栃木避難者母の会のブログ

福島県から避難してきたママ達がつながりを持って、安心して育児や日常生活を送れるように 自分の気持ちを大切に考えられるように 一人一人の声と言葉を大切にしています。福島事故の教訓を学び、伝え、二度と事故が起きないための活動をしています。


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転載元 市民と科学者の内部被曝問題研究会 http://blog.acsir.org/?eid=46

 

正論だと思います。!!

 

目次
1節 私の3.11福島原発事故前後の対応               2015年6月
   1.福島原発事故まで 
   2.突然の大震災と福島原発事故
2節 物理学者の社会的責任
3節 人格権は何事にも優先して護られるべきである
4節 科学は何のために必要なのか
5節 福島原発事故に対する責任を認めない日本物理学会
6節 おわりに

参考資料1 会誌掲載論考「福島原発事故研究の要望に対する理事会の回答に思う」
参考資料2 会誌掲載拒否論考「福島原発事故で放出された放射性微粒子の危険性」
参考資料3 参考資料2の掲載拒否までの経緯
追記1 弱いものを締め出す社会は弱くてもろい社会である

1節 はじめに-私の3.11福島原発事故前後の対応

1.福島原発事故まで
 私は2006年に京都大学を定年退職した。1961年に大阪大学の物理学科に入学して以来、45年間物理学を専門としてきた。その退職の際、最も強く思ったことは、学生を不幸にしたり、社会に迷惑をかけることなしにどうにか無事定年を迎えたという安堵の気持ちであった。ただ、原発や環境ホルモンなど科学技術のもたらした危険性に対していっそう不安になり、最終講義でそのことをお話し、理学の使命は、諸科学を総合して、このような人類的な課題に答えることにあることを訴えた。この最終講義は物性研究の「講義ノート」に2回に分けて掲載されている。(物性研究 (2005), 84(5): 703-710、URL http://hdl.handle.net/2433/110263)(物性研究 (2005), 85(1):1-19,URL http://hdl.handle.net/2433/110360
 この最終講義で述べたように、私が在職中、職業としての理論物理学における研究・教育と同時に、社会における科学者の果たすべき社会的責任の問題が気がかりであった。
 物理学会では、「物理学者の社会的責任」という特別の分科の世話人を川野真治氏や澤田昭二氏と務めてきた。佐藤一男氏、近藤駿介氏、久米三四郎氏、高木仁三郎氏、槌田敦氏を学会に呼んで、シンポジウムを開き、原発問題を議論してきた。このころは学会の正式分科として「物理学者の社会的責任」は扱われ、学会のプログラム会議にも出席した。
 日本物理学会誌にも原発は「阪神・淡路地震」にも耐えうるという井上進一氏の原発の耐震設計の解説に対する批判を談話室の欄に投稿した。耐震設計の基礎である大崎順彦氏の方法の欠陥を指摘した(日本物理学会誌51、1996年、359ページ)。
 京大では井村総長の時代から少人数ゼミと称して、全学から新入生を10人ずつ研究室に呼んでゼミを行うことが制度化された。これは新入の学生に研究の先端に触れさせ学習意欲を高めるためのものであった。私は1999年から2005年まで「社会における自然科学」というテーマでこのゼミを開講し、原発問題や環境問題を議論してきた。最初の年、学生の意欲は高く、ティア・コルボーンらの「奪われし未来」を読んだ。中西準子氏の「環境ホルモンから騒ぎ」を批判する小冊子をゼミで作り、中西氏へも送付した。
 このような原発や環境ホルモンはいずれ被害が顕在化し、徐々に人々はその危険性を理解するだろうと考えてきた。定年後まもなく、世界大恐慌の時代となり、飢餓と貧困を救う経済学を勉強したいと思い、資本論を読み始めた。

2.突然の大震災と福島原発事故
 その最中の2011年3月11日、マグニチュード9の大地震と大津波を受け、福島原発が炉心溶融を伴う破局的事故となった。すでにこれまで、女川、志賀、柏崎と耐震設計を超える地震動が現実に観測され、原発の耐震性が破綻していた。耐震設計のもとになっていた大崎の方法に正当性がないことが誰の眼にも明らかになり、耐震設計審査指針の改定が2006年に行われたばかりであった。スマトラ地震や貞観地震などから、津波の心配も出されていた。この一連の地震からの警告も無視して、電力各社、政府、原子力安全・保安院は原発の運転を認め、運転を継続してきたのである。今回の原発震災は、明らかな原発の耐震性の欠如を無視して、地震動の過小評価を用いて安全性を捏造してきた原発推進派の犯罪といってもよい過失の結果である。これはまぎれもなく人災である。
 福島原発事故は私にとって一生の中で最大の衝撃であった。事故の直後の3月20日ごろ、大阪で原発事故についての講演を頼まれたが途中で涙が出て困った。原発は危険だとは言ってきたが本当に起こるという現実感がこれまでなく、私自身原発を甘く見ていたのである。いざ、福島原発事故の被害を心配する多くの市民を前にすると、真っ先に、物理学者はなぜこのような危険な原発を造ってしまったのか。これから起こる被害の大きさを考えると責任の重さに耐えられない気がして声が出なかった。
 現実に福島原発事故のような過酷事故が起こってみると、私の原発事故に対する危険性の規模や現実性・緊急性に対する認識が甘く不十分であったことが明らかであった。この事故で私のささやかな物理学での研究成果も吹き飛び、私が人々に与えたものは負の効果の方が大きいと思った。私の一生は事故とともに無に帰したのである。むしろ物理学者全体としての責任を考えると大きなマイナスである。物理学者が原子力の平和利用を認めなければ福島原発事故はなかったのである。人々は、事故で故郷を追われ、健康や生命を失うことはなかったのである。被害の大きさが底なしの大きさで、長期にわたって、福島はじめ世界を襲うと思うといたたまれない気がした。定年退職後、のんびり経済学を勉強したいと思ったのは福島事故5年前であった。まさに原発に危険が迫っていたのであり、全力で原発の停止に没頭すべき時期であったのである。このころ、耐震設計の欠陥が明らかになり、一方、ウランの資源としての枯渇からいずれ縮小に向かうと考えていた。おそらく大事故がない内に原発廃棄になるだろう。我々は警告を続ければよい。油断があったのである。人は体力の衰えとともに、自分で楽な方向をとり、言い訳をして正当化するようになりがちである。しかし、現実は情け容赦なく襲い掛かるものである。
 さらに私の予想と全く違ったのは物理学者はじめ科学者の事故後の態度であった。この大事故を前にして、安全神話を信じた科学者は後悔し、謝罪し、原発は放棄するするだろうと思っていた。驚いたことは謝罪どころか、被害を否定し、原発の再稼働さえ容認しようとしていることである。正常な判断とは思われない。これは信じがたいことである。さらに田崎晴明氏や菊池誠氏など中堅の物理学者が公平な第三者のような顔をして、放射線被曝を過小に評価し、被曝被害を拡大する危険性にも平然としていることである。これは大変なことであり、福島や東北・関東の子供や妊婦が心配である。物理学者が自分で犯した犯罪による被害を過小に評価し、被害はほとんどないと被害者に言い聞かせている行為である。後述するように、日本物理学会誌で被曝被害の危険性を物理学会員に訴えようにも「風評被害」を煽るとして掲載を拒否される。せめて阪大金森研の同窓会メールで友人たちに広めようとするとメール管理者から通常でさえメールが多いのに迷惑だと使用禁止が宣告される。ことは人命や人権に関わることである。
 雑誌「物性研究」も私の田崎氏の著書(田崎晴明著「やっかいな放射線と向きあっていくための基礎知識」朝日出版社、2012年)批判に対しては不当な取扱いであった。以前中西準子氏のリスク論を批判した原稿を投稿した。その原稿を中西氏に編集部から送付し、反論等を期待したが応答はなかった。その結果、この事実を付して私の投稿のみが掲載された。ところが今回は田崎氏が反論しないという理由で掲載されなかったのである。反論しないのは田崎氏の自由であるが、批判した私の論考は掲載して読者の議論に付すのが当然であろう。なぜなら私は田崎氏の著書の被曝被害の過小評価や、その危険性を放置することは物理学者の責任として許されないことを読者に訴えていたからである。
 ところが、私の投稿が掲載されなかったことを逆利用して、菊池誠氏は私の田崎批判が「掲載拒否」された論文として間違いや不当性があるかのように宣伝している。菊池氏も物性研究で反論できる立場にあるのであるから,具体的内容で反論すべきである。菊池氏は小峰公子氏との共著「いちから聞きたい放射線のほんとう」(筑摩書房、2014年)の中で、「妊娠中に被曝すると、子供が何かの障害を持って生まれるかどうかだけど、原爆の被爆者の調査でわかっていて、妊娠中に100ミリシーベルト以上被曝しなければ、リスクは上がらない。がんのリスクと違って、低い線量ではリスクは上がらないんだ。」と154ページに書いている。さらに「数値から見ると今回の原発事故に限っては心配ないと」「そう言い切っていいよ」155ページ。ところが、現実に自然死産率は事故から9か月過ぎた2011年12月、福島近県の4県で12.9%増加し、11県で死産率と生後1年以内の乳児死亡率と合わせたものが5.2%増加した(2014年2月6日発行ドイツの放射線防護専門誌「放射線テレックス(Strahlentelex)」650-651号に掲載された論文:Folgen von Fukushima, Totgeburten und Säuglingssterblichkeit in Japan:ふくもとまさお氏訳: http://yahoo.jp/box/fQknBG または http://www.strahlentelex.de/strahlentelex022014_kiji_JP_fukumoto.pdf からダウンロードできる。)この論文の著者たちは「以上の解析結果は、チェルノブイリ原発事故後にヨーロッパで観察できたように、日本でも放射線被曝による遺伝子障害の影響が発生していることを示唆している。この解析結果からすると、今後日本において自然死産と乳児死亡、先天異常、出生時の出生性比の動向を注意深く観察する必要がある。」と記している。.
 このような死産や乳児死亡の増加は放射線の影響で胎児の正常な発育が損傷された結果と考えられる。これまで広島・長崎や他の調査で明らかにされている小児がんの増加なども含め総合的に検討すべきであり、現在放射線医学総合研究所も慎重な姿勢をとっている。菊池氏らの本の帯に「中学校の教科書に」と書かれているがそれでよいのだろうか。
 なぜ、みんなこのような重大事を正々堂々と公表し、議論しないのか。個人や物理学者だけの問題ではなく、社会に対する科学者の責任の問題である。

2節 物理学者の社会的責任
 前回「原発問題の争点」(緑風出版、2012年)において、原子核物理学者をはじめ専門家の立場から、原子力の平和利用を推進してきた物理学者の原発事故に対する責任について議論した。学術会議をはじめ科学者たちは核の軍事利用には反対してきたが、平和利用の推進には積極的に協力してきた。物理学者をはじめとして日本の科学者たちは、核の軍事利用の歯止めとして、同時に平和利用の自主開発を目指して、平和利用三原則「自主、民主.公開」を主張した。中曽根康弘氏などの自民党と社会党は共同提案で、平和利用三原則を掲げた原子力基本法を1955年に制定させた。これは結果的には、当時のアイゼンハワー米大統領の、核実験反対などの核の軍事利用に反対する国際世論をそらせ、沈静化させるための宣伝政策「平和のための原子力(Atoms for Peace)」(1953年国連演説)に協力する役割を果たした。こうして、我が国の科学者たちは、核の「平和利用」として原子力の自主開発を目指した。しかし、産業界が政界と一体になって海外原発の技術導入によって原子力推進に乗り出してから、「自主・民主・公開」の三原則は政財界の原子力推進に対する外からの条件闘争とならざるを得なかった。そして、科学者としては主導権を産業界・政界に奪われてしまった。こうして科学者は総体としては、平和利用と称する原子力利用に積極的に協力することになった。「自主・民主・公開」の三原則は企業秘密と国家機密のもとにないがしろにされる結果となった。それどころか、原子力に反対するものは科学に反対するものであり、「反科学」とさえ呼ばれた。このように物理学者を中心として科学者は平和利用に積極的に加担し、組み込まれてきたのである。一方、政府・支配層は平和利用を隠れ蓑とし、核燃料サイクルを通じて核武装にも対応できる体制を構築してきた。
 本来、核技術は他の技術と同様に軍事と民事の区別が困難である。このことも平和利用を求める科学者・市民が軽視し、誤った点であった。
 その平和利用の結果、福島原発事故が発生した。それ故、以上の経緯からしても、物理学者に事故の被害に対する加害責任があるのは当然である。主導したとは言わなくても、少なくとも積極的に反対しなかったのは事実である。ここで改めて科学者は原点に返り、原子力の「平和利用」は正しい選択であったかを問わねばならない。私は平和利用として原子力をエネルギー産業とすることは間違いであると考える。
 物理学者を含め科学者が核の「平和利用」において、間違えたことは、第一に原子力の持つ巨大なエネルギーが制御不可能であり、原子力エネルギーの利用は本質的に危険であることであった。第二の重大な誤りは、地震をはじめ天災の危険性とその対策が科学技術的・経済的に不可能に近いことであった。第三に放射線被曝の生命体に対する危険性がすでに明らかであったにもかかわらず、その隠蔽を見抜けず、過小評価したという誤りであった。そしてその危険性が通常運転を通じて日常的に、更に使用済み燃料を通じてほぼ永久に、遠い未来の世代にまで続くことであった。
 原子力発電の危険性に物理学者は気が付かなかったから責任は問えないと考える人もあるかもしれない。しかし、私はこのような言い訳は許されないと思う。内外の物理学者の一部が原子力の危険性を隠蔽して、積極的に協力してきたことは事実であり、それを知らない人はいないであろう。人類にとってこれほど重大な社会問題に傍観者でいることは学者としての責任を放棄するものであり、怠慢であると思う。他にも重要な問題があり、自分は自分の分野で輝かしい成果を生んだからよいではないかと考える人もあろう。しかし、後述するように、人類の平等から由来する民主主義の歴史は、「人類の健康や生命にかかわる人格権は何事にも優先して擁護されなければならない」ことを教えている。高等教育を受け、またそれを後の世代に伝える教育を担う学者集団が率先して、人格権や基本的人権を守り発展させなければならない。
 私は科学者としては、特に集団として総合的な判断は科学者としての使命を果たす上で不可欠であると思う。そうでなければ科学の進歩が人類の幸福に生かされる保証がないからである。
 我々科学者は漫然と研究しているわけではない。研究の成果が真理であればいつかは人類の幸福に貢献することを信じ、それを目的に研究しているのである。それ故、科学の成果の利用には常に関心を持ち、厳しく監視することが使命である。それは現在の科学が組織的社会的な作業となり、国民の血税によって支えられていることからも理解できる。老人医療や生活保護など社会福祉のための予算が圧縮されている中で、研究費が支給されているのである。
 現在の資本主義社会においては私企業や産業界の科学技術に対する介入が強まり、研究の援助、寄付講座まで大学にも浸透した。表1に東大と京大の2014年度の主な収入を示した。文部科学省からの運営交付金が削られる一方で、産学連携等研究収入( 国や民間等からの受託研究や共同研究等に係る収入)の割合が高くなっていることがわかる。それぞれの大学の報告では2015年現在、東京大学寄付講座数74講座、京都大学31講座である。
 このように文部科学省からの運営交付金が厳しく削減される中で、電力独占体や企業の様々な補助や資金は科学者の重要な財源の一つとなった。その結果、政府予算の獲得や産学協同と引き換えに、原発反対を保留し、あるいは原子力推進に協力することはなかっただろうか。 いずれにせよ、この平和利用の持つ危険性を明確に警告できなかったことは我が国物理学者の過去、および現在、未来の人類に対する取り返しのつかない過ちであり、物理学者に加害責任が存在することは物事を真摯に考えれば当然のことである。第2次世界大戦において近隣諸国を侵略し、多くの犠牲を負わせることになった。この犠牲に対する謝罪も我が国及び国民の責任の問題としてよく議論される。同じ意味で物理学者の国民に対する加害責任は放置してよいことではない。物理学者の先人たちの犯した過ちは若い世代が引き継ぎ謝罪し、2度と被害を与えることの無いよう誠心誠意努力すべきことなのである。それ故、現在、起こってしまった福島原発事故の被害を最小限に留め、再び原発事故を起こすことのないようにすることは私たち物理学者の最低限の義務である。


表1 大学の主な収入(平成26年度)両大学のホームページより引用


3節 人格権は何事にも優先して護られるべきである
 不平等をなくし平等を拡大することによって民主主義は進歩する。人類の歴史において富の蓄積とともに階級が発生し、不平等が発生した。奴隷制社会や封建制社会のもとでの神の前の平等から、近代ブルジョア社会の法の前での平等へと民主主義は進歩してきた。現在まだ拡大しつつ存在する、経済的不平等は民主主義に対する大きな障害となっている。このような民主主義の拡大とともに人類平等の普遍的原理として人格権や基本的人権が確立してきた。
 民主主義に関しては、哲学者森信成氏はその著『唯物論哲学入門』(新泉社、1972年)で次のように述べている(108ページ)。「民主主義は人類共同の利害が目的となっており、人類の平等が原則である。我々すべてのものが生まれながらにして平等であり、自分の良心に従って生きる権利がある。そしてこの権利を表現する自由を持っている。つまり、思想、言論、出版、集会、結社の自由というものは万人が共通に持っている権利である。これらの権利は、人類平等というところから必然的に導きだされてくるものである。自分はこれだけいう権利を持っているがお前はこれだけいう権利を持っていないといったような差別はない。自分が自分の権利を保障されれば、他人にも同じだけのものを認めるということは、人類平等の原則から必然的に出てくるものである。このように人類平等の原則から必然的に出てくる原則が基本的人権であり、民主主義である」。
 全ての人が健康で文化的な生活を送る権利や働く権利を持つ(人格権)。そして人間としての基本的な権利、表現、出版、学問の自由、集会・結社の自由、健康で文化的な生活など基本的人権が保証されるべきことが人類の歴史上の結論として確立してきたのである。
 この人間としての権利は人格権としてすべてに優先して尊重されるべき権利なのである。この観点から、人類の生命、健康を護り発展させることは他のあらゆる活動の利害に優先するのである。例えば国際放射線防護委員会ICRPの「リスク・ベネフィット論」の言う「経済的・社会的利益を考慮した上で合理的に達成できる限り低く」という被曝基準の考え方は企業の経済的利害を人類の生命・健康の上位に置くものであり、人格権を侵害するものである。この正当な判断を大飯原発運転差し止め判決と高浜3,4号機再稼動差し止め仮処分判決は示したのである。この人格権は世界中のすべての人に保障された権利である。私企業や個々人の私的利益活動よりも、人類の一員であるひとりひとりの生命・健康の擁護が優先するのである。この人類の人格権を守ることは被曝の問題でも科学研究の場においても貫徹されなければならない原理・原則である。この点は特に、大飯原発の差し止め判決やアナンド・グローバー氏の国連特別報告にも「健康に生きる権利」を人格権として優先されるべき原則として主張され、広範な支持を得ている。そして差し止め判決では私企業の電力の生産という利益は人格権より低いものであり、原発が住民の健康・生命という人格権を侵害する恐れがある以上運転差し止めは当然としたのである。福井地裁判決は言う。「個人の生命、身体、精神および生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり、(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、わが国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。」
 これはまた、科学研究といえども人格権の下にあり、研究者である前に人間として、すべての人と同様に、それ以上に、他者の人格権を尊重し、守り発展させる義務があるのである。現在、一般社会において民主主義が蹂躙され、貧富の差が拡大し歴史が逆転している。この中で、大学間の格差が拡大し、外部資金による差別化の下で、科学者は競争で社会的連帯を失い、個人中心主義的になったと思う。
 本論考の最後に人権と全ての人の共生ということに感銘を受けた言葉を追加した。人権ということは社会的弱者とともに生きるということであり、傲慢な勝者の横暴を協力して阻止することである。(追記1参照)

4節 科学は何のために必要なのか
 科学の発展の初期においては科学が貴族の個人的な趣味として存在した時期もあった。科学が技術と結びつき、産業に貢献するようになってから科学技術は生産力を支える重要な要素となった。科学の進歩は生産技術の進歩として豊かな生活をもたらすはずのものである。生産技術の発達とともに、科学研究は社会的・組織的な労働となった。研究機関は社会的にその研究活動を支えられることになった。研究成果は普遍的であり、人類共通の財産となった。それ故、研究の自由、学問の自由が保障されているのである。ただ、現在社会が、社会的生産手段の私的所有を基礎とする資本主義社会であるために、社会の利益に背くゆがんだ形で科学研究が実現するという制約を持つ。この科学にとって不幸な私的利害からの介入・干渉、制約、私物化という事態は人類の進歩と幸福に反することであり、科学に携わる研究労働者は人類のために尽くすというその社会的責任を片時も忘れてはならない。一方でその科学の破壊力も増大し、ダイナマイトのように生産の進歩にも軍事力の増大にも貢献するものから、ついに科学は核という無限の破壊力を持つに至った。このことは一層科学者の責任を大きくする。
 科学の持つ本来の普遍的な価値のゆえに、物理学者は働く国民の税金である国家予算でその大部分の研究が支えられている。物理学者は、物理に関連する諸問題に対して、的確に判断し、国民の健康、幸福のために学問が利用されるよう行動する義務がある。これが先ほど述べた全ての人が守るべき人格権に基づいているからである。

5節 福島原発事故に対する責任を認めない日本物理学会
 ところが日本物理学会は福島原発事故直後の2011年6月10日、田中俊一氏、有馬朗人氏、柴田徳思氏などを講師とする「原子力利用とエネルギー問題」というシンポジウムを開き、反省よりも被害の過小評価と再稼動への意志を再構築しようとしたのである。私はこの点に関して「原発問題の争点」第3章で取り上げ、批判した。
 それ以後も日本物理学会は原発事故に対する自己の責任は認めておらず、むしろ物理学会誌上でもオープンな議論を避けているように思われる。大変、遺憾なことである。このような問題点を示す実際の例として、この論考の最後に私の物理学会誌への投稿原稿や会誌編集委員会との議論を資料として再録する。
 まず、日本物理学会は上記の原発推進のシンポジウムを開いた。つづいて物理学会としての責任を認めず、福島原発事故に対する学会としての研究活動を拒否した。私はそれに対する批判を会員の声に投稿した(参考資料1参照)。さらに、私は福島事故での放出放射性物質量に関して、文献調査の結果を会員の声に投稿した。「福島原発事故の放射性物質放出量はチェルノブイリの2倍以上」というものであるが、査読が必要な問題なので掲載できないという編集委員会の回答であった。しかし、本投稿は国際的に権威のある気象学などの掲載論文に基づく総説的考察であり、すでに査読はそれぞれの雑誌でなされているのである。政府やマスコミの福島原発事故はチェルノブイリ原発事故より放出規模が一桁小さいという誤解についてコメントしたものである。会員の感想や意見を述べるべき「会員の声」欄で査読を必要とするという判断も異常なことである。さらに、私が「福島原発事故で放出された放射性微粒子に対する危険性」を会員の声に投稿すると(参考資料2参照)、本来必要のない閲読や「風評被害」を理由に掲載を拒否した(参考資料3参照)。
 まさに福島原発事故の被害を予防原則に基づいて、その危険性を広め、警告し、被害を回避し少なくすることよりも、事故の被害の公開を恐れ、隠蔽しようとする態度である。これは政府や東京電力の責任をあいまいにし、彼らの賠償における立場を有利にし、被害者を切り捨てるものである。
 これは人格権を侵害し、被害者を見捨てるものであるが、同時に物理学会にとっても深刻な事態である。このように、自由闊達な議論が抑圧され、萎縮したような雰囲気の中では、これからの困難な社会的責任を伴う時代をリードする研究者は育たないということである。
 後の資料に示すように、会誌編集委員長はじめ編集委員は話題の枠を狭め、オープンな議論を恐れ、萎縮している。会員諸氏に積極的に訴え、考える機会を与え、活発に討論しようという気迫が全くない。学者に「風評被害」などとまるで過保護な子どもの教育である。このような精神で教育された若者はいわゆる官僚主義的官僚にはふさわしいかもしれないが、我が国や世界の未来を担う科学者や教育者、政治家に育つとは思われない。このことと原発事故が我が国で発生したこととは偶然でないかもしれない。自分で判断し、積極的に行動できる人が少なくなっており、我が国の科学研究や政治に責任を持つ人が少なくなっているからである。高度成長の夢に酔っているうちに、我々は自分で考える判断力を失ったのである。福島原発事故を見て何の教訓も導き出せないとすれば、切り捨てられる事故被害者を見て責任を感じないとすれば、人間として正常な感受性をなくしてしまったのである。残念なことであるが、同時に我が国の未来にとって恐ろしいことである。
 おわりに当たり物理学会が少なくとも基本的人権や民主主義を尊重し、誠実に実践する人たちによって運営されることを期待する。そうでなければ、物理学者は社会から尊敬されず、社会から遊離し、若い研究者が育たず、学問的にも後退し続けるのではないかと危惧する。
 広河隆一氏によればチェルノブイリ事故の時、「ICRPやIAEAと結びついた医学会は、原発のすぐ横のプリピャチ市からの住民の避難に反対した。…しかし、彼らは、チェルノブイリでは思う通りには行かなかった。市民、政府、軍隊、共産党支部、物理学会などの抵抗にあったからである。」(Days Japan2015年7月号27ページ)物理学会は住民の避難に反対するICRPに反対し、住民の避難に協力しているのである。

6節 おわりに
 以上に述べたように、核の平和利用を含め「核は人類とは共存できない」ものである。核は人類のみならず、地球上のあらゆる生物にとって脅威である。私たちは過去、現在、未来にわたって、人類すべての人に等しく与えられた健康で幸せに生きる権利をすべてに優先して護らなければならない。一切の戦争はこれに反することである。核の平和利用も被曝の被害を避けることができない以上、健康と人命の犠牲なしには不可能である。
 これまで物理学者をはじめ、科学者はこの人類の平等の権利、人格権をあいまいにしてきた。例えば、政府は原発の事故を理由に、被曝の基準を高め、一般人に通常の年間被曝限度1ミリシーベルトより高い20ミリシーベルトまでの被曝を強制して、その健康や生命を犠牲にしてきた。労働者には緊急時被ばく限度を250ミリシーベルトに引き上げようとしている。
 現在さらに、政府は年間被ばく限度20ミリシーベルトの地域に対して、住民の帰還を強制する政策を強化している。「帰還困難区域」を除く「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の避難指示を解除し、5.5万人にも上る避難者を帰還させようとしている。同時に並行して汚染地からの避難者への援助を期限を定めて廃止し、賠償の打ち切りで脅迫し、汚染地への帰還を強制している。例えば、福島県は県外に避難した県民全てに、災害救助法を適用し、応急仮設住宅を無償で提供してきた。しかし、災害救助法による住宅提供は2年という制限があるため、その後毎年更新手続きが必要であり、避難者は将来が不安でその改善を強く求めていたものである。2015年の今年、その要望を署名を持って各地から要請した直後の6月15日、福島県は国の指示のもとに、逆に応急仮設住宅の供与を2017年3月で打ち切ると発表したのである。そして支援が具体化しているのは福島への帰還の片道の交通費だけという。苦しい生活の中から要請した避難者に対して何と冷たい仕打ちであろうか。
 これは「子ども・被災者支援法」に違反し、人権に対する重大な侵害である。原発を推し進めてきた加害者である政府や東京電力が、本来被害者の救済と賠償を行うべき義務が自らにあるのに、避難区域を勝手に縮小し、避難者の住宅援助を打ち切り、避難者を切り捨てようとしている。「自主避難」というがいずれも年間被曝線量1ミリシーベルト以上の汚染地であり、チェルノブイリ法では避難の権利ゾーンである。それ故、住民が様々な困難の中で子供たちのために避難するのは人権の上で当然のことであり、親の義務である。チェルノブイリ法では年間被ばく線量5ミリシーベルト以上は政府の義務で避難させなければならない地域である。正しくは内部被曝2ミリシーベルトを加えているので外部線量では3ミリシーベルトである。我が国ではこのような汚染地への帰還を強制するという非人道的なことが公然と行われているのである。それを知りながら、物理学者は黙認している。中には「目に見える被害はない」と政府の帰還政策に協力している学者もいる。
 我々物理学者は福島原発事故によって、福島、関東、東北、日本中、世界中に被曝を強制してきた。未来の子供を含めて我々はこのような被曝被害の間接的、直接的加害者である。極端に見えるかもしれないが、被曝によって死産となった子供たちには本来、無限の輝かしい未来があったはずである。このような犠牲者をなくしていくことこそ人類の進歩ではないのか。逆にこのような犠牲のもとに我々は何を得ようとしてきたのか。福島原発事故は「現在が科学のあり方を根本から反省するべき時代である」ことを示していないだろうか。

 

 

 

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昨年年末の12/30 双葉郡で唯一、病院を経営していた高野院長が亡くなったとのニュースが目に飛び込んできました。先日、NHK ETV特集 「原発に一番近い病院 ある老医師の2000日」を視聴しましたが、高齢の医師一人に、この地域の医療を任せてきた県(勿論、県職員個人は良い人がたくさんいます。全体として、機能しない体制のようなものを指摘しています)の冷たさに、番組冒頭から憤りを覚えながら、静かに見ました。

 

社会や、行政、はたまた国の法律である憲法は 「何のために」「誰のために」、あるのでしょうか。実は、原発事故を通して、根本的な問題を、私たちは考えるようになりました。

本当の主権者は誰にあるのかと。

言うまでもなく、私たち一人一人がこの国の最高の権威にある、それが国民主権だと思います。残念ながら、原発事故で、これまでのあり方も含め、立地住民、被害者として国民主権が侵害されている事象をたくさん見聞き、直面してきました。

だから、私たちは、当事者として、行政や法律によって守られない、困っている人達を何とか助けたいとの思いで、それこそ、「個人」で立ち上がるしなかったのです。

私たちは普通の主婦だからやれることは限られている。

しかし、専門性の高く、地域への影響も大きい病院を、高齢医師、高野病院にだけ任せているのは、(原理原則に忠実であれば、行政が放置し続けてきたことは、)あまりに異常事態だったと言わざるを得ません。入院中の患者さんが、「院長は優しいお医者さんだから、私たちも優しくなれるの」と満足そうに話していた表情が忘れられません。

事故の影響も受けた当事者でもあり、住民の気持ちが理解できるだけに、医師として直面する悩みはどれほど、深かったか、想像を絶します。

この異常事態は院長の焼死と言う悲劇をむかえましたが、私は、院長自ら、命を持って、社会喚起したのではないかと考えてしまいます。

 

知っていても、変えようとするのは大変だから、関わらないよう知らぬふり。見ざる聞かざる、言わざる、これは、身近な人間関係では機能しますが、原発事故という未曽有の社会事件から派生した問題を考える上では、弊害にしかなりません。

 

「いいや、知っていたはずだ。」

これは、ユダヤ人が戦後解放されたときに、ドイツ人に言った言葉です。私たちは、知らぬふりをすることなく、勇気をもって、言葉にしていきたいと思っています。

高野英男医師の御霊に黙祷

 

以下は、南相馬市のほりメンタルクリニックの医師の見解です。こういう当たりまえのことをきちんと話し合いができるようになって欲しいです。それは、私たちが求めている社会ではないでしょうか。

 

転載元:http://www.huffingtonpost.jp/arinobu-hori/takano-hospital_b_14629972.html?utm_hp_ref=japan

 

高野病院のことを安定して存続させることのできない日本社会ならば、避難指示が出された原発事故被災地への住民の帰還を促進することを正当化することはできない

 

現在通常の診療が行われている中で、東京電力福島第一原子力発電所に最も近い病院である福島県広野町の高野病院が、昨年末の高野英男院長の急逝によって存続の危機にあることが報じられている。
 
しかし、「福島県広野町」という場所が持つ意味の特殊性については、県外の方には理解しがたい面がある。

原発から主に20~30km圏内に位置する広野町は、震災直後には「緊急時避難準備区域」に指定された。他には例えば南相馬市原町区などが、このような指定を受けた地域として挙げることができる。

福島県内の被災者については、この時にどのような指定を受けた地域に住んでいたのかによって、その後の運命のありように大きな影響を受けたと言っても過言ではない。

やはり、強制的な避難指示が行われた「警戒区域」に指定された20km圏内、そして年間積算線量が20mSvを超えると予想された「計画的避難区域」に住んでいた人々が経験せざるをえなかった避難生活は、多くの場合に過酷なものであった。

平成24年4月、「警戒区域」と「計画的避難区域」は、年間積算線量が20mSv以下と予想される「避難指示解除準備区域」、20mSvを超えるが50mSv以下と予想される「居住制限区域」、50mSvを超えると予想される「帰還困難区域」に再編された。

国は平成27年6月に、帰還困難区域を除く区域への避難指示を、平成29年3月までに解除する方針を示した。

したがって平成29年4月以降は、元々この地域に暮らしていた人々は、「帰還することができるのに、自分の意志で帰還しない人々」と見なされることになる。

今回の小文の目的は、この方針の正当性に異議を表明することである。はっきりと言って「準備不足」であるし、「性急・拙速」である。しかし、そのことに論を進める前に、もう少し事実関係を明らかにしておきたい。

避難指示が解除された時期が、田村市の都路地区東部が平成26年4月、川内村東部の当初避難指示解除準備区域だった地域が平成26年10月、同居住制限区域が平成28年6月、楢葉町が平成27年9月、葛尾村が平成28年6月、南相馬市小高区が平成28年7月である。

そして、今年平成29年3月には、浪江町、富岡町、飯館村と川俣町山木屋地区の帰還困難区域を除く地域で避難指示が解除される。

さらに、帰還困難区域についても平成33年を目途に、居住が可能となることを目指す「復興拠点」を設定・整備することが政府の方針として示されている。

私は特に後者について、これを無理な目標設定、もし技術的に可能であったとしてもそれに必要とされる予算が正当化されないような非現実的な方針であると考えている。

それにも関わらずそれが実行に移されるのであるから、現場の当事者には相当の負担がかかることが予想される。震災から5年以上の苦難を耐えて来た人々に、さらにその重荷が課される訳である。

このような方針が出された背景には、すでに4兆円ほどの費用をかけて除染が行われ、健康被害の出現が予想されない程度にまで測定される放射線線量が低下した、あるいは低下させることができると判断されている事情がある。

確かに筆者も、今回の福島の事故で放射線による直接的な健康被害は軽微であると主張しており、それを過剰に強調する立場の人たちについては批判的な態度を保っている(たとえば「鼻血と日本的ナルシシズムhttp://www.huffingtonpost.jp/arinobu-hori/nose-bleed_b_5350040.html」)。

どうしても、医療被ばくとして私たちが身近で見聞している出来事と比べると、今回の福島の事故後で語られる線量は桁がいくつか小さいと感じてしまっている。

しかしそれであっても、震災後5年以上が経過した時点で、年間積算線量を20mSvまで許容するという基準で避難指示の解除が決定されていることは、他の地域と比較して公平の原則が保たれていないと考える。

その他にも、たとえば貯水池の除染が行われていないという問題がある。

たとえ放射性物質は底に貯まっているので上澄みは安全であり、雨などが降って攪拌された場合には水を止める措置を行うと説明を受けたとしても、その水源地を利用する地域に居住することは、感情的には慎重に考えてしまうだろう。

しかし、今回はこの議論には深入りしない。

たとえ感情的に「気持ち悪い」点が多々あったとしても、やはり放射線による直接的な健康影響が出現する可能性は低く、そのことだけでは「故郷に帰りたい」という強い希望を持つ人を留める理由にならないということも、特に高齢者の場合には、一理あると考えるのが、私の立場である。

逆に言えば、さまざまな人の気持ちを刺激してしまう放射線の議論を回避しても、現在進行している「帰還」の方針の強引さを指摘することが容易な状況が、残念ながら出現してしまっているのだ。

今回の原発事故の看過できない特徴の一つは、震災関連死の多さである。

震災後に福島県内だけで震災関連死と判定された方は、2086人いる。この多くが、医療を含めた生活環境が整わない避難生活の影響を強く受けた結果であるといえるだろう。

それにも関わらず「帰還」を熱心に推し進める政府が、帰還先の居住環境を整えることについて、口先は別として真剣に取り組んでいるように見えないのである。

たとえば、高野病院の問題に見られるように、である。

極端な連想かもしれない。しかし、無謀な戦争を遂行し、兵隊たちに特攻を指示した太平洋戦争時の大日本帝国のことすら、連想をしてしまう。

80歳を過ぎた老医師が、震災後ほとんど休む間もなく、外来・病棟の診療、多数の当直を行った上で、不慮の事態に巻き込まれて急逝するようなことが、実際に起きてしまったのだ。

この3月で避難指示が解除される、ある自治体の住人から、次のような話を聞いたことがある。

「今度の帰還は、2度目の避難のようなものだ。震災から5年以上が経過して、仮設住宅のような場所でもそれなりにコミュニティが成立していた。しかし今回また、それがバラバラになり、新しい場所での生活を始めなければならない」のであり、そのことが不安だという。

そして戻る故郷には、商店や病院などがきわめて乏しくなっている。

予算さえつければ、コミュニティが復活するのではない。金だけではないのだ。その場所に愛着を持って、その場所のために熱心に活動する人が複数集まり、多くの時間をともにすることが、コミュニティの再生のためには不可欠なのである。

嫌な記憶がある。平成24年の4月に避難指示が出た地域への住民の一時帰宅が許可された。その後の5月と6月に一時帰宅中の住民がその場で自殺をしたというニュースが報じられた。

おそらく、あいまいなままになっていた故郷のイメージについて、その変わり果てた現実を急激に突きつけられてしまうような経験をしたのだろう。この春には、そのようなことが起きないことを祈るばかりである。

当たり前であるが、人間が生活する以上は消費者としてのみ存在することができない。事業者・勤労者として生活費を稼ぐ必要がある。

良い就職口があるのか、それとも事業を展開させて成功させることができるかどうかが、そこで生活するか否かを決定するために重要となる。そして居住人口が少ない場合に、事業を行うことのリスクが小さくはないことは、言うまでもない。

一度避難指示が出てすでにそれが解除された地域で事業を展開する人々の中には、そのリスクを承知の上で、それでも故郷を復興させたい一念で無理を行っている人が少なくない。

民間病院にも、同じような事情がある。したがって、高野病院があれだけ熱心な診療を「地域のために」と継続してきたのは、特筆すべきことなのだ。

予想通り、帰還を望む人、実行している人々は、高齢者が中心である。

高齢者が単身、あるいは夫婦のみで、周囲に人が少ない状況で散らばって生活しているという状況が、実際に出現している。その人々の生活能力は、この後の数年間で大幅に衰えていくだろうと予想するのが自然である。

この状況をどのようにケアしていくのか。南相馬市の小高区の状況をみると、近隣の南相馬市の原町区等に本拠地を持つ医療や福祉の関係者が、そこでも人員が少ない中を、戦線を拡大させて対応している実態がある。

それなのに、さらに浪江町、飯館村と帰還が急がれている。

筆者が近くで経験しているのは、原発の北側の状況であるが、南側にも似たような状況があるだろう。すでに楢葉町の避難指示が解除され、富岡町も目前である。

それなのに、広野町で機能していた病院が危機に陥ってもそれが救済されないかもしれない。「ありえないだろう」、そう率直に考えてしまった。

国は、原発事故の被災地について、住民を帰還させる方針を立てたのならば、きちんと生活できる環境を整備する責任がある。

もしそれができないのならば、安易に帰還を急がせるべきではない。

そして高野病院については、そこが安定して診療を継続できるような体制が確保されるために、国も県も町も出来る限りの支援を行うことが妥当な措置であると考える。

 

 

 

 

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昨年6月に行われたシンポジウムの内容が原子力市民委員会ブログで読むことができます。母の会がお世話になっている宇都宮大学 清水名菜子先生も発表されています。前後の登壇者も含め、全ての登壇者がとても貴重な発表をされています。ぜひお読み頂けると有り難いです。

 

ブログはこちらです。

http://www.ccnejapan.com/?p=7353

 

上のブログから開いたレポートがこちらになります。

http://www.ccnejapan.com/CCNE_specialreport3.pdf

 

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今年のお茶会の予定です。コーヒー

フリートークがメインとなります。

自主避難者の借上げ住宅は4月から、個人契約になることから 孤立を解消しましょう。てへぺろうさぎ

また、ADRを進めた人や、これから始める人など、相互に情報交換できるかも!?です。カナヘイ!?

お茶とお菓子を準備してお待ちしています!!カナヘイうさぎ カナヘイキャンディ 

 

2/3(金) 10時より12時まで まちぴあコーヒー

                   途中入場退出OKカナヘイハート

 

3/3(金)  10時より12時まで まちぴあピンクマカロン

                   途中入場退出OKカナヘイハート

 

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久しぶりの投稿です。新年もあけ、先週の土曜日以降、宇都宮も寒い日が続いております。福島市では、雪が降り積もっているとのこと。私は年末からの喉のいがらっぽさがとれません。寝ている部屋が朝方、とても寒いので、起きるのも、朝寝坊化が進んでます(笑)冬場は、風邪をひきやすいのでどうか、お身体を大切にしてくださいね。

ところで、最近の東京新聞の一面は何と自主避難者の住宅問題を連日扱っています。有難うございます!!東京新聞!!そして、今日の社説には、台湾では驚きの原発停止に向かっているとの記事が・・・・福島を教訓としたらしいです。冒頭の「錯覚」には、とても共感をしました。こういう記事はとても希望を頂けるので、ここにも書いておきます。今年は、台湾の原発停止の記事からスタートです~~!

 

台湾の原発ゼロ 福島に学んで、そして

           東京新聞2017年1月17日

 

 「二〇二五年までに原発の運転を完全に停止する」。

台湾は「原発ゼロ」を法律に明記した。兵せて電力事業を段階的に自由化し、再生可能エネルギーへの移行を図る。福島に正しく学んだからだ。

 これは日本のことではないかと、錯覚に陥りそうになる。あるいは、日本でこそ起こるべきことではないか。

 

 昨年五月に誕生した台湾の民進党、蔡英文政権の背中を押したのは、福島第一原発の事故である。

 一衣帯水の隣国で起こった事故は台湾でも起こりうる-。

 

 フクシマから受けた衝撃は、同じ理由でいち早く二〇二二年までの原発廃止を決めたドイツ以上に、強烈だったに違いない。

 

 3・11に際し、台湾市民から世界でも多額の義援金が寄せられたことを思い出す。

 二五年という年限には明快な根拠がある。

 

 台湾の原発は、第一原発から第三まで三カ所六基。うち二基はすでに稼働していない。

 最も新しい第三原発が一九八五年の運転開始、すなわちすべての原発が、その年までに“四十歳”を超えることになる。日本でも原発の法定寿命とされている長さである。

 電力事業は公営台湾電力の独占で、前政権は第四原発の建設を手掛けていた。原子炉や発電機は、日本からの輸出である。

 しかし一四年四月の大規模な反対デモを受け、運転延期と工事停止を決めた。

 新増設は不可能と言っていい。従って、寿命を終えた原発を順番に停止させ、再生可能エネルギーに置き換えていくことで、自然にゼロにできるのだ。

 

 3・11の直後から、私たちがこの国で、再三指摘してきたことではないか。

 プレート境界付近に位置する大地震の多発地帯、海に囲まれた島の中、原発から出る核のごみの行き場がない。原子炉の老朽化が進み、3・11以降は、住民の多くが脱原発依存を望んでいる-。

 ほぼ同じ状況下にありながら、台湾ではなぜ、アジアで初めて原発ゼロを期限を切って法制化できたのか。

 台湾にあってこの国に欠けているものそれは、福島に学ぶ心、民意を聞く耳、そしてその民意を受けて、国民の不安を解消し、命を守ろうとする政治の意思である。

 福島に学んだ台湾に、この国も学ぶべきではないのだろうか。

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