ふとしたときの雑記録
Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

本を売る。

あまりにも本がたまったので、売り払った。漫画、文庫、単行本、専門書の類まで、全部で300冊。いわゆる新古書店、すなわち全国展開するチェーンの古本屋である。

日に灼けるなどして状態が悪いものもあり、買い取ってもらったのは200冊程度である。買取価格は、約7000円。高いのか安いのか…。

売った本が店頭に並んだ場合、どの程度の価格が付くのかも確かめに行こうかと思う。買取されず、店に処分を頼んだ本も棚に並んでいたりして。

大津事件と法治主義

巡査であった津田三蔵がロシア帝国の皇太子ニコライ、のちのニコライ2世を切りつけた刃傷事件を起こしたのは、1891年5月のことである。

当時東アジアの小国であった日本は、列強に名を連ねるきたの大国ロシアの、南下政策の脅威にさらされていた。不凍港を求めるロシアは、東アジアへの版図拡大を目指したのである。

ニコライはウラジオストックに寄る途中で来日した。鹿児島に立ち寄ったのに続き、神戸港に降り立ち、京都で観光を楽しんだ。季節外れの五山送り火も催され、その扱いの丁重さは、当時の日露の力関係を物語っている。日本は腫れ物に触るように、ニコライを迎えたのだろう。

そして事件は京都で起きた。

当時の刑法では、外国の王族を傷つけた場合、刑罰は最高系で無期懲役であった。日本の皇族に対する同様の犯罪が死刑だったのに比べ、軽かった。


しかし、前述のようにロシアは日本の脅威であり、その大国の皇太子を傷つけたのである。政府関係者の驚愕と焦燥は想像に難くない。政府は裁判官に対し、日本の皇室への犯罪に適用される大逆罪を類推適用し、津田に死刑判決を下すよう求めた。これを断固として拒否したのが大審院長の児島惟謙であった。児島は自らも裁判官に働きかけ、刑法を規定通り、類推適用しないよう求め、結果として津田は無期刑となった。

大津事件は法制史では、日本において司法権の独立を守った事件として語り継がれている。

しかし、それだけではない。世界中から注目された大津事件を通して日本は、法律を条文通り解釈し、運用する法治主義の精神を備えた、近代的な国家としての側面を世界に見えることとなった。
仮に日本が刑法を曲げていたなら、日本は近代国家とは名ばかりの存在として、世界の嘲笑を浴びていたであろう。実際、ロシアはこの判決を受け入れた。それ以上の謝罪要求や脅しめいた行動なかったという。


政府は憲法や法令に基づき、政策を執行する。現代にも通じる政府のありようが、19世紀後半の日本ですでに示されていた。


ひるがえって集団的自衛権の問題。これまで現行憲法で認められなかった集団的自衛権を、憲法改正ではなく解釈改憲で乗り切る魂胆で、首相が息巻いている。正々堂々、改憲を主張するのが先だろう。芦部信善の名すら知らない憲法初学者以下首相である。法治主義を貫いた明治の先人には見せられない、みっともない男がこの国を率いている。

タブレット

タブレットを買った。iPad miniなる機種である。文明開化の気分である。

140508_1457~0001.jpg

まだ使い慣れてはいないのだが、なんだか楽しい。早速今日仕事でも活用できた。簡単な仕事ならこれで出来そうだ。

これまでもFacebookに誘われていたので、勉強してやってみようと思う。

少し落ち着く

職場の人事で大きな異動があった。主力選手が離脱し、新たに主力級の皆様が着任したのだが、全員が初の勤務地。このたも4月は、僕を含む残留組がやたら忙しかった。
5月に入り少し落ち着いた感じがする。昨夏に亡くなった恩師の追悼原稿を書き、相変わらず趣味で書く論文の資料集めにもいそしむ。


論文は着地点は見えるのだが、資料での補強作業が遅れている感がある。ゴールは見えるのに、そこに至る道を舗装するアスファルトをかき集めているイメージ。


ともかく、更新頻度を高めていこう。

パラリンピック

パラリンピックが開幕した。国威発揚に利用されるオリンピックと比べ、本当の感動がある祭典である。


潤沢な資金もなく、練習場も限られ、「健常者」と比べスポーツ環境にそもそも恵まれない障害者たちが、力を発揮する。テレビや新聞での報道は少ないが、誤解をおそれずに言えば、オリンピックより尊いと思う。


オリンピックに「スポーツの祭典」と枕詞が付くのなら、パラリンピックの枕詞は「尊厳と信念の祭典」なのではないか。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>