に居るって聞かないんだもの」


なんか涙が出てきた。

二人とも私のコトそんなに大切に思ってくれてるんだ。


「まだ無理しないでね、私は今から保護者の方に連絡してくるから

どうしても今から”10分”くらい席をはずすことになっちゃうかなぁ」

そう言って先生は私にウインクした。

すぐに先生が気を使ってくれるコトに気付いたランカは笑顔で答えた。


「はいっ、”10分”ですね、大人しくしてます!」

「よろしい、それじゃ”大人しくしてるように”、ね」

そういって先生は保健室を出て行った。


今、部屋にはアルト君と私だけ。

ベッドの傍らのテーブルにはちゃんと私が作ったチョコも置かれていた。

準備は万端だ。


「アルト君?アルトくーん、アルトくぅん、おきてくださーい」

ランカは寝ているアルトの肩をゆっくりと揺すった。


「・・・ん、、んん」

アルト君の閉じられていた目がゆっくりと開く。


「ランカッ!気がついたのか!!大丈夫か!」

「えへへ、うん、もう大丈夫だよ、先生もただの貧血だろうって」

「そっか・・・、ったく心配させやがって」

「ごめんね」

「あの時は本当に焦ったよ・・・何か悪い病気じゃないかってさ」

「うん、本当にごめんね・・・」

アルト君の顔見てたら涙が出てきてしまった。

アルト君と話してたらどれだけ心配掛けたかわかってしまったから。


「ランカ!?泣くなよ・・・」

「だって、、本当にごめんなさい、心配ばかりかけて・・・」

「参ったな、別に責めてるわけじゃないよ、お前が元気なら俺はそれでいいんだ」

「ありがと、アルト君・・・」


なんか微妙にいい雰囲気になった所、だったのに。

ここでアルト君のお腹がぐー~~と鳴った。

「げ・・」

と同時に釣られるようにして私のお腹も鳴る。

「やっ・・・聞かないで、アルトくぅん」


「そうは言われてももう聞こえちまった・・・盛大だったな、あはははは」

「へへ、恥ずかしい・・・アルト君の音だって、中々だったよ、、あははは」

絶妙のタイミングで鳴ったアルト君と私のお腹の音の間抜けなハーモーニーに

私とアルト君はお互いの顔を見あわせて爆笑してしまった。


「はは、あー、腹減ったな・・」

「そうだね」

ふと時計を見ると午後2時を回った所だ。

朝ご飯食べてからもうずいぶんと時間が経っている、そりゃお腹も空くわけだよ。


そうだ、こんな時にこそアレを渡すチャンスだよ!

私はベッドの脇に置いてあったチョコを持つとアルト君に手渡した。


「はいっ、アルト君これあげる」

「おっ、ありがとな、ランカ」

「お腹空いてるでしょ、アルト君、よかったら今食べちゃってもいいよ」

「そうか、それじゃお言葉に甘えて・・」

アルト君は箱を開けると、私が昨晩苦労して作ったチョコトリュフを1粒掴むと口の中に放り込んだ。


「・・・」

「・・・どう?」

「うまい・・・ランカの手作りだろこれ、よく出来てる」

「よかったぁ、実は結構自信作なんだよ、ソレ」

「うん、正直ビックリしたよ、そこらの店のチョコよりよっほどうまいよ

ありがとな、ランカ」

「えへへ」



「それじゃ、俺からもプレゼントだ」

そう言ってアルト君は懐から取り出した小さな箱を私に渡した。


「へ?ナニコレ?」

「まぁ、逆チョコ?って奴だ・・・別にそんな大した意味はないんだけどな、

お前らがチョコくれるってんなら俺も何かお返しに作ってやろうって

密かに思ってな」

”私達”というのがちょっと気になったが、気を取り直してすぐ包みを開けた。

すると中に入ってたのは、チョコチップクッキーだった。


「ランカもお腹空いてるだろ?丁度いい、食べてくれよ」

そうアルト君に言われて私は1枚クッキーを取り出すと噛り付いた。

「あ・・・おいしい」

「だろ?」

「ヤバイ、マジで超美味しいよ、こんな美味しいクッキー食べたの初めて」

「そりゃまた大げさだな、でも喜んでくれてよかったよ」

「アルトくん・・・ありがと」

「こっちこそ、チョコありがとな、一生懸命作ってくれたのすぐわかったよ」

あ、ダメだ、そんなに優しくされたら・・・気持ち、もう抑えれないよ。


「アルトくぅん・・・」

自分でもビックリする位甘えた声を出して私はアルト君を見つめてしまった。

これじゃまるで誘ってるみたい・・・って、実際そうか。


「ランカ・・・」

アルト君は少し困ったような顔したけど、ふっきれたみたいで

私を抱き寄せると最後の意思確認をしてきた。

「ランカ、その、、していいか?」

「・・・はい」

私は答えるのと同時に目を閉じる。


そして私達は唇を重ねた。

お互いの舌が絡み、唾液が交じり合う。

アルト君が食べた私のチョコレートのせいか、私が食べたアルト君のチョコクッキーのせいか

それとも体感的にそう感じたのか。

久しぶりにアルト君としたキスはあまぁいチョコ味だった。


それにしても・・・。


「・・・はぁ、アルト君、キスに妙に慣れてる気がするなぁ」

「ふぇ?そ、そんな事ねぇよ」

「本当に?」

「・・・ホントウニ」


「まぁいいよ、これからは私にも同じようにしてくれるなら」

「・・・ランカ、お前意外とオトナだな」

「当たり前だよ、いつまでもコドモ扱いしないでよね」

「それじゃ、そろそろあんなことも・・・」

「ってアルト君、ナニいやらしい顔してるの」

「いや、何でもない、ランカの胸ももう少しオトナになるといいなぁとか思ってない」


「ふぇ?胸・・・私だって結構成長してるんだよ?」

「そりゃシェリルさんみたいに牛みたいなおっぱいには少し足りないけど・・・」

「少し?」

「もう、やっぱり意地悪だよ、アルトくぅん」

「ってそうじゃない、アルト君ダメだよ、あんまりやらしい事してきたらお兄ちゃんズに言いつけるよ?」

「お兄ちゃんズってまさかブレラとオズマ隊長か?それは止めてくれ・・」


「あと、次にシェリルさんとキスしたら浮気とみなして言いつけます」

「マジか!?」

「やっぱりシェリルさんともキスしてるんじゃないアルト君」

「しまった、、なんて巧妙な罠なんだ」


「ま、いいよ、今後についてはシェリルさんと二人で話し合うから

アルト君は指示に従うように」

「・・・はい」


「でも」

「でも?」

「今日は私だけのアルト君でいること」

そう言って私はアルト君にまたキスをした。


丁度、その時保健室の扉が開いて、その場面をバッチリ保険の先生に見られてしまった。


「ランカさん・・・随分元気になったみたいね?」

「は、はい・・・」

「はいじゃない、場所をわきまえなさーい!」

「ごめんなさい、先生、それじゃ私達失礼します!」


「おい、ランカ!?」

私はアルト君の手を取り保健室を飛び出した。


まだ、今日という時間は沢山残っているのだ。

シェリルさんには悪いけど、今日はアルト君を独り占めしちゃおう。

色々あったけど、今年のバレンタインは私にとってハッピーバレンタインになったみたい。


ランカは掴んだ手から伝わってくる大好きな人の暖かさをしっかり感じながら歩きだした。


「アルト君」

「ん?」

「大好き。」



おわり。