北斗の拳ならばケンシロウやラオウよりも静と柔の拳の達人トキに心惹かれるしNarutoであれば柔拳最強の使い手である日向ネジが好みであったりする。静かな中に燃えるような闘志を漲らせる男たち。外側からのわかりやすいダメージや衝撃ではなく内側から作用する見えざる衝撃。Maeのサウンドを初めて聴いた時にふと思ったのがトキや日向ネジだった。


ピアノをフィーチャした叙情的なギターロック。

日常からは離れた空想の中を漂う歌詞。

その二つをバランスよく融合する儚いメロディと力強さが同居したメロディライン。

どちらに傾いても即座にバランスを乱すような細い線上をMaeというバンドにしかできないようなバランス感覚で破綻なく進む楽曲群。


前作「The Everglow」もデビュー作「destination:beautiful」も身体の奥底に、気持ちの中の更に深奥に、そっと入り込み微かで仄かな振動を与え、その波動に共鳴する人間にとっては自分の持つ波動とMaeが送り込んだ音楽の波動が共振することで精神の奥底の部分で爆発的なインパクトを作り出していた。

だから波長の合わない人間にとってはピアノロックを鳴らすバンド(あるいは知らないバンド)の一つという軽い評価しかされないけれど、波長の合う人間にとってはMaeほど心の内側に入ってくるバンドサウンドを鳴らすバンドは極めて少ないことも相まって特別なバンドということになる。


2年という比較的短いインターバルでドロップされた3rdアルバム「Singularity」。特異点というアルバムタイトルを冠せられた通り、Maeにとってもバンドとして新しく特別な出発点となるような作品に仕上がっている。前2作とのもっとも大きな違いというのは、Maeの特徴と前述した“外側からでなく内側からリスナーとの共振によって増幅される波動”の部分だろう。



ピアノのフィーチャ度合いが減りギターがこれまで以上に前面に出てきている。劇的な変化というほどではないけれど、まるでトキが「あなた(ラオウ)のようになりたかった」と言って剛拳を繰り出したかのような衝撃ではある。この変化がネガティブな印象にならないのは表に纏った剛のマントの下にはしっかりと抒情性であったり心の内側に入り込んでくる歌詞やサウンドの絶妙なバランス感覚が健在だからだ。今回はリスナーとの共振に頼らない音作りになり受け手側の共振共鳴を必要としない分、リスナーの間口はより大きくなる可能性が大きいとさえいえる。


過去にいろいろなブログで書いてきたことなのだけれど、今回のMaeのアルバムはカテゴリの枠を破ったと言える。カテゴリの枠を超えたときに問題になるのは「既存のファンがどう思うかどうか(裏切られたと思うかどうか)」と「今まで聴いていなかったファンがWelcomeと思うかどうか(やっぱりピアノエモだよねと思わないこと)」ということになる。ここ日本では822日に発売予定ということなので、この良質なロックアルバムがどういう反応で迎えられるのかとても楽しみである。


公家尊裕Takahiro Kouke