Diary. 2013. December 19. Thursday.


日記。2013年。12月19日。木曜日。


明々後日コネチカットへ出発。あと一週間目がクリスマス。

長い、長い人生の道のりだった。


いただいた賀状がつもる。

昨夜返信用のラベルをタイプして拵えた。手で書くのは失礼ながら、もうよくできない。仮名釘流でも、(タイプする指だけは使える。笑。)


● 新潟の襄から。映画”フィロメナ”のこと。


とむさん


予告編を観て、もう泣いてしまった。





日本のメディアはほとんど取り上げていないようです。


予告編の中で
「息子が肥満だったらどうしよう。」
「何故肥満だと?」
「だって、アメリカですもの。」


といった意味の会話。笑えます。


コネチカットに行くのはいつでしょうか?
私も今日、アイスクリームを買ってきました。
家内と二人分、900円。


とむさんも、たまには食べましょう。
我慢ばかりじゃ、味気ないですもの。

●事実のフィロメナさんと娘さんとの面会会話。

 発見12月19日。(2013年)。午前9時。

この話は僕自身のみまわり話でもある。

アイルランドは英国の朝鮮だった。
そして棄てられたアントニイのように、僕も狭間に棄てられた無国籍ものだった。そして、愛した兄貴のような人間を僕は二度失った。
一人は特攻隊隊員として沖縄の荒海に。もう一人はアイルランド生田舎うまれの朝鮮江原道寒村教会の聖職者、朝鮮戦争勃発当時平和使徒として彼は教会を棄てるのを拒絶、射殺された。

そして、僕と人生を四十五年ともにしてくれたチャックは軽いブローグが訛る英語を話す。

夜明け(Tagigho)が来た。

● タイジ君へ。連絡ありがとう。返信不可能なので、この記事欄でお礼申します。